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番外編(ロビン視点)

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 ルカが居なくなって、俺の生活は一変した。

 あの日、ルカの背中が無性に羨ましかった。ルカの相手は絶世の美女でも大金持ちでもない、普通の小さな女の子。
 なのにあいつはこの世で一番の宝物を手にしたように誇らしげだった。


 俺も夜の飲み屋街には出かけなくなった。そうすると、二日酔いの頭痛や、夜遊びのツケである眠気に悩まされることもなくなった。今は仕事が楽しい。

 俺の仕事は看板職人。小さな商店から依頼を受けて看板を書いている。

「ロビン、オメー最近真面目になったじゃねぇか。客からの評判もいいぜ」

 親方が俺の肩をポンと叩いて話し掛けてきた。いつも口煩くて苦手だった親方。だけど、最近褒めてくれるようになって、俺はそれが嬉しかった。

「ありがとうございます」

「どういう心境の変化だ?」

「いえ、特には……。ただいつまでも遊んでいても虚しく感じて……」

「そうかい、いいことだな。オメーに一つ大きな仕事を任せてぇ。新しくルロードに出来る劇場の看板だ」

「ええ?今建設中の、ですか?」

「ああ。依頼を受けてた看板業者がトンズラこいちまったらしい。期間は短えし大変だけど大きな仕事だ。どうする?」

「受けます」

 俺はその仕事を受けた。寝る間を惜しんで書くことに没頭した。その時書いた看板は大評判になり、俺には大きな仕事がどんどん舞い込むようになった。

 もう飲み屋街で女の子をナンパしたいなんて思わない。俺は仕事に打ち込んで、七年後には人気の看板職人になった。

    


 街で新規開店する花屋の看板を設置した帰り道、背後から聞いた事のある甘ったるい声で話しかけられた。

「ロビーーン!久しぶりね」

「ああ、カーラーか」

「うふふ。ロビンって最近、羽振りが良いらしいわね。今度遊ばない?」

「カーラー、お前なぁー……商人と結婚したんだろ?」

 カーラーは、大きく息を吐いて髪を掻き上げた。毛先を大きく巻いたヘアスタイルはあの頃と変わっていない。

「まあね。この結婚は失敗だったわ。付き合ってる頃は気前よく奢ってくれたし、お金あると思ったのに……。結婚したらケチでさー。おまけに自分は浮気相手に貢いでんのよ。嫌になるわ。ロビンと遊んでた時の方が楽しかったわ」

「そうか……。大変だな」

「だからさー。ロビン、ちょっと遊んでよ」

「俺はそういうの卒業したんだ。じゃあな!」

「えー!」

 不満そうに口を尖らせるカーラーと別れて、俺はいつものパン屋に来た。

「ロビンさん、コロッケサンドが出来たてですよ」
「いつもありがとう」

 作業場の近くのパン屋クロワは俺の行きつけ。
 
 俺はクロワの看板娘のハナちゃんに密かに好意を寄せていた。クロワが隣町から移転してきてからもう三年になる。
 俺はハナちゃんの明るい笑顔に一目惚れ。それ以来何度か食事に誘っているのに、一度もOKを貰えていない。

「はい!コロッケサンドと野菜サンドです」
「美味そうだな。ありがとう。」
「有難うございました!」

 袋を受け取るとコロッケの香ばしい香りが鼻孔を擽る。コロッケは揚げたてのようだ。
 是非ともサクサクのままで食べたい。
 作業場まで持って帰ると冷めてしまうから……。
 よしっ、そこの公園のベンチに座って食べてしまおう……。
 俺はそう決めて、公園に向かって歩き出した。

「あっ……、あの……ロビンさ……ん」

 背後から俺を呼び止める小さな声。

「ん?」

 振り向くとそこには少し恥ずかしそうに俯くハナちゃんが……。

「ハナちゃん……。なに?どうした?」

「あの……、ロビンさん、今度……お食事行きませんか?」

「えっ?」
 
 ハナちゃんからのお誘い?
 マジで?

「行くよ!もちろん、行く、行く!」

 ハナちゃんは恥ずかしそうに俯いて、俺の顔を見てくれない。だけど俺は有頂天!
 初めてのハナちゃんからのお誘いだ!

 その日、食事をする日時を決めて、三日後、俺とハナちゃんは近くの居酒屋さんへ食事に来ていた。

「今まで誘ってもOKもらえなかったのに、ハナちゃんから誘ってくれるなんて、嬉しいな」

「今まで、ごめんなさい。あの……店の借金があって……」

 ハナちゃんの話によると、クロワは隣町で火事になったらしい。だから、新しい店の設備やなんやで借金があって、家族皆で返していたそうだ。

「俺、ハナちゃんは脈が無いと思って諦めようと思ってたんだ。こうして誘って貰えて嬉しいよ」

「あの……ロビンさんは、お付き合いしている女性とかって……」

「ううん。居ないよ」

「私……まだ、間に合いますか?」

「うん!もちろんだよ!……ってことは、ハナちゃん、俺の恋人になってくれる?」

「……はい。よろしくお願いします」

「やった!」

 俺は店の中なのにも関わらず、大声で拳を高く挙げて喜んだ。

「ロ、ロビンさん、……は、恥ずかしいです」

 ハナちゃんは真っ赤になって俯いてしまった。

 店での愛想の良い姿とは違って、普段の彼女は恥ずかしがり屋さんらしい。そんな彼女が可愛くてたまらない。

 ああ、ハナちゃんのためならどんなこともしてやりたいな。
 今なら、ルカの気持ちが分かる気がする。

 ルカ、俺も最愛を見つけたぞ!

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