上 下
4 / 5

第4話 お菓子の宝庫

しおりを挟む
斯くして二人は、スノードームに映るポテトチップスと『パイの実』のある世界へ行くこととなったのである。

到着後に分かったことだが、その世界は日本という所で、その他にも美味しいお菓子が溢れるほどたくさん存在した。


お菓子の宝庫である日本にたどり着くのは、キリトが思っていた以上に大変なことであった。

運が悪いことに、アイラが外に出ると決めた今日も冬であり、移動魔法を使うために外に出ると城の上をドラゴンが数匹巡回していた。

部屋の中から魔法を使い移動すれば良かったのにと思うかもしれないが、人間二人を移動させるにはかなりの威力と風力を要し、その勢いで天井や壁を吹き飛ばしてしまう可能性があるため、外に出なくてはいけなかったのだ。


グルグルと見せつけるように空を飛ぶドラゴンたちにアイラの足は竦んだ。
10年以上の間、外に出れなくなるほどこの生き物が怖かった。

一飲みで人間を喰らい、街一つを焼き尽くせることのできるドラゴンに襲われたせいで、外に出ることができなかった。


でもそれは過去のアイラなのだ。


今日のアイラは、恋人のキリトと一緒に外に出ると決心した。
ぎゅっと握った拳が痛さを帯びるが、決めたのだから自分はやるのだとアイラは勇気を奮った。

それに、何があってもキリトが守ってくれると言ってくれた。

ドラゴンたちから救ってくれたあの日から、傍を離れることなく、同じ城で暮らし、何をするにしてもアイラを甘やかし、アイラを中心に物事を考えてくれる勿体ないくらい特別な恋人。

自分に出会っていなければ、世話を焼かなくてよい楽な恋人と巡り合えたかもしれないのに、キリトは「運命だから」と言いアイラのそばを離れなかった。



頭上を飛び回る生き物に対する恐怖と、未知の領域である異世界旅行に対する興奮から、アイラの身体は小刻みに震えていた。

吐き出される息が白い煙を作るほど寒い天候の中、横に立ったキリトはカチカチと歯を鳴らす恋人の体を両腕で包んだ。


「大丈夫。俺がいる。何があっても俺が守る。信じてくれ」

「う、うんっ」


小さくうなずいた瞬間、二人の周りを風の壁が包み内臓が口から出てしまうような威圧感が押し寄せた。周りの風景がぐにゃりと曲がり、感じたこともないくらい強い風がアイラの髪を押し上げる。


「アイラ、目を瞑って、3まで数えて」

「うん…1、2、3…」



宙に浮いた足が地面に着いた感覚に、アイラはほっと息をついた。


――着いちゃった。


城の外に出ただけでなく、異世界に来てしまったのだ。

恐怖心がないのか、と問われたらそうではない。怖すぎて頭の中が真っ白になる寸前ではあったが、自分の右手を強く握る恋人のおかげで幾分気持ちは落ち着いていた。



「うわぁ!」


二人の目の前を途切れなく色とりどりの車が走っていく。その向こうには何やら小さな端末を見つめた人間たちが忙しなく右から左へと歩いていた。


「何これ?」


目の前にはいくつもの建物がそびえ立つ。どれもガラス張りで太陽の光を反射しキラキラと幻想的な輝きを生んでいた。

どれだけアイラが顎を上げて見上げても、この世界の建物は終わりがないように見える。


「ビジネス街に着いてしまったか。これは高層ビルだ」

「高層?」

「ああ、この世界ではよくある建物だ」

「そうなんだ。僕たちの世界じゃ絶対ないものだよね」

「そうだな」


人の波に合わせて二人は歩き出す。

こんなにたくさんの人間が歩いているのに、どうやったらぶつかり合わずに前に進めているのだろうとアイラは感心した。


「アイラ、ここに入ろう」

「ここ??」

「ああ、ここならお菓子が手に入るはずだ」


硝子で出来た扉が左右に開くとピンポンと電子音が店内に響いた。


「っしゃいぁせー」


淡々と呟かれた言葉はアイラの聞いたことがない言葉だ。


「キリト、ここって?」

「コンビニというたぐいの店だ。ここなら何でも手に入る」

「お菓子も?」

「ああ、アイラが探しているものが手に入るはずだ」



所狭しと棚が並ぶ店内を歩いていくと突然キリトが手招きをした。


「これ…これじゃないか?『パイの実』と書かれているぞ」

「わ!ほんとだ!」

「それにアイラ、これも見つけたんだ。美味しそうじゃないか?」

「まめ…ん?最後のほうが読めない」

「『豆大福』だな。柔らかくて美味しそうだ」


キリトの手のひらに置かれたソレは真っ白で所々豆が顔をのぞかせている。

アイラは食べたこともないものを初めて食べる瞬間が何よりも好きだった。
『パイの実』を食べたくて10年ぶりに城を出たが、この『豆大福』も食べられるなら何十倍も得した気分になれる。


「他に欲しいものはあるか?」

「あとはポテトチップス!」

「分かった。それも忘れずに買って帰ろう」





買ってもらったばっかりのお菓子を両手で包み、アイラは天にも昇る気持ちで歩いていた。
「会社」というところに行くらしい人間たちの波に逆らうようにキリトと歩くと、静かな公園が目の前に見えてきた。



「さてアイラ、ここでティータイムとするか?」

「うん!あ、でもお茶はどうしよう?」


パンっとキリトが手を合わせるといつもとは違う形をしたティーポットが姿を現した。


「小さいティーポットだね」

「急須というティーポットらしい。この世界のモノだ」

「じゃあ、今日のお茶もこの世界のがいいかなぁ」

「そうだな…ああ、緑茶にしてみよう」



雲一つない青空の下、自分たちの世界とは真逆の天候の中、風変わりな小鳥のさえずりが二人を包む。

いつもとは違う特別なティータイムを二人はゆったりと楽しんだ。




「ねえキリト、僕、いいことを思いついたんだ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

親父は息子に犯され教師は生徒に犯される!ド淫乱達の放課後

BL
天が裂け地は割れ嵐を呼ぶ! 救いなき男と男の淫乱天国! 男は快楽を求め愛を知り自分を知る。 めくるめく肛の向こうへ。

全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話

みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。 数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品

異世界に転生してもゲイだった俺、この世界でも隠しつつ推しを眺めながら生きていきます~推しが婚約したら、出家(自由に生きる)します~

kurimomo
BL
俺がゲイだと自覚したのは、高校生の時だった。中学生までは女性と付き合っていたのだが、高校生になると、「なんか違うな」と感じ始めた。ネットで調べた結果、自分がいわゆるゲイなのではないかとの結論に至った。同級生や友人のことを好きになるも、それを伝える勇気が出なかった。 そうこうしているうちに、俺にはカミングアウトをする勇気がなく、こうして三十歳までゲイであることを隠しながら独身のままである。周りからはなぜ結婚しないのかと聞かれるが、その追及を気持ちを押し殺しながら躱していく日々。俺は幸せになれるのだろうか………。 そんな日々の中、襲われている女性を助けようとして、腹部を刺されてしまった。そして、同性婚が認められる、そんな幸せな世界への転生を祈り静かに息を引き取った。 気が付くと、病弱だが高スペックな身体、アース・ジーマルの体に転生した。病弱が理由で思うような生活は送れなかった。しかし、それには理由があって………。 それから、偶然一人の少年の出会った。一目見た瞬間から恋に落ちてしまった。その少年は、この国王子でそして、俺は側近になることができて………。 魔法と剣、そして貴族院など王道ファンタジーの中にBL要素を詰め込んだ作品となっております。R指定は本当の最後に書く予定なので、純粋にファンタジーの世界のBL恋愛(両片思い)を楽しみたい方向けの作品となっております。この様な作品でよければ、少しだけでも目を通していただければ幸いです。 GW明けからは、週末に投稿予定です。よろしくお願いいたします。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

同室の奴が俺好みだったので喰おうと思ったら逆に俺が喰われた…泣

彩ノ華
BL
高校から寮生活をすることになった主人公(チャラ男)が同室の子(めちゃ美人)を喰べようとしたら逆に喰われた話。 主人公は見た目チャラ男で中身陰キャ童貞。 とにかくはやく童貞卒業したい ゲイではないけどこいつなら余裕で抱ける♡…ってなって手を出そうとします。 美人攻め×偽チャラ男受け *←エロいのにはこれをつけます

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

7ズ
BL
 異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。  攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。  そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。  しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。  彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。  どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。  ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。  異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。  果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──? ーーーーーーーーーーーー 狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛  

処理中です...