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最終章

第百二話 これは秘密兵器の出番かな

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 到底見なかったことにできる相手ではない。一体この街で何を企んでいるのか。どう考えたってろくなことではないだろう。とにかくとっ捕まえて白状させなければなるまい。

「ごめん、急用! 危ないから二人は宿に戻ってて!」
「えっ、どうしたんですか?」
「……?」

 カマキリ女が人混みに消えそうになり、慌てて後を追いかける。くそっ、みんな似たような格好をしているから見分けがつきにくい。向こうもそれを承知しているのか、あえて人の多い通りを選んでいるような気がする。

 しばらく追いかけているが、なかなか距離が詰まらない。人が邪魔すぎる。さすがになぎ倒して進むわけにもいかないし、人混みを縫ってスムーズに進めるほどの器用さはわたしにはない。ああ、もう、こんなことならダンス……じゃなかった。魔術の練習もっとちゃんとやってたらよかったのかな!

 ぎりぎり見失わない範囲を保って追いすがっていると、ついにカマキリ女が人通りの少なそうな路地へ入った。よし、あっちに行けば邪魔は入らない。なんならセーラー鎧モードを解禁してでも捕獲してやろう。

 カマキリ女が入っていった路地の入口に立つ。どうやら奥は行き止まりのような。どん詰まりに立って、こちらをにやにやと眺めていた。その余裕に薄気味悪いものを感じるが、状況的に有利なのはこちらだ。

 一対一なら後の戦いを考える必要はない。セーラー鎧モードならまず負けないと思うし、全身鎧フルプレートモードなら攻撃されても傷ひとつ負わない可能性もあるんじゃないだろうか。

「セーラー服、準備だけよろしく」
「了解、ご主人」

 セーラー服君に短く注意を促しておく。背中から戦鎚を抜き、ぶんぶんと振り回しながらゆっくり距離を詰めていく。

「どもー、おひさー。元気してたー?」
「おかげさまで元気いっぱいだよ。かすり傷ひとつもなかったからね」
「そーゆーのマジムカつくー。あーしはやっと両手が治ったとこだってのにー」

 カマキリ女がこれみよがしに両手を掲げ、腕に仕込まれた刃を出し入れする。目で追えないほどに速い。エルフ村での戦いでは上手いこと開閉不能に追い込めたが、この速度を利用した斬撃を繰り出すのが本来の戦い方なのだろう。

 ま、予想はしていたことだ。とくに焦りはない。これは秘密兵器の出番かな。

「それじゃ、快気祝いをあげないとね。ほらっ」
「そんなのに騙されるわけないしー」

 わたしが腰の物入れから取り出した2つのボールを放ってやると、カマキリ女は両手の鎌で素早くをそれを両断した。あーあ、せっかくのプレゼントをひどいなあ。そのまま受け取ってくれれば何の害もなかったのに。

「ちょっ!? なにこれっ!? べとべとしてキモイんだけどー!?」

 カマキリ女が両腕を粘液まみれにしてパニックに陥っている。ふふ、これで鎌の開閉はもう自由にはできまい。ガンダリオン研究室特製のヌルゴブリントリモチ玉だ。

 薄い皮袋に加工したヌルゴブリンの粘液を詰めた一品である。中身は空気に触れると急速に粘度を増す仕様だ。カマキリ女はしつこそうな性格をしてそうだなと思ったので、いつかの再戦に備えて王国を出立するまでの間に開発を依頼していたのである。

 なお、革袋の素材はなんとかゴブリンの膀胱ぼうこうらしいのだが、それについては忘れることにする。

「ああーっ! もう! ぜんぜん剥がれないしー!」

 カマキリ女が粘液をネチャネチャさせながら両腕の鎌を開閉させている。その動きは明らかに遅く、これまでの速度は見る影もない。時間をおけばますます粘度が増していくので今後一層動きが鈍っていくだろう。

「さて、この街でどんな悪さをしようとしてたのかなあ? 素直に吐けば、あまり痛くしないであげるよ」

 背中から引き抜いた戦鎚をぶんぶんと振り回しながらカマキリ女へ迫っていく。顔にはにっこり素敵な営業スマイルを浮かべて、だ。素直に降参してくれることを祈る。

「ふーん、悪さねー。その前にさー、あーし一人だけって勘違いしてない?」

 カマキリ女の言葉に思わず足を止める。たしかに敵中に一人だけで来ているというのは希望的観測に過ぎる。しかし、わたしにはこんなときに役立つ強い味方がいるんだなあ。ねえ、セーラー服君よ。

「小生の探知ではこの付近に敵意を感じる生物は他に見当たりませんね」

 だってさ。苦し紛れのはったりおつかれさまでした。

「はったりじゃないしー。あんたがこっちにいる間、お仲間はどうなってるかなーとか、あーしだったら心配しちゃうしー」

 仲間……!? まずい、広場においてきたメガネちゃんとメカクレちゃんの安全が気にかかる。ミリーちゃんやサルタナさんならある程度戦えるが、二人はそうじゃない。拳銃を隠し持ってはいるものの、奇襲されて咄嗟にそれが使えるかといったら別問題だろう。

 すぐに様子を見に行くべきか……そう逡巡した瞬間、カマキリ女が路地の両側の壁を交互に蹴ってあっという間に建物の屋根へと駆け上がった。なんだこらその動き、忍者か!

「それじゃ、あーしはこんなところでー。まったねー」

 カマキリ女が姿を消す。超高速ハイスピードモードなら追いつくのも簡単だろうが、いまは状況が読めない。安易にセーラー服君を解禁してよい場面じゃない。

 カマキリ女の追跡を諦め、全速力で広場へ戻る。相変わらず人混みが邪魔過ぎる! 1秒1秒が何倍もの時間に感じられる。

 やっとの思いで広場にたどり着くと、メカクレちゃんがベンチに座っていた。足下には飲みかけのコップが転がり、中身がぶちまけられている。慌てて駆け寄り、肩を揺さぶると意識を失っていた。息はある。外傷は見当たらない。当て身か薬か、なんらかの手段で気絶させられたのか?

 続いてメガネちゃんの行方を探すべく視線をさまよわせるが、どこにも見当たらない。

「セーラー服、メガネちゃん、探知できる?」
「残念ながら、小生の探知範囲には不在のようです」

 くそっ、やられた! はじめからカマキリ女の目的はこれだったのか。わたしを引き剥がして、メガネちゃんを誘拐するつもりだったのか。まさか、ショッピングセンターの秘密が魔王とやらに洩れているのだろうか?

 ともあれ、いまはできることをするしかない。素人目には眠っているだけのようにも見えるメカクレちゃんだが、詳しい容態がわからない以上は油断できない。急いで医者に診せなくては。

 意識の戻らないメカクレちゃんを背負うと、1枚の紙がすべり落ちた。拾って読むと、そこにはこんなことが書かれていた。

『拝啓 双槌鬼様

 この街へ明日から蛸髭たこひげ様率いる魔王軍が全軍で攻撃します。
 双槌鬼様におかれましては、北の城壁のあたりにでも立ったまま、何もしないでいてください。
 魔王軍に攻撃したり、こちらから見えない場所に逃げたりすると人質がひどいことになっちゃいます。
 ざまーみろしwww

 かしこ』

 あんにゃろう……絶対に許さんぞ!!
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