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第64話 晴天の波止場
しおりを挟むなんて天気の良い日なのだろう。
波止場に集まる人々は上着の袖を捲り、少しばかり汗ばみながら船へ荷物を積んでいく。
目の前に広がる青い海は風がないため波を立てることなく揺れている。
出航時間が迫る中、右から左へと現地の言葉が叫ばれていく。
「あ!ショーン!あれ!あれじゃない?」
俺たちの後ろを歩いていたケンがいくつか泊まる船の中でアサの島国の旗を掲げた船を見つけ大声を上げた。
「思ったより見つかりやすかったですね、ニール」
「ああ、そうだな…」
左手を握るアサを見下ろすと、口をきつく結び何とも言えない表情で船を見つめている。
声をかけるべきであろうこの瞬間に、俺は群青色のキモノを纏い儚げに佇まうアサの姿に見惚れていた。
「アサ、大丈夫ですか?」
「ン…ダイジョブ」
立ち止まり動かなくなったアサに、俺より先に声をかけたのはショーンだった。
「アサァ!!!! 本当に本当に本当に帰るの????????????」
「おい、ケン」
「ケン、それはなしです」
「だってえええ!!!!僕、無理!アサなしじゃ死んじゃうもん!」
「ぎゃあぎゃあ騒ぐな」
「ニールひどい!薄情者!ニールだってなんで止めないの?」
「ケン!それは言わない約束です!私たちは少し波止場を観光しましょう」
「やだ!」
「ケン…お願いだから言うことを聞いてください」
「だって!」
必要以上に騒ぐケンの口を手で塞ぎ少し離れた場所へと移動すると、ショーンはこちらに向かってニコリとほほ笑んだ。
なんで止めないのか。
俺だって、何度も何度も行くなと心の中で止めたんだ。
それでも、アサを思えば思うほど、「帰る」と言うなら帰さなくてはいけないのだと決心がついてきた。
「ア…」
小さな声を上げたアサの視線を辿ると、船の目の前で手を振る男が見えた。
昨日市場で出会った島国の男はアサが着ているものに似たキモノを纏っている。
「ニール…」
「ああ、もう時間だな」
「ン……」
未だに俺の手を握るアサの瞳には涙が溜まり今にでも零れ落ちそうだ。
「ボ、ク…」
「アサ、大丈夫だ。お前はいい子だからな」
「ウ、ン…ウン…」
「俺の言っていること、分からないだろうけど、お前に会えてよかったよ」
「ニール?」
「アサ、好きだ」
「ス、キ……ッ、ボ、クッ、モッ!」
大きな涙が零れ落ち陶器のような頬を濡らす。
こんな時まで、俺の目の前に立つ少年が何よりも綺麗だと思う俺は薄情者なのだろうか?
俺の胸に顔を寄せたアサの涙が上着にしみこみ胸を冷たく濡らす。
これが最後になるのだろうかと思いながら自分に寄り掛かる華奢な背中を撫でると、自分の心がぎゅっと締め付けられるのを感じた。
「アサ、行くぞ」
動き出した俺の首元に生温い風が吹き通った。
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