5 / 60
4
しおりを挟む
安心させるため、「すぐにうちの高岡にも連絡取れるようにしてありますから」と響の共同経営者兼、友人の名前を口にした。
「それに今日は、最高レベルの安全性とデザインを誇るカラーをしているので」
少し顎を逸らし、得意げに自分の首元を指さす。
加納は心配している様子を残しながらも、「僕もまだ事務所に居るので、なにかあれば連絡ください」と見送ってくれた。
デザイン事務所を後にして大通りに出ると、褐色の落葉がそこら中に散っていた。十一月の風には、もう冬の気配が混じっている。
響はビジネスバッグから取り出したマスクと伊達眼鏡で顔を隠し、最寄りの地下鉄駅に向かった。
金曜の十八時。帰宅ラッシュを迎え始めた地下鉄の駅は混んでいた。
独特の生ぬるい空気を感じながら、人の流れに沿うように地下通路を歩く。
一人で公共の交通機関を使うのは久しぶりで、少しだけ足取りが浮ついた。
いくつかの階段を降りホームを進んでいると、最初におかしな騒がしさに気づいた。
通常の人混みから生まれる雑踏音とは違う、不穏さと緊張感を含んだざわめき。
そして次の瞬間、響は空気中に漂う匂いを感じ取った。
胸の奥から不快感が湧いてくる、よく知った匂い。
――オメガのヒートフェロモン……?
それからすぐ、あちこちから大声が飛び、人の流れが乱れ始める。
瞬く間にホームは混乱の渦に巻き込まれた。
「オメガのヒートだ!」
「アルファは抑制剤打って!」
人々の喚起し合う声で、やはりヒートを起こしたオメガが居るのだと知る。
オメガのヒートフェロモンは、アルファに強く影響する。ヒートに当てられたアルファは発情し、最悪の場合錯乱状態に陥る。
理性を失ったアルファはオメガを襲い、無理やり身体を繋げようとしてしまう。
ヒート時のオメガとアルファのセックスでは、女性だけでなく男性でも妊娠に至る可能性があり、そういったトラブルを防ぐために、二つのバース性にはフェロモンをコントロールする『抑制剤』の携帯が義務付けられている。
「ヒート起こしてるの、一人じゃないぞ!」
――集団ヒート?嘘だろ?
響は込み上げる吐き気を堪え、バッグの中を漁った。手探りで薬の入ったケースを掴む。
フェロモンの匂いと混乱の広がりに比例し、響の体調もどんどんと悪くなっていく。
通常、オメガのフェロモンに反応するのはアルファだけで、オメガ同士ではフェロモンの影響を受けないとされている。
けれど響は、オメガのフェロモンに対して、激しい不快感や吐き気、眩暈といった症状が表れる。
後天性オメガの特性によるものなのか、元アルファの響だけが例外なのかは分からない。後天性オメガに関するデータは未だ少なく、その実態は不明な部分が多い。
震える指で、ケースから錠剤シートを取り出した。オメガフェロモンによる不調を軽減する対応薬だ。
薬をシートから押し出そうとしたところで、走ってきた人にぶつかり、ケースごと薬を取り落としてしまう。
――やばい。
思うと同時に、一気に濃くなった匂いと不快感に顔を上げ、そして目を見張った。
響の目の前に、この騒ぎの原因であろうオメガがいた。
フェロモンを撒き散らし、目の焦点は合っていない。唇の端からは、呻き声と細かな白い泡が溢れていた。
……これはヒートなのか?
異様な姿にそんな疑問が浮かぶ。けれど、さらに酷い嘔吐感が込み上げてきて、思考はすぐに散ってしまった。
「それに今日は、最高レベルの安全性とデザインを誇るカラーをしているので」
少し顎を逸らし、得意げに自分の首元を指さす。
加納は心配している様子を残しながらも、「僕もまだ事務所に居るので、なにかあれば連絡ください」と見送ってくれた。
デザイン事務所を後にして大通りに出ると、褐色の落葉がそこら中に散っていた。十一月の風には、もう冬の気配が混じっている。
響はビジネスバッグから取り出したマスクと伊達眼鏡で顔を隠し、最寄りの地下鉄駅に向かった。
金曜の十八時。帰宅ラッシュを迎え始めた地下鉄の駅は混んでいた。
独特の生ぬるい空気を感じながら、人の流れに沿うように地下通路を歩く。
一人で公共の交通機関を使うのは久しぶりで、少しだけ足取りが浮ついた。
いくつかの階段を降りホームを進んでいると、最初におかしな騒がしさに気づいた。
通常の人混みから生まれる雑踏音とは違う、不穏さと緊張感を含んだざわめき。
そして次の瞬間、響は空気中に漂う匂いを感じ取った。
胸の奥から不快感が湧いてくる、よく知った匂い。
――オメガのヒートフェロモン……?
それからすぐ、あちこちから大声が飛び、人の流れが乱れ始める。
瞬く間にホームは混乱の渦に巻き込まれた。
「オメガのヒートだ!」
「アルファは抑制剤打って!」
人々の喚起し合う声で、やはりヒートを起こしたオメガが居るのだと知る。
オメガのヒートフェロモンは、アルファに強く影響する。ヒートに当てられたアルファは発情し、最悪の場合錯乱状態に陥る。
理性を失ったアルファはオメガを襲い、無理やり身体を繋げようとしてしまう。
ヒート時のオメガとアルファのセックスでは、女性だけでなく男性でも妊娠に至る可能性があり、そういったトラブルを防ぐために、二つのバース性にはフェロモンをコントロールする『抑制剤』の携帯が義務付けられている。
「ヒート起こしてるの、一人じゃないぞ!」
――集団ヒート?嘘だろ?
響は込み上げる吐き気を堪え、バッグの中を漁った。手探りで薬の入ったケースを掴む。
フェロモンの匂いと混乱の広がりに比例し、響の体調もどんどんと悪くなっていく。
通常、オメガのフェロモンに反応するのはアルファだけで、オメガ同士ではフェロモンの影響を受けないとされている。
けれど響は、オメガのフェロモンに対して、激しい不快感や吐き気、眩暈といった症状が表れる。
後天性オメガの特性によるものなのか、元アルファの響だけが例外なのかは分からない。後天性オメガに関するデータは未だ少なく、その実態は不明な部分が多い。
震える指で、ケースから錠剤シートを取り出した。オメガフェロモンによる不調を軽減する対応薬だ。
薬をシートから押し出そうとしたところで、走ってきた人にぶつかり、ケースごと薬を取り落としてしまう。
――やばい。
思うと同時に、一気に濃くなった匂いと不快感に顔を上げ、そして目を見張った。
響の目の前に、この騒ぎの原因であろうオメガがいた。
フェロモンを撒き散らし、目の焦点は合っていない。唇の端からは、呻き声と細かな白い泡が溢れていた。
……これはヒートなのか?
異様な姿にそんな疑問が浮かぶ。けれど、さらに酷い嘔吐感が込み上げてきて、思考はすぐに散ってしまった。
14
お気に入りに追加
162
あなたにおすすめの小説
【完結】クズとピエロ【長編】
綴子
BL
『京介さんはすごく優しい。
誰に対しても優しくて、時々、恋人であるオレを蔑ろにする――』
逢沢早苗は恋人である須田京介に時々蔑ろにされる。
普段は早苗を尊重してくれる京介だが、彼の幼馴染である小松伊織から呼び出されると、デートの途中であっても恋人であるはずの早苗を放って彼の元へ行ってしまうのだ。
そんな京介の振る舞いにシビレを切らした早苗に、京介のもう1人の幼馴染で、伊織の双子の兄である俊哉がとある提案をしてきた。
オメガとアルファの恋に藻掻く物語――。
◉第10回BL小説大賞にエントリーしてます。応援していただけたら嬉しいです。
⚠︎︎注意⚠
※本作品はオメガバースの設定をベース書いた作品ですが、独自解釈や特殊な設定等が含まれております。
※ムーンライトノベルズ様、Fujossy様にも後日投稿予定。
※今後の展開で重たいシーンが出てくる予定なので『ダウナー系BL』のタグを追加させてもらいました。2022/10/31
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
この恋は運命
大波小波
BL
飛鳥 響也(あすか きょうや)は、大富豪の御曹司だ。
申し分のない家柄と財力に加え、頭脳明晰、華やかなルックスと、非の打ち所がない。
第二性はアルファということも手伝って、彼は30歳になるまで恋人に不自由したことがなかった。
しかし、あまたの令嬢と関係を持っても、世継ぎには恵まれない。
合理的な響也は、一年たっても相手が懐妊しなければ、婚約は破棄するのだ。
そんな非情な彼は、社交界で『青髭公』とささやかれていた。
海外の昔話にある、娶る妻を次々に殺害する『青髭公』になぞらえているのだ。
ある日、新しいパートナーを探そうと、響也はマッチング・パーティーを開く。
そこへ天使が舞い降りるように現れたのは、早乙女 麻衣(さおとめ まい)と名乗る18歳の少年だ。
麻衣は父に連れられて、経営難の早乙女家を救うべく、資産家とお近づきになろうとパーティーに参加していた。
響也は麻衣に、一目で惹かれてしまう。
明るく素直な性格も気に入り、プライベートルームに彼を誘ってみた。
第二性がオメガならば、男性でも出産が可能だ。
しかし麻衣は、恋愛経験のないウブな少年だった。
そして、その初めてを捧げる代わりに、響也と正式に婚約したいと望む。
彼は、早乙女家のもとで働く人々を救いたい一心なのだ。
そんな麻衣の熱意に打たれ、響也は自分の屋敷へ彼を婚約者として迎えることに決めた。
喜び勇んで響也の屋敷へと入った麻衣だったが、厳しい現実が待っていた。
一つ屋根の下に住んでいながら、響也に会うことすらままならないのだ。
ワーカホリックの響也は、これまで婚約した令嬢たちとは、妊娠しやすいタイミングでしか会わないような男だった。
子どもを授からなかったら、別れる運命にある響也と麻衣に、波乱万丈な一年間の幕が上がる。
二人の間に果たして、赤ちゃんはやって来るのか……。
アルファ貴公子のあまく意地悪な求婚
伽野せり
BL
凪野陽斗(21Ω)には心配事がある。
いつまでたっても発情期がこないことと、双子の弟にまとわりつくストーカーの存在だ。
あるとき、陽斗は運命の相手であるホテル王、高梨唯一輝(27α)と出会い、抱えている心配事を解決してもらう代わりに彼の願いをかなえるという取引をする。
高梨の望みは、陽斗の『発情』。
それを自分の手で引き出したいと言う。
陽斗はそれを受け入れ、毎晩彼の手で、甘く意地悪に、『治療』されることになる――。
優しくて包容力があるけれど、相手のことが好きすぎて、ときどき心の狭い独占欲をみせるアルファと、コンプレックス持ちでなかなか素直になれないオメガの、紆余曲折しながらの幸せ探しです。
※オメガバース独自設定が含まれています。
※R18部分には*印がついています。
※複数(攻め以外の本番なし)・道具あります。苦手な方はご注意下さい。
この話はfujossyさん、エブリスタさんでも公開しています。
きょうもオメガはワンオぺです
トノサキミツル
BL
ツガイになっても、子育てはべつ。
アルファである夫こと、東雲 雅也(しののめ まさや)が交通事故で急死し、ワンオペ育児に奮闘しながらオメガ、こと東雲 裕(しののめ ゆう)が運命の番い(年収そこそこ)と出会います。
幼馴染から離れたい。
June
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。
だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。
βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。
誤字脱字あるかも。
最後らへんグダグダ。下手だ。
ちんぷんかんぷんかも。
パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・
すいません。
1人のαと2人のΩ
ミヒロ
BL
αの筈の結月は保健室で休んでいた所を多数に襲われ妊娠してしまう。結月はΩに変異していた。僅か12歳で妊娠してしまった結月だったが。
※表紙イラスト as-AIart- 様(素敵なイラストありがとうございます!)
·.⟡┈┈┈┈┈︎ ✧┈┈┈┈┈⟡.·
BLを書くに辺り、ハッシュタグでオメガバースを知り、人気なんだな、とネットで調べて初めて書いたオメガバースものです。
反省点、多々。
楽しみながら精進します☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる