運命の乗船

綿天モグ

文字の大きさ
上 下
64 / 125

第64話 晴天の波止場

しおりを挟む

 なんて天気の良い日なのだろう。
 波止場に集まる人々は上着の袖を捲り、少しばかり汗ばみながら船へ荷物を積んでいく。

 目の前に広がる青い海は風がないため波を立てることなく揺れている。
 出航時間が迫る中、右から左へと現地の言葉が叫ばれていく。


「あ!ショーン!あれ!あれじゃない?」

 俺たちの後ろを歩いていたケンがいくつか泊まる船の中でアサの島国の旗を掲げた船を見つけ大声を上げた。

「思ったより見つかりやすかったですね、ニール」

「ああ、そうだな…」

 左手を握るアサを見下ろすと、口をきつく結び何とも言えない表情で船を見つめている。
 声をかけるべきであろうこの瞬間に、俺は群青色のキモノを纏い儚げに佇まうアサの姿に見惚れていた。


「アサ、大丈夫ですか?」

「ン…ダイジョブ」

 立ち止まり動かなくなったアサに、俺より先に声をかけたのはショーンだった。


「アサァ!!!! 本当に本当に本当に帰るの????????????」

「おい、ケン」

「ケン、それはなしです」

「だってえええ!!!!僕、無理!アサなしじゃ死んじゃうもん!」

「ぎゃあぎゃあ騒ぐな」

「ニールひどい!薄情者!ニールだってなんで止めないの?」

「ケン!それは言わない約束です!私たちは少し波止場を観光しましょう」

「やだ!」

「ケン…お願いだから言うことを聞いてください」

「だって!」


 必要以上に騒ぐケンの口を手で塞ぎ少し離れた場所へと移動すると、ショーンはこちらに向かってニコリとほほ笑んだ。


 なんで止めないのか。

 俺だって、何度も何度も行くなと心の中で止めたんだ。

 それでも、アサを思えば思うほど、「帰る」と言うなら帰さなくてはいけないのだと決心がついてきた。



「ア…」


 小さな声を上げたアサの視線を辿ると、船の目の前で手を振る男が見えた。
 昨日市場で出会った島国の男はアサが着ているものに似たキモノを纏っている。


「ニール…」

「ああ、もう時間だな」

「ン……」

 未だに俺の手を握るアサの瞳には涙が溜まり今にでも零れ落ちそうだ。

「ボ、ク…」

「アサ、大丈夫だ。お前はいい子だからな」

「ウ、ン…ウン…」

「俺の言っていること、分からないだろうけど、お前に会えてよかったよ」

「ニール?」

「アサ、好きだ」

「ス、キ……ッ、ボ、クッ、モッ!」


 大きな涙が零れ落ち陶器のような頬を濡らす。
 こんな時まで、俺の目の前に立つ少年が何よりも綺麗だと思う俺は薄情者なのだろうか?

 俺の胸に顔を寄せたアサの涙が上着にしみこみ胸を冷たく濡らす。
 これが最後になるのだろうかと思いながら自分に寄り掛かる華奢な背中を撫でると、自分の心がぎゅっと締め付けられるのを感じた。


「アサ、行くぞ」

 動き出した俺の首元に生温い風が吹き通った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】

海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。 発情期はあるのに妊娠ができない。 番を作ることさえ叶わない。 そんなΩとして生まれた少年の生活は 荒んだものでした。 親には疎まれ味方なんて居ない。 「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」 少年達はそう言って玩具にしました。 誰も救えない 誰も救ってくれない いっそ消えてしまった方が楽だ。 旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは 「噂の玩具君だろ?」 陽キャの三年生でした。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

処理中です...