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それでもやっぱり、難しい話や指示を受けると混乱した。簡単な言葉や反応しか返すことが出来ない壱弥を、相変わらず周りの人達は馬鹿な奴だと邪険にしたし、フィアラル・アルファであることが知られると、凶暴で暴力的な人間だと怖がられ非難されたりもした。
そんな壱弥の生きる意味は、響だった。
神様に会いたい。それだけを願って、ずっと生きてきた。
「カラーの紹介は以上です。僕がこのカラーを誰よりも使いたいと思っているので、ぜひ商品化にご協力をお願いします。本日はありがとうございました」
響の凛とした声に続いて、大きな拍手が会場に広がった。
『リゾブル・サブ』についての紹介を終わらせた響がステージから降りてくる。
その姿にまた見惚れそうになって、壱弥は意識を引き戻す。無表情を作りながら、響の元へ向かった。
響、と呼びかけそうになって、喉奥で言葉を止める。今は仕事中だから、さん付けと敬語が必要だ。
「――響さん、お疲れさまでした。めちゃくちゃ良かったです。すごく綺麗だったし、最高でした」
「全肯定なフィードバックありがとう」
壱弥のボディーガードらしからぬ熱い称賛に、響が笑う。
その拍子に、響の前髪がはらりと頰に垂れ落ちた。
何か考えるより先に手が伸びて、柔らかなその髪をそっと耳にかけると、響がさらに優しく目を細める。
そのまま腰を引き寄せてしまいたくなる。衝動をぐっと堪えて手を下ろした。
イベント関係者や記者達に挨拶をして回る響の後ろに控えながら、頭の中のフォルダを開く。フォルダ名は十二月二十日、今日の予定リスト。
このプレスイベントの後は、二つの会社で打ち合わせがある。港区と文京区。初めて行く場所だけど、ルートは事前に確認して頭に入れてある。その後は会社に戻って、響のデスクワークが終わったら自宅へ送って、今日の業務は終了。
この後のスケジュールをなぞっていると、視界の端に一人の女性が映った。
シャンパングラス片手に、歩きながら友人らしき人と話をしている。高いヒールを履いていて、お喋りに夢中。彼女からはアルコールの匂いが強く香っていて、その進行方向には響がいる。
それらの情報に対して、壱弥の頭が警告を鳴らす。
「響さん」
関係者との会話がわずかに途切れたタイミングで、響の腕を引いた。
女性の進路から響を避難させた数秒後、女性は近くにいた人にぶつかり、グラスの中身が相手のスーツを濡らした。
「ありがとう、壱弥」
すぐ側で起きた小さなアクシデントを見て、腕を引かれた理由を察したらしい響が、壱弥にだけ聞こえるよう小声で囁く。
仕事中の「灰藤」ではなく名前で呼ばれたことが嬉しくて、壱弥の無表情は呆気なく崩れた。
響に抱きつきたくなる気持ちを抑え、掴んでいた腕をさり気なく撫でるだけに留める。
それに気づいた響が、ちらりと壱弥を見て、緩く笑う。
――とりあえず、このイベントが終わったら充電させてもらおう。
温かでいい匂いのする身体を抱き締めて、爪まで綺麗な手を握って、サラサラで柔らかい髪を撫でさせてほしい。
響を充電すれば、自分は素晴らしいパフォーマンスを発揮できる。
けれど、その充電はすぐに空になってしまうのが弱点だなと、壱弥は思った。
そんな壱弥の生きる意味は、響だった。
神様に会いたい。それだけを願って、ずっと生きてきた。
「カラーの紹介は以上です。僕がこのカラーを誰よりも使いたいと思っているので、ぜひ商品化にご協力をお願いします。本日はありがとうございました」
響の凛とした声に続いて、大きな拍手が会場に広がった。
『リゾブル・サブ』についての紹介を終わらせた響がステージから降りてくる。
その姿にまた見惚れそうになって、壱弥は意識を引き戻す。無表情を作りながら、響の元へ向かった。
響、と呼びかけそうになって、喉奥で言葉を止める。今は仕事中だから、さん付けと敬語が必要だ。
「――響さん、お疲れさまでした。めちゃくちゃ良かったです。すごく綺麗だったし、最高でした」
「全肯定なフィードバックありがとう」
壱弥のボディーガードらしからぬ熱い称賛に、響が笑う。
その拍子に、響の前髪がはらりと頰に垂れ落ちた。
何か考えるより先に手が伸びて、柔らかなその髪をそっと耳にかけると、響がさらに優しく目を細める。
そのまま腰を引き寄せてしまいたくなる。衝動をぐっと堪えて手を下ろした。
イベント関係者や記者達に挨拶をして回る響の後ろに控えながら、頭の中のフォルダを開く。フォルダ名は十二月二十日、今日の予定リスト。
このプレスイベントの後は、二つの会社で打ち合わせがある。港区と文京区。初めて行く場所だけど、ルートは事前に確認して頭に入れてある。その後は会社に戻って、響のデスクワークが終わったら自宅へ送って、今日の業務は終了。
この後のスケジュールをなぞっていると、視界の端に一人の女性が映った。
シャンパングラス片手に、歩きながら友人らしき人と話をしている。高いヒールを履いていて、お喋りに夢中。彼女からはアルコールの匂いが強く香っていて、その進行方向には響がいる。
それらの情報に対して、壱弥の頭が警告を鳴らす。
「響さん」
関係者との会話がわずかに途切れたタイミングで、響の腕を引いた。
女性の進路から響を避難させた数秒後、女性は近くにいた人にぶつかり、グラスの中身が相手のスーツを濡らした。
「ありがとう、壱弥」
すぐ側で起きた小さなアクシデントを見て、腕を引かれた理由を察したらしい響が、壱弥にだけ聞こえるよう小声で囁く。
仕事中の「灰藤」ではなく名前で呼ばれたことが嬉しくて、壱弥の無表情は呆気なく崩れた。
響に抱きつきたくなる気持ちを抑え、掴んでいた腕をさり気なく撫でるだけに留める。
それに気づいた響が、ちらりと壱弥を見て、緩く笑う。
――とりあえず、このイベントが終わったら充電させてもらおう。
温かでいい匂いのする身体を抱き締めて、爪まで綺麗な手を握って、サラサラで柔らかい髪を撫でさせてほしい。
響を充電すれば、自分は素晴らしいパフォーマンスを発揮できる。
けれど、その充電はすぐに空になってしまうのが弱点だなと、壱弥は思った。
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