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5 小さな食堂を始めました
しおりを挟む3年後ーー
私は王都から離れた土地で小さな食堂を営んでいた。
私は家を出た時、ウェンがくれた結婚指輪を売った。それと、両親が残してくれたお金を合わせて、田舎町の空き店舗を借り食堂を開いた。
王都から離れているせいか、ここでは勇者の噂もほとんど耳にしない。
誰も私たちが勇者の妻と息子だったことを知らないから穏やかな毎日だ。
「おかえりなさい、レオン」
「ただいま。お母さん手伝うよ」
レオンは料理が好きみたいで、最近はいろんな土地の料理も本を読んで勉強している。
元々荒事を好まない性格だったのに、勇者の息子と言うだけで、騎士学校に入れられそうになっていたから、これで良かったのだと思う。
レオンは18歳になったら、料理の専門学校に通いたいそうだ。
私も料理が好きだったから、それがレオンの夢に繋がって嬉しい。
オーウェンに美味しいものを食べて欲しくて頑張った料理だけど、今はお客さんのために腕をふるう。
ここは海沿いの町だから、漁から戻ってきた漁師さんから新鮮なお魚をいただくことも多い。魚の捌くのは経験だ。今では随分上達し、少し大きめの魚を捌くことも出来る。
「いらっしゃいませ!」
常連客のリックさんは、海の男。
身体が大きいリックさんは気持ちの良い食べっぷりでいつもたくさん注文してくれる。
「ああ、ヴァネッサさん。ドルマとパン、それにスブラキ!」
「はい。いつものやつね」
「ああ、よう、レオン!手伝いか?偉いな!」
リックさんが声を掛けると、テーブルを拭いていたレオンが振り返った。
「リックさん、いらっしゃい!」
リックさんは席に座ると好物の挽肉のドルマを注文した。
大きな口を開けて豪快に食べるリックさんを見ていると、嬉しくなる。
「ヴァネッサさん、今度大漁祭に行かないか?」
「ええ!行くわ、レオンもどう?」
「俺はいいよ。二人で行ってきなよ」
レオンはどうやら私達をくっつけようとしているみたい。息子にそんな事を気遣われるなんて恥ずかしい。
でも、リックさんはそんな事気にしないみたい。
「そっか、じゃあ、レオンの母ちゃん借りるぞ!」
「うん、リックさん、お母さんの事よろしく!俺、来年には王都に行きたいんだ!」
「ええ?」
驚いてレオンの方を見ると、レオンはリックさんを真っ直ぐに見ていた。
「俺王都にある料理学校に行きたいんだ。だから俺が留守の間、お母さんをよろしく」
「ああ!」
☆
「レオンが王都に行きたいなんて、知らなかったわ」
「あいつなりに、自分の将来の事、真剣に考えているんだろ。応援しなきゃ、な」
「うん。そうね」
この町の大漁祭は、観光客も集まるちょっと有名なイベント。海岸線の道沿いには、あちこちで鍋や素焼きなどが行われ、その場で食べるための場所も作ってある。
「いつも食べてるお魚なのに、こうして青空の下でたべると美味しいわ」
「そうだな。まあ、俺はヴァネッサさんの作る料理の方が好きだけど」
「ふふっ、ありがとう」
これはデートなのかな?
何回かリックさんとはこうして二人で出掛けた事がある。だけど、リックさんは私を口説いてくるような素振りは無かった。単純に大漁祭に来たかっただけかもしれない。
二人で並んで歩く海岸線。海は穏やか。規則的なザーッ、ザーッという波の音を聞きながら二人で無言で歩いた。
「手……繋いでも良いかな?」
不意に声がして、隣を見上げるとリックさんの真っ赤な耳が見えた。
照れているのかな?
隣からはリックさんの表情は見えない。
「うん」
私が返事をすると、リックさんの硬い手が私の手を取る。そして弱々しい力で握られた。
「手、小さいな」
「ふふっ、もう少し強く握っても大丈夫ですよ。ほら外れちゃいますから」
私はリックさんの大きな手を握り直した。
手を繋ぐなんて、最近はレオンとだってしていない。
そしてレオンとは違う、大きな手。
リックさんは恥ずかしそうにしてて、私の方を見ない。けれど、私は嬉しくて……。手を繋いだままリックさんを見上げて話し掛けた。
二人の時間は楽しい。ピュアな気持ちに戻ったみたい……。
ほのかに甘酸っぱい、娘の頃のように心が弾んだ。
オーウェン視点
「汚ったな。この部屋酷くない?」
「誰だ?」
リュックを背負って玄関に立っているのはーー
「レオン?」
「よく分かったね、父さん、久しぶり。今までどんな生活をしてたの?この家、荒れ果ててるんだけど?」
久しぶりに会う息子は、俺と同じぐらいの背丈に成長していた。彼は近くの棚に担いでいたリュックを置いて、部屋に落ちているゴミを拾い始めた。
「父さん、ゴミぐらいちゃんと片付けなよ」
「レオン、どうしてここに?」
「俺、王都の料理学校に行こうかと思って。ここって、俺の家でもあるよね?此処から通う方が楽なんだ。
父さん、ここに住ませてくれるならご飯作るけど、どうする?」
「い、一緒に住んでくれるのか?」
「うん。でも、俺、学校で忙しいからさ。父さんが家事はちゃんとしてくれよ!」
「あ、ああ。またお前と住めるなら頑張るさ。俺の事、恨んで無いのか?」
「恨んでもしょうがないし……。お母さんに感謝したら?俺、父さんのことは『人助けをする素晴らしい人』ってしか、聞いてないよ。お母さんは俺の前で父さんを悪く言うことなんてなかったからね」
俺は妻子に何もしてやらない、悪い父親だったのに。ヴァネッサは、レオンに何も言わなかったのか……。
「それよりもお母さんとの離縁証明書ちょうだい。お母さん、再婚するかもしれないからさ」
「ヴァネッサが?」
「うん。相手はいい人だよ。僕が保証する。まぁ、二人共10代みたいな不器用な恋愛だけどね。進展……するかな?見ている僕の方が恥ずかしくなるぐらい奥手でさ……」
レオンは喋りながらも次々と部屋を片付けた。
「これ、使ってる?……だったら要らないよね。捨てよ」
手際よく部屋を片付けるレオンにつられて、俺も片付けだした。そうだ、レオンが此処で住むなら、綺麗にしないと……。
「あーあー、汚いな。ホント、お父さん何も出来ないんだね」
「……」
「お父さん、今、無職?」
「ああ」
「俺、王都で店を出したいんだ。お父さんが手伝うのなら雇ってあげるよ」
「店を出すのか?」
「まっ、夢だけどね。今は修行の身」
片付いた部屋でレオンの作ってくれたスープとパンを食べると家庭料理の懐かしい味がした。
「美味いな。ヴァネッサに教えて貰ったのか?」
「うん。父さん知らないの?お母さんって料理得意だったんだよ」
「……」
俺はヴァネッサの料理を数えるほどしか食べていない。いつもどこかへ出掛けていた。
「父さんが魔王討伐の旅に出ている間に料理の勉強をしてたんだって。全部父さんのためだったらしいよ」
俺はヴァネッサの事を全然見ていなかった。勇者としての自分に浸って、家族を大切にしていなかった。
「父さんも反省しなよ。俺を一人で育てるの、お母さん、大変だったんだよ」
息子に言われて気付いた。ヴァネッサがどんなに大変だったか。そして、彼女の思いやりも。
「今までやらなかった分、ちゃんとしてよね。俺は学校に行くから、父さんは家事をお願い」
「ああ」
それからの日々はレオンのために朝から掃除と洗濯、そして少しずつ料理も覚えた。
「父さん、老後は一人なんだから、料理覚えておいた方がいいよ。俺だっていつ出てくか分かんないからね!」
実際、ちゃんと家事をしてみると思った以上に大変で忙しい。だけど、これがレオンのくれた最後のチャンス。
☆
10年後ーーー
レオンは結婚し家を出ていった。
今彼は王都で人気のレストランのシェフ。夢を叶えたのだ。
結婚相手は俺も紹介してもらった。テキパキ喋る明るい女性だった。
ヴァネッサは再婚したそうだ。
レオンが嬉しそうに教えてくれた。苦労した分、お母さんには幸せになってもらいたんだと。
俺は今日もこの家で一人で過ごしている。だけど以前のようなゴミ屋敷じゃない。
レオンに教えて貰ったヴァネッサの得意料理を作りながら、遠くの空の下で彼女の幸せを願った。
ーー(完)ーー
最後までおつきあいいただきありがとうございました。
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