上 下
8 / 121
第一章 降り立て! ドワーフ村!

第七話 西欧文明的啓蒙主義はまったくよろしからんものだ

しおりを挟む
 考えてみれば未成年飲酒の規制なんてものは、地球にしたって近代の先進国からはじまった習慣に過ぎないだろう。郷に入れば郷に従え。西欧文明的啓蒙主義はまったくよろしからんものだ。細かいことを気にするのはやめて、異世界で味わう2杯目のお酒を堪能しよう。

 まずはジョッキに鼻を近づけ香りを確認する。ジョッキを覆う薄い泡の膜がはじけ、鼻の頭に少ししぶきが散る。香りはあまりしない。アルコール臭もそれほど感じない。ドワーフと言うと度の強い酒をガブ飲みするイメージだったけど、やはり子ども向けということで度数控えめなのかもしれない。

 続いて味だ。一気に流し込むのが作法のようだが、失礼してまず一口。おっ、よく冷えてる。控えめな酸味と甘み。わずかなとろみがあるが、微炭酸が口中を刺激して後味も爽やかだ。地球のお酒で例えるなら、マッコリを炭酸水で割ったら近い味わいになりそうだ。

 次は周囲に倣ってゴクゴクとジョッキの半分くらいまで飲み干す。おほー、これは爽快。素早く口の中を通過することで甘みよりも酸味が引き立ち、弱っていない炭酸がキレのある喉越しを演出する。うん、焼き肉とかのこってりした料理に合いそうだぞ。

「みさきさん、これにかぶりついてからまた飲んでみてください。エンペールとプチハーピーのお肉は最高に合うんですよ」

 はじめて飲むお酒に夢中になっていたら、ミリーちゃんがお皿に骨付き鶏もも肉的なものを差し出してくれた。ハーピーってファンタジーに出てくる人面鳥みたいなやつだよね……と一瞬脳裏に嫌な想像がよぎったが、郷に入れば郷に従えだ。地球にだって猿のたぐいを食べる文化はあったし、気にしていてははじまらない。それよりなにより、目の前の脂が滴るローストチキン的な物の前に、日本的倫理感など風の前の塵に同じだ。肉を掴んでばくりとかじりつく。

「ふぉぉぉおおお……おおお……」

 まさに弾ける肉汁。肉の表面を歯が突き破った瞬間に口の中に溢れんばかりの肉汁が飛び出す。いや、実際ちょっと口の端から脂が垂れてしまった。キャッ、はしたない。しかし口中を満たす肉汁幸せの前にそんな些細なことは気にしていられない。お肉のジューシーさに気を取られて気が付かなかったが、肉とは違う複雑な香りがするな。そして若干の辛味。ハーブや唐辛子的なものに漬け込んでから焼いたのだろうか。

 ああ、いかんいかん。この脂の後味が残っている間にエンペールとやらを再びお迎えしなくては。グビグビと流し込むと脂でいっぱいだった口の中がすっきりする。控えめだったはずのエンペールの酸味と甘味がくっきりと際立った。あかん……これは無限ループできるやつだ……。

 プチハーピーとエンペールの往復作業を繰り返していると、またしてもミリーちゃんが異なる料理を取り分けてくれた。見たかんじ、茸のサラダ? 一口大に千切った白と黒の舞茸的なものが和えられている。

「これは張り付き茸を塩と酢で和えたものです。さっぱりしますよ」

 出されたものはありがたく頂戴するのが古今東西異世界を問わず礼儀というものであろう。フォークかお箸的なものはないかといまさら確認するが何もない。辺りを見渡すとみんな手づかみで食べている。左手にジョッキ、右手で料理を手づかみというワイルドスタイルがここの作法のようだ。

 わたしも右手で茸をつまみ上げて口の中に放り込む。シャキシャキだ。塩味が少しきつめなのは、汗をかく肉体労働が多いせいだろうか。鉱石を掘っていると言っていたし、いかにもたいへんそうだ。よく噛んでいるうちに茸から旨みがにじみ出てくる。酢は茸の細胞壁を壊して旨みを出やすくする工夫だろうか。

「これもおいしい。いくらでも食べられそう……」

 思わずつぶやいていると、ミリーちゃんがうれしそうに微笑んだ。

「張り付き茸は狭い岩陰に生えるので、採るのは私たち女の仕事なんですよ」

 なるほど、自分たちで採ったものだから褒められて余計にうれしかったのか。知らなかったけど、わたしグッジョブ!

 そのままお酒と料理を楽しみながら、周りの女子たちも巻き込んでの女子トークタイムだ。外から来る人間が珍しいのか、自然と質問はわたしに集中する。そして食事中ということもあり、地球で味わった料理やお菓子の数々について話すことになる。寿司、天ぷら、すき焼き……パンにラーメン、うどんに蕎麦、ケーキ、プリン、チョコレートなど、見たことも聞いたこともない食べ物にみんな想像を巡らしているようだった。

「いいなあ。みさきさんの故郷はいろいろなものが食べられるんですねえ」

 とくに食いつきが激しかったのはミリーちゃんだ。目をキラキラさせながら身を乗り出し、たまによだれを垂らしている。ミリーちゃんは食いしん坊キャラだったのか。

 ドワーフ料理はどれもおいしいが、品数は少ない。香辛料はしっかり使われているので、極端に食材に乏しいということもないだろう。なにしろ「加護なし」ではやってくることさえ厳しい環境だ。おそらく、外部との交流が少ないせいで、新しい料理のアイデアが入ってこないのだ。

 ふうむ、と少し考え込む。これはささやかだけれど恩返しになるかもしれない。

「ねえ、ミリーちゃん。お台所って借りられるかな? もしかしたら、わたしの故郷の料理、食べさせてあげられるかもしれない」

 ミリーちゃんの表情がぱっと輝いた。よろしい、自炊歴十年弱の腕前を見せてやろうではないか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

【異世界ショップ】無双 ~廃絶直前の貴族からの成り上がり~

クロン
ファンタジー
転生したら貴族の長男だった。 ラッキーと思いきや、未開地の領地で貧乏生活。 下手すれば飢死するレベル……毎日食べることすら危ういほどだ。 幸いにも転生特典で地球の物を手に入れる力を得ているので、何とかするしかない! 「大変です! 魔物が大暴れしています! 兵士では歯が立ちません!」 「兵士の武器の質を向上させる!」 「まだ勝てません!」 「ならば兵士に薬物投与するしか」 「いけません! 他の案を!」 くっ、貴族には制約が多すぎる! 貴族の制約に縛られ悪戦苦闘しつつ、領地を開発していくのだ! 「薬物投与は貴族関係なく、人道的にどうかと思います」 「勝てば正義。死ななきゃ安い」 これは地球の物を駆使して、領内を発展させる物語である。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

処理中です...