26 / 32
26.王様の怒りと嫉妬
しおりを挟む
「ギル、おい、やめろって! ギルバート! おまえ、こいつを殺す気か!?」
ふいに現れたフィルが、ギルバートの腕を掴んだ。
「椿ちゃんが怯えてるだろうが!」
ギルバートの肩から力が抜ける。
椿の顔には表情が無く、目を見開いて彼らを見つめていた。
その表情の無さに胸が痛んだ。
フィルは顔面を血だらけにしたまま横たわっていたローレンスに肩を貸し、立たせると言った。
「ソサエティには定例会中止の連絡を流しておく。俺はこいつを医務室に連れて行くから、おまえは椿ちゃんを送ってやれ」
それだけ言うと、フィルはローレンスを抱えるようにして歩きだした。
友人の冷静さがありがたかった。
ギルバートは自身を落ち着かせるように深く息をつき、軽く頭を振った。
本当はすぐにでも椿に駆け寄り、もう大丈夫なのだと抱きしめてやりたい。
が、その思いとは裏腹に、これ以上怯えさせないように、ゆっくりとした足取りで彼は椿に近づいて行った。
「椿」
声をかけると椿はのろのろと彼を見上げた。
土で汚れた右の頬には擦り傷ができていた。
全身もまた土にまみれ、いつもはさらさらの黒髪はもつれ、乱れて、葉や小枝をまとわりつかせている。
ローレンスに対する怒りが再びこみあげてきた。
だが、ギルバートはそれをどうにか抑え込んだ。
片膝をつき、椿の顔を覗き込む。
「大丈夫か? 立てるか?」
椿は一瞬言葉の意味がわからなかったようだった。
座り込んだまま、きょとんとした顔で彼を見つめ、それから無理矢理笑みを浮かべる。
あどけない、けれども、今にも泣き出しそうな顔。
何か言おうとしたのだろうか。口を開きかけたが、出てきたのは言葉ではなく涙で、椿はそれを堪えようとするかのように唇を噛んで俯いた。
小さな体が小刻みに震えている。
どうしていいのかわからなかった。
「椿……」
思わず手を伸ばしたとき。
椿はびくっと震え、反射的にその手から逃げた。
唖然とした彼に向けられた瞳は怯えきっていて、ギルバートは言い様のないショックを受ける。
俺にまで怯えるのか?
ギルバートの表情に気付いたのか、椿は取り繕うように言った。
「て、……手が、汚れますよ。私、泥だらけですから。」
それから、青ざめた顔に強張った笑みを浮かべる。
「迷惑かけてすみません。ギルバートさん、お忙しいのに。もう、大丈夫ですから。ひとりで帰れます」
ひどいめにあったくせに、俺の手が汚れるとか、迷惑かけるとかってなんだよ?
今だってそんなに怖がっているくせに。
それとも俺に近寄るなとでも?
そこまで考えてはっとする。
おまえは拒絶するために微笑むのか。
今だけじゃない。
一見、無防備で無邪気な笑顔も、柔らかで静かな微笑みも、全て他者を寄せ付けないためのものだったのではないか。
震えながらひとりで立とうとしている椿に、彼は何か言いたかった。だが、何を言えばいいのかわからなかった。
「椿!」
声のした方を見ると、何故か鷹也がそこにいた。
「鷹ちゃん、……どうして……?」
椿は驚いたように、自分に近づいてくる鷹也を見上げる。
「みんなが知らせてくれた」
「みんな?」
鷹也は腰をかがめて椿の顔を覗き込むと小さく笑い、くしゃりと椿の髪を撫でた。
「一応、私にも椿と同じ血が流れてるんだぞ」
椿の瞳が揺れ、次の瞬間、鷹也に抱きついて泣きだした。
ギルバートにはわからない、おそらく日本語と思われる言葉で、慰めを求める子どものように何事かを訴えながら泣いている。
「ああ、よしよし、どうした? カンピオンにいじめられたか?」
「なっ、俺は……!」
「ち、違う、の、ギルバートさんは助けてくれた、の。でも、ね、」
そこから先は、再びギルバートには理解できない言葉に変わる。
「すまん、カンピオン。悪いが日本語で会話させてくれ」
鷹也は椿の背中をあやすように軽く叩きながら言った。
「どうぞ」
鷹也は礼を言うと、なだめるように椿に話しかけ、乱れた髪を梳きつけた。とても、優しい仕草で。
ギルバートは苛立ちを感じながら、そんなふたりを見ていた。
どうして椿を抱きしめているのが鷹也なのだろう。
俺には手が汚れるだの迷惑かけてすまないだの言っていたくせに、どうして椿は、鷹也にはあんな風に、ためらいもなく甘えるのだろう。
どうして、俺じゃ駄目なんだ? そんなに俺が怖いか? 優しくしているつもりなのに、それでもまだ足りないのか? どうすればいいんだよ、椿?
ようやくしゃくりあげる程度になった椿を立たせると、鷹也はスマートフォンで寮に連絡を入れ、車と医者の手配をした。
「さ、椿、帰るぞ」
英語で声をかけたということは、椿も多少は落ち着いたのだろう。
「カンピオン。いろいろ悪かったな。おかげで助かった。礼を言う」
「いや……。それより、椿、歩けるのか?」
椿は俯いたまま、消え入りそうな声で答えた。
「大丈夫です。ありがとうございます」
それでも、歩き出した椿は右足を引きずるようにしていた。
ギルバートはふたりが車に乗り込むまで見送った。
「ところで、鷹也。俺はローレンスに本気で腹を立てているんだが」
椿の隣に座ろうとしていた鷹也は振り向き、冷ややかに笑った。
「奇遇だな、私もだ」
「ということは、いいんだな?」
「陛下の思し召しのままに」
そう言うと鷹也は車に乗り、ふたりを乗せた車は走り去った。
ふいに現れたフィルが、ギルバートの腕を掴んだ。
「椿ちゃんが怯えてるだろうが!」
ギルバートの肩から力が抜ける。
椿の顔には表情が無く、目を見開いて彼らを見つめていた。
その表情の無さに胸が痛んだ。
フィルは顔面を血だらけにしたまま横たわっていたローレンスに肩を貸し、立たせると言った。
「ソサエティには定例会中止の連絡を流しておく。俺はこいつを医務室に連れて行くから、おまえは椿ちゃんを送ってやれ」
それだけ言うと、フィルはローレンスを抱えるようにして歩きだした。
友人の冷静さがありがたかった。
ギルバートは自身を落ち着かせるように深く息をつき、軽く頭を振った。
本当はすぐにでも椿に駆け寄り、もう大丈夫なのだと抱きしめてやりたい。
が、その思いとは裏腹に、これ以上怯えさせないように、ゆっくりとした足取りで彼は椿に近づいて行った。
「椿」
声をかけると椿はのろのろと彼を見上げた。
土で汚れた右の頬には擦り傷ができていた。
全身もまた土にまみれ、いつもはさらさらの黒髪はもつれ、乱れて、葉や小枝をまとわりつかせている。
ローレンスに対する怒りが再びこみあげてきた。
だが、ギルバートはそれをどうにか抑え込んだ。
片膝をつき、椿の顔を覗き込む。
「大丈夫か? 立てるか?」
椿は一瞬言葉の意味がわからなかったようだった。
座り込んだまま、きょとんとした顔で彼を見つめ、それから無理矢理笑みを浮かべる。
あどけない、けれども、今にも泣き出しそうな顔。
何か言おうとしたのだろうか。口を開きかけたが、出てきたのは言葉ではなく涙で、椿はそれを堪えようとするかのように唇を噛んで俯いた。
小さな体が小刻みに震えている。
どうしていいのかわからなかった。
「椿……」
思わず手を伸ばしたとき。
椿はびくっと震え、反射的にその手から逃げた。
唖然とした彼に向けられた瞳は怯えきっていて、ギルバートは言い様のないショックを受ける。
俺にまで怯えるのか?
ギルバートの表情に気付いたのか、椿は取り繕うように言った。
「て、……手が、汚れますよ。私、泥だらけですから。」
それから、青ざめた顔に強張った笑みを浮かべる。
「迷惑かけてすみません。ギルバートさん、お忙しいのに。もう、大丈夫ですから。ひとりで帰れます」
ひどいめにあったくせに、俺の手が汚れるとか、迷惑かけるとかってなんだよ?
今だってそんなに怖がっているくせに。
それとも俺に近寄るなとでも?
そこまで考えてはっとする。
おまえは拒絶するために微笑むのか。
今だけじゃない。
一見、無防備で無邪気な笑顔も、柔らかで静かな微笑みも、全て他者を寄せ付けないためのものだったのではないか。
震えながらひとりで立とうとしている椿に、彼は何か言いたかった。だが、何を言えばいいのかわからなかった。
「椿!」
声のした方を見ると、何故か鷹也がそこにいた。
「鷹ちゃん、……どうして……?」
椿は驚いたように、自分に近づいてくる鷹也を見上げる。
「みんなが知らせてくれた」
「みんな?」
鷹也は腰をかがめて椿の顔を覗き込むと小さく笑い、くしゃりと椿の髪を撫でた。
「一応、私にも椿と同じ血が流れてるんだぞ」
椿の瞳が揺れ、次の瞬間、鷹也に抱きついて泣きだした。
ギルバートにはわからない、おそらく日本語と思われる言葉で、慰めを求める子どものように何事かを訴えながら泣いている。
「ああ、よしよし、どうした? カンピオンにいじめられたか?」
「なっ、俺は……!」
「ち、違う、の、ギルバートさんは助けてくれた、の。でも、ね、」
そこから先は、再びギルバートには理解できない言葉に変わる。
「すまん、カンピオン。悪いが日本語で会話させてくれ」
鷹也は椿の背中をあやすように軽く叩きながら言った。
「どうぞ」
鷹也は礼を言うと、なだめるように椿に話しかけ、乱れた髪を梳きつけた。とても、優しい仕草で。
ギルバートは苛立ちを感じながら、そんなふたりを見ていた。
どうして椿を抱きしめているのが鷹也なのだろう。
俺には手が汚れるだの迷惑かけてすまないだの言っていたくせに、どうして椿は、鷹也にはあんな風に、ためらいもなく甘えるのだろう。
どうして、俺じゃ駄目なんだ? そんなに俺が怖いか? 優しくしているつもりなのに、それでもまだ足りないのか? どうすればいいんだよ、椿?
ようやくしゃくりあげる程度になった椿を立たせると、鷹也はスマートフォンで寮に連絡を入れ、車と医者の手配をした。
「さ、椿、帰るぞ」
英語で声をかけたということは、椿も多少は落ち着いたのだろう。
「カンピオン。いろいろ悪かったな。おかげで助かった。礼を言う」
「いや……。それより、椿、歩けるのか?」
椿は俯いたまま、消え入りそうな声で答えた。
「大丈夫です。ありがとうございます」
それでも、歩き出した椿は右足を引きずるようにしていた。
ギルバートはふたりが車に乗り込むまで見送った。
「ところで、鷹也。俺はローレンスに本気で腹を立てているんだが」
椿の隣に座ろうとしていた鷹也は振り向き、冷ややかに笑った。
「奇遇だな、私もだ」
「ということは、いいんだな?」
「陛下の思し召しのままに」
そう言うと鷹也は車に乗り、ふたりを乗せた車は走り去った。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】こっち向いて!少尉さん - My girl, you are my sweetest! -
文野さと@ぷんにゃご
恋愛
今日もアンは広い背中を追いかける。
美しい近衛士官のレイルダー少尉。彼の視界に入りたくて、アンはいつも背伸びをするのだ。
彼はいつも自分とは違うところを見ている。
でも、それがなんだというのか。
「大好き」は誰にも止められない!
いつか自分を見てもらいたくて、今日もアンは心の中で呼びかけるのだ。
「こっち向いて! 少尉さん」
※30話くらいの予定。イメージイラストはバツ様です。掲載の許可はいただいております。
物語の最後の方に戦闘描写があります。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
実らなかった初恋の…奇跡
秋風 爽籟
恋愛
舞は、中学校で引っ越しをして新しい土地、新しい学校で不安でいっぱいだった。そこで、話し掛けてくれた空と出会う…
空のことが気になる舞だったが、舞の初恋は実ることはなかった…
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~
扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。
公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。
はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。
しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。
拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。
▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる