45 / 60
44
しおりを挟む
木之原は「やられたな」と笑う。まるでカードゲームで負けた時のような軽い調子に、響はゾッとしたものが背筋を這った。
ヒートを起こしたオメガをドラッグパーティーなんかに放り込めば、間違いなく複数のアルファに犯される。下手したら首も噛まれ、身体と心に大きな傷を負う。バース専門医の木之原が、その悲惨さを知らないわけがないのに。目の前の男が、全く知らない怪物のように見えた。
「君たちの仕掛けに、僕は見事に引っ掛かったみたいだね。……君たちはどこまで、僕のことを知っているのかな?」
通常の定期検診時のように、木之原が穏やかに尋ねる。咄嗟に声が出ない。隣に立つ壱弥が、響を支えるように背中を撫でてくれる。響は気持ちを鎮め、口を開いた。
「……最初に先生に疑問を抱いたのは、壱弥でした」
三人でクリスマスケーキを食べたあの診察の日。帰りの車内で、「先生はなんで、TX+の匂いに似ている果物が、無花果だって分かったんだろう?」と壱弥が首を傾げた。
「……どういうこと?」
響は意味が分からず聞き返す。
「だって、響は先生に『タルトの果物の香りが、TX+に似てる』って言っただけなのに、先生は無花果の葉っぱの話をし始めたから」
予想外の方向から突然小石をぶつけられたみたいに、嫌な痛みが胸に広がった。
「……それは……俺、果物の香りって言ってた?無花果とは言ってなかった?」
響は尋ねながら、その可能性はないなと気づいていた。壱弥の記憶力は、記憶というより、写真や動画を撮るように記録すると言った方が正しい。その正確さは疑う余地がない。
TX+から無花果の香りがするなんて情報は、どこにも出ていない。フィアラル・アルファの優れた嗅覚のみが察知できる僅かな香りを――TX+使用者も売人も、押収した警察も知らないそれを、木之原は知っていた。
「……なるほど。語るに落ちたね」
響の説明を聞き、木之原は自分のミスを恥じるように目を細めた。
「映像も物的証拠も押さえられてるんじゃ、隠しても仕方ないな。僕はTX+の開発者だよ。壱弥くんの鼻が嗅ぎ取った通り、TX+には無花果の葉が僅かだけれど使われている」
木之原の告白に、響は目を見張った。
TX+になにかしらの関わりを持っているだろうとは思っていたけれど、まさかその最高責任者だとは想像していなかった。
「産みの親だとは、さすがに思っていなかったかな?親馬鹿かもしれないが、なかなか悪くない薬だと思うから、ぜひ響君にも試してもらいたかったよ」
にこりと笑う木之原に、響は思わず目を伏せる。響の尊敬していた彼は、もうどこにもいないのだと痛感する。いや。そんな人は最初からいなかったのかもしれない。
響は顔を上げ、木之原を見据えた。
「俺には不必要なものなので、遠慮しておきます。それに、あの脅迫状もいらないので、先生に全てお返ししましょうか?」
ヒートを起こしたオメガをドラッグパーティーなんかに放り込めば、間違いなく複数のアルファに犯される。下手したら首も噛まれ、身体と心に大きな傷を負う。バース専門医の木之原が、その悲惨さを知らないわけがないのに。目の前の男が、全く知らない怪物のように見えた。
「君たちの仕掛けに、僕は見事に引っ掛かったみたいだね。……君たちはどこまで、僕のことを知っているのかな?」
通常の定期検診時のように、木之原が穏やかに尋ねる。咄嗟に声が出ない。隣に立つ壱弥が、響を支えるように背中を撫でてくれる。響は気持ちを鎮め、口を開いた。
「……最初に先生に疑問を抱いたのは、壱弥でした」
三人でクリスマスケーキを食べたあの診察の日。帰りの車内で、「先生はなんで、TX+の匂いに似ている果物が、無花果だって分かったんだろう?」と壱弥が首を傾げた。
「……どういうこと?」
響は意味が分からず聞き返す。
「だって、響は先生に『タルトの果物の香りが、TX+に似てる』って言っただけなのに、先生は無花果の葉っぱの話をし始めたから」
予想外の方向から突然小石をぶつけられたみたいに、嫌な痛みが胸に広がった。
「……それは……俺、果物の香りって言ってた?無花果とは言ってなかった?」
響は尋ねながら、その可能性はないなと気づいていた。壱弥の記憶力は、記憶というより、写真や動画を撮るように記録すると言った方が正しい。その正確さは疑う余地がない。
TX+から無花果の香りがするなんて情報は、どこにも出ていない。フィアラル・アルファの優れた嗅覚のみが察知できる僅かな香りを――TX+使用者も売人も、押収した警察も知らないそれを、木之原は知っていた。
「……なるほど。語るに落ちたね」
響の説明を聞き、木之原は自分のミスを恥じるように目を細めた。
「映像も物的証拠も押さえられてるんじゃ、隠しても仕方ないな。僕はTX+の開発者だよ。壱弥くんの鼻が嗅ぎ取った通り、TX+には無花果の葉が僅かだけれど使われている」
木之原の告白に、響は目を見張った。
TX+になにかしらの関わりを持っているだろうとは思っていたけれど、まさかその最高責任者だとは想像していなかった。
「産みの親だとは、さすがに思っていなかったかな?親馬鹿かもしれないが、なかなか悪くない薬だと思うから、ぜひ響君にも試してもらいたかったよ」
にこりと笑う木之原に、響は思わず目を伏せる。響の尊敬していた彼は、もうどこにもいないのだと痛感する。いや。そんな人は最初からいなかったのかもしれない。
響は顔を上げ、木之原を見据えた。
「俺には不必要なものなので、遠慮しておきます。それに、あの脅迫状もいらないので、先生に全てお返ししましょうか?」
33
お気に入りに追加
162
あなたにおすすめの小説
【完結】クズとピエロ【長編】
綴子
BL
『京介さんはすごく優しい。
誰に対しても優しくて、時々、恋人であるオレを蔑ろにする――』
逢沢早苗は恋人である須田京介に時々蔑ろにされる。
普段は早苗を尊重してくれる京介だが、彼の幼馴染である小松伊織から呼び出されると、デートの途中であっても恋人であるはずの早苗を放って彼の元へ行ってしまうのだ。
そんな京介の振る舞いにシビレを切らした早苗に、京介のもう1人の幼馴染で、伊織の双子の兄である俊哉がとある提案をしてきた。
オメガとアルファの恋に藻掻く物語――。
◉第10回BL小説大賞にエントリーしてます。応援していただけたら嬉しいです。
⚠︎︎注意⚠
※本作品はオメガバースの設定をベース書いた作品ですが、独自解釈や特殊な設定等が含まれております。
※ムーンライトノベルズ様、Fujossy様にも後日投稿予定。
※今後の展開で重たいシーンが出てくる予定なので『ダウナー系BL』のタグを追加させてもらいました。2022/10/31
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
この恋は運命
大波小波
BL
飛鳥 響也(あすか きょうや)は、大富豪の御曹司だ。
申し分のない家柄と財力に加え、頭脳明晰、華やかなルックスと、非の打ち所がない。
第二性はアルファということも手伝って、彼は30歳になるまで恋人に不自由したことがなかった。
しかし、あまたの令嬢と関係を持っても、世継ぎには恵まれない。
合理的な響也は、一年たっても相手が懐妊しなければ、婚約は破棄するのだ。
そんな非情な彼は、社交界で『青髭公』とささやかれていた。
海外の昔話にある、娶る妻を次々に殺害する『青髭公』になぞらえているのだ。
ある日、新しいパートナーを探そうと、響也はマッチング・パーティーを開く。
そこへ天使が舞い降りるように現れたのは、早乙女 麻衣(さおとめ まい)と名乗る18歳の少年だ。
麻衣は父に連れられて、経営難の早乙女家を救うべく、資産家とお近づきになろうとパーティーに参加していた。
響也は麻衣に、一目で惹かれてしまう。
明るく素直な性格も気に入り、プライベートルームに彼を誘ってみた。
第二性がオメガならば、男性でも出産が可能だ。
しかし麻衣は、恋愛経験のないウブな少年だった。
そして、その初めてを捧げる代わりに、響也と正式に婚約したいと望む。
彼は、早乙女家のもとで働く人々を救いたい一心なのだ。
そんな麻衣の熱意に打たれ、響也は自分の屋敷へ彼を婚約者として迎えることに決めた。
喜び勇んで響也の屋敷へと入った麻衣だったが、厳しい現実が待っていた。
一つ屋根の下に住んでいながら、響也に会うことすらままならないのだ。
ワーカホリックの響也は、これまで婚約した令嬢たちとは、妊娠しやすいタイミングでしか会わないような男だった。
子どもを授からなかったら、別れる運命にある響也と麻衣に、波乱万丈な一年間の幕が上がる。
二人の間に果たして、赤ちゃんはやって来るのか……。
アルファ貴公子のあまく意地悪な求婚
伽野せり
BL
凪野陽斗(21Ω)には心配事がある。
いつまでたっても発情期がこないことと、双子の弟にまとわりつくストーカーの存在だ。
あるとき、陽斗は運命の相手であるホテル王、高梨唯一輝(27α)と出会い、抱えている心配事を解決してもらう代わりに彼の願いをかなえるという取引をする。
高梨の望みは、陽斗の『発情』。
それを自分の手で引き出したいと言う。
陽斗はそれを受け入れ、毎晩彼の手で、甘く意地悪に、『治療』されることになる――。
優しくて包容力があるけれど、相手のことが好きすぎて、ときどき心の狭い独占欲をみせるアルファと、コンプレックス持ちでなかなか素直になれないオメガの、紆余曲折しながらの幸せ探しです。
※オメガバース独自設定が含まれています。
※R18部分には*印がついています。
※複数(攻め以外の本番なし)・道具あります。苦手な方はご注意下さい。
この話はfujossyさん、エブリスタさんでも公開しています。
きょうもオメガはワンオぺです
トノサキミツル
BL
ツガイになっても、子育てはべつ。
アルファである夫こと、東雲 雅也(しののめ まさや)が交通事故で急死し、ワンオペ育児に奮闘しながらオメガ、こと東雲 裕(しののめ ゆう)が運命の番い(年収そこそこ)と出会います。
幼馴染から離れたい。
June
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。
だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。
βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。
誤字脱字あるかも。
最後らへんグダグダ。下手だ。
ちんぷんかんぷんかも。
パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・
すいません。
1人のαと2人のΩ
ミヒロ
BL
αの筈の結月は保健室で休んでいた所を多数に襲われ妊娠してしまう。結月はΩに変異していた。僅か12歳で妊娠してしまった結月だったが。
※表紙イラスト as-AIart- 様(素敵なイラストありがとうございます!)
·.⟡┈┈┈┈┈︎ ✧┈┈┈┈┈⟡.·
BLを書くに辺り、ハッシュタグでオメガバースを知り、人気なんだな、とネットで調べて初めて書いたオメガバースものです。
反省点、多々。
楽しみながら精進します☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる