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第7章 理の使命
68 闇の池
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ローブの男が、私たち姉妹の前に現れた。
出会ったときと何ら変わるところがない、雰囲気もそのまま。
ここで、私たちがどれくらいいたのかは、全く分からなかったけれど、物凄く長く、いや物凄く短く。ここにいたと思う。
死んでしまった直後は、少しパニックになっていたようだったけれど、少しずつ落ち着いて周りを見ることができるようになった。
ここは、真ん中に真っ黒な池みたいなものがある公園のようだった。私たちは、その池の周囲に設置してあるベンチに座って、池を見ているような感じ。時折り、その池に青白い球状が見えることがある。でも、すぐに消えてしまう。
男が
「いつまでここにいるつもりだ。ここから出て、しばらくすれば、また光の中に出られる。この闇の中に、いつまでもいても、いいものじゃない。」
でも、なんだかここから出ると、お姉ちゃんとは二度と会えない気がしていたんだ。だから、動かなかった。お姉ちゃんも同じって言っていた。だから
「お姉ちゃんと別れたくないの。だから、ここにずっといるの。」
そんな言葉をお姉ちゃんに向けて言ったけれど、
「…。」
お姉ちゃんは、ぼんやりしていて、何も話してくれない。
「お姉ちゃん?」
こっちに顔を向けたけれど、言葉は聞こえない。
その姿を見てた男が
「何度も言うが、ここにはいつまでもいていい場所じゃない。時間が経てば経つほど自分というものが消えていく。自分が完全に消えてしまえば、そのまま闇に飲まれておしまいだ。君の姉は、そろそろタイムリミットじゃないか。」
そうかもしれないと私も思う。でも、
「それでも、お姉ちゃんとは一緒にいたい。」
男は、
「そうか」
と言うと、私たちから離れて池の周囲を歩きだし、しばらくすると、消えた。
また、ここに2人になった。
私が話す。私が話す。私が話す。
お姉ちゃんからは、言葉も表情も手を握ってくれることもなくなった。時々、お姉ちゃんの身体の輪郭が淡くなることがあって、気が付いたら、お姉ちゃんの輪郭が元に戻ったことがあってから、気が付いたらお姉ちゃんを揺するようになってしまった。でも、お姉ちゃんからの反応は何もない。
だから、私はずっとお姉ちゃんに話かけている。
時間がどれくらい経ったかなんてわからないくらい。
気が付くと、男が近寄ってきていた。
驚き、あきれたような声が来た。
「まだ、いるのか。もう、闇の中へ取り込まれていると思ったが、意外と強いな。お前。」
「お姉ちゃんが私の隣にいてくれるからです。」
「ふむ。お姉ちゃんは、お前のことを煩わしく思っているかもしれないぞ。」
と、男は、意地悪っぽい声で、私の事を暗に批判してくる。でも、
「そんなことない。お姉ちゃんは、私の事が大好きだもの。ちょっと最近は疲れているだけ。」
「身体がないのに、疲れたとかがあるわけがない。その身体は、生前の姿。その姿から別の姿になってしまえば、姉のことも忘れてしまうと思って、形を崩せないのだろう。」
それは、ずっと怖れていた。今の私が私ではなくなってしまうのは、この姿を失った時のことだと。お姉ちゃんのことを忘れてしまうのが怖かったから。
ふと気が付くと、男はまた私たちから離れて池の周囲を歩き始めた。
そっちを見た時、隣で何かが動いた。お姉ちゃんが立ち上がった。今まで全然動かなかったのに。思わず、
「お姉ちゃん大丈夫?」
って、言ったけれど、それには返事もないし、私の方を見ずに、離れつつある男の方を見ていた。そして、ゆっくりと男の後を追うように歩いていく。私は、お姉ちゃんに裏切られたような気がした。
でも、お姉ちゃんと別れてしまうことはできない。だから、お姉ちゃんの後をついていく。
以前と違い、男の姿は消えることなく、池の周囲を1周してしまう。姉も私も。
ただ、池の周囲を1周歩いただけ。
そう思っていた。
お姉ちゃんの瞳から、涙が流れていた。
ぎょっとして、
「お姉ちゃん、どこか痛いの?大丈夫?」
と声をかけたけれど、お姉ちゃんは、首を振りつつ、
「そうじゃない。そうじゃないの。私の闇を払ってくれた。私が私になった。手伝ってくれたの。」
両手で、顔を隠して泣いているお姉ちゃんを見て、何がどうなったのか分からなかった。
男の手が、お姉ちゃんの頭を撫でている。
感極まってなのか、お姉ちゃんが男に抱き着いてしまった。
訳が分からない。少し混乱していたのだろう、ちょっときつめに、
「お姉ちゃんに触るな。お姉ちゃんに何をした。」
男は、お姉ちゃんの頭から手を放し、私を引き寄せた上で、頭を撫でるかのように手を置いた。
なにかが弾けた。
それは、私たち姉妹が死ぬ直前の痛みの記憶。毒矢に刺され、力が抜き取られつつ圧倒的な悪意で死んでいく、殺されていく私たち。そんな思い出したくもない記憶。
しかし、頭を撫でられるごとに、だんだんその記憶が自分のことだったという認識が薄くなっていく。気が付くと、死んだときのことが、映画のワンカットみたいに思え、自分のことではなくなっていた。
お姉ちゃんは、一足早く、男にそれをやられていた。
今更、なぜなのかは、分からないけれど。
泣き止んだお姉ちゃんが、男に対してお礼を言っているのを横で聞きながら、どこか腑に落ちない表情なのが分かったのだろう。お姉ちゃんが、
「辛い記憶を消してもらったから、次の一歩を踏み出すことができるよね。」
と、聞いてきて分かった。
私たちの記憶の一部を消して、未練がなくなることで、私たちをより簡単に引き離そうと思ったということを。
「ずるい。ずるいよ。私は、ただお姉ちゃんと一緒にいたいだけなのに。…」
お姉ちゃんも男も、ため息をしたような感じがしたあと、こう言った。
「では、こうしよう。次に、俺がここに来た時までに考えておけ。二人で消えるか、闇に落ちるかを。」
そんな一方的なことを話すと、まるでスケートリンクのようにすーっと離れていく。池の周囲をまた歩くのかと思ったら、池の中へ。
繰り返すように、
「次が最後だ。拒否は認めない。」
男は、池の中から延びてきた無数のタコの足みたいなものに引きずられて、池の中に没していった。
出会ったときと何ら変わるところがない、雰囲気もそのまま。
ここで、私たちがどれくらいいたのかは、全く分からなかったけれど、物凄く長く、いや物凄く短く。ここにいたと思う。
死んでしまった直後は、少しパニックになっていたようだったけれど、少しずつ落ち着いて周りを見ることができるようになった。
ここは、真ん中に真っ黒な池みたいなものがある公園のようだった。私たちは、その池の周囲に設置してあるベンチに座って、池を見ているような感じ。時折り、その池に青白い球状が見えることがある。でも、すぐに消えてしまう。
男が
「いつまでここにいるつもりだ。ここから出て、しばらくすれば、また光の中に出られる。この闇の中に、いつまでもいても、いいものじゃない。」
でも、なんだかここから出ると、お姉ちゃんとは二度と会えない気がしていたんだ。だから、動かなかった。お姉ちゃんも同じって言っていた。だから
「お姉ちゃんと別れたくないの。だから、ここにずっといるの。」
そんな言葉をお姉ちゃんに向けて言ったけれど、
「…。」
お姉ちゃんは、ぼんやりしていて、何も話してくれない。
「お姉ちゃん?」
こっちに顔を向けたけれど、言葉は聞こえない。
その姿を見てた男が
「何度も言うが、ここにはいつまでもいていい場所じゃない。時間が経てば経つほど自分というものが消えていく。自分が完全に消えてしまえば、そのまま闇に飲まれておしまいだ。君の姉は、そろそろタイムリミットじゃないか。」
そうかもしれないと私も思う。でも、
「それでも、お姉ちゃんとは一緒にいたい。」
男は、
「そうか」
と言うと、私たちから離れて池の周囲を歩きだし、しばらくすると、消えた。
また、ここに2人になった。
私が話す。私が話す。私が話す。
お姉ちゃんからは、言葉も表情も手を握ってくれることもなくなった。時々、お姉ちゃんの身体の輪郭が淡くなることがあって、気が付いたら、お姉ちゃんの輪郭が元に戻ったことがあってから、気が付いたらお姉ちゃんを揺するようになってしまった。でも、お姉ちゃんからの反応は何もない。
だから、私はずっとお姉ちゃんに話かけている。
時間がどれくらい経ったかなんてわからないくらい。
気が付くと、男が近寄ってきていた。
驚き、あきれたような声が来た。
「まだ、いるのか。もう、闇の中へ取り込まれていると思ったが、意外と強いな。お前。」
「お姉ちゃんが私の隣にいてくれるからです。」
「ふむ。お姉ちゃんは、お前のことを煩わしく思っているかもしれないぞ。」
と、男は、意地悪っぽい声で、私の事を暗に批判してくる。でも、
「そんなことない。お姉ちゃんは、私の事が大好きだもの。ちょっと最近は疲れているだけ。」
「身体がないのに、疲れたとかがあるわけがない。その身体は、生前の姿。その姿から別の姿になってしまえば、姉のことも忘れてしまうと思って、形を崩せないのだろう。」
それは、ずっと怖れていた。今の私が私ではなくなってしまうのは、この姿を失った時のことだと。お姉ちゃんのことを忘れてしまうのが怖かったから。
ふと気が付くと、男はまた私たちから離れて池の周囲を歩き始めた。
そっちを見た時、隣で何かが動いた。お姉ちゃんが立ち上がった。今まで全然動かなかったのに。思わず、
「お姉ちゃん大丈夫?」
って、言ったけれど、それには返事もないし、私の方を見ずに、離れつつある男の方を見ていた。そして、ゆっくりと男の後を追うように歩いていく。私は、お姉ちゃんに裏切られたような気がした。
でも、お姉ちゃんと別れてしまうことはできない。だから、お姉ちゃんの後をついていく。
以前と違い、男の姿は消えることなく、池の周囲を1周してしまう。姉も私も。
ただ、池の周囲を1周歩いただけ。
そう思っていた。
お姉ちゃんの瞳から、涙が流れていた。
ぎょっとして、
「お姉ちゃん、どこか痛いの?大丈夫?」
と声をかけたけれど、お姉ちゃんは、首を振りつつ、
「そうじゃない。そうじゃないの。私の闇を払ってくれた。私が私になった。手伝ってくれたの。」
両手で、顔を隠して泣いているお姉ちゃんを見て、何がどうなったのか分からなかった。
男の手が、お姉ちゃんの頭を撫でている。
感極まってなのか、お姉ちゃんが男に抱き着いてしまった。
訳が分からない。少し混乱していたのだろう、ちょっときつめに、
「お姉ちゃんに触るな。お姉ちゃんに何をした。」
男は、お姉ちゃんの頭から手を放し、私を引き寄せた上で、頭を撫でるかのように手を置いた。
なにかが弾けた。
それは、私たち姉妹が死ぬ直前の痛みの記憶。毒矢に刺され、力が抜き取られつつ圧倒的な悪意で死んでいく、殺されていく私たち。そんな思い出したくもない記憶。
しかし、頭を撫でられるごとに、だんだんその記憶が自分のことだったという認識が薄くなっていく。気が付くと、死んだときのことが、映画のワンカットみたいに思え、自分のことではなくなっていた。
お姉ちゃんは、一足早く、男にそれをやられていた。
今更、なぜなのかは、分からないけれど。
泣き止んだお姉ちゃんが、男に対してお礼を言っているのを横で聞きながら、どこか腑に落ちない表情なのが分かったのだろう。お姉ちゃんが、
「辛い記憶を消してもらったから、次の一歩を踏み出すことができるよね。」
と、聞いてきて分かった。
私たちの記憶の一部を消して、未練がなくなることで、私たちをより簡単に引き離そうと思ったということを。
「ずるい。ずるいよ。私は、ただお姉ちゃんと一緒にいたいだけなのに。…」
お姉ちゃんも男も、ため息をしたような感じがしたあと、こう言った。
「では、こうしよう。次に、俺がここに来た時までに考えておけ。二人で消えるか、闇に落ちるかを。」
そんな一方的なことを話すと、まるでスケートリンクのようにすーっと離れていく。池の周囲をまた歩くのかと思ったら、池の中へ。
繰り返すように、
「次が最後だ。拒否は認めない。」
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