運命の乗船

綿天モグ

文字の大きさ
上 下
6 / 125

第6話 涙が灯すもの

しおりを挟む
 腕の中で眠るアサの頭を撫でれば大人しく息が吐きだされる。
 予期せぬことがこの子には起きたのだ。辛け悲しいはずだ。自分に同じことが起きたらどうするだろうかなど想像もできない。
 光に照らされるとツヤツヤと輝くアサの髪は漆黒色で、指を通せばサラサラ流れる。

 毎晩のように真夜中を過ぎるとアサはうなされた。
 眉間にしわを寄せハラハラと涙を流す。そんなアサの表情に俺の心は妙な脈を打っていた。

 「いい子だ、アサ。大丈夫」

 俺に背を向けて眠る小さな背中を抱き寄せ、最近彼が覚えた言葉を繰り返す。

 「アサ…」

 俺が守るからと続けたくて、でも伝わるはずはないかと言葉を飲み込む。代わりに唇をこめかみに寄せ、大丈夫大丈夫と続けた。

 きれいな涙だ。
 自分でも理解できない気持ちになり、頬を伝うそのしずくに唇を寄せた。

 「アサ、いい子だ」

 ちゅっと音を立てこめかみに口づけると、アサの表情は落ち着いて行った。

 「ハッ」

 安堵のため息だったのであろうが、この小さな儚い島の子に魅せられている俺の心を灯すには十分に色づいた息遣いだった。

 「ンッ…」

 黒髪で隠れていたアサの首筋が、身じろいだことで露わになる。
 安心してくれ、ひとりじゃないから、と気持ちを込めて俺は首筋に唇を寄せていった。
 くすぐったいのか肩を寄せる小さな身体をぎゅっと包み込むと自分より温かい体温が布越しに伝わる。

 アサは、島の人間が着ていたような「キモノ」と呼ばれる服を身に着けて船で発見された。俺たちが着ているような洋服とは違う。美しい生地を前で合わせてベルトのようなもので縛るような服装だ。

 同じものをずっと着せておいてはかわいそうだと思ったが、俺たちに比べて身体の小さいアサが着れる服が船に揃っているわけもなく、日中は俺の白いシャツを着てもらっている。 
 何枚かシャツをあげたつもりだったが、こちらのほうが落ち着くのか、眠るときは自身の着物に身を包むことが多かった。

 次の港ではアサの服を買おう。年齢も知らぬ彼の服の好みなど分からない、それ以上に会話もなり立たない状態で買い物など楽しいだろうかと不安になるが、大丈夫だ。
 一緒に歩いて目に留まった物を買うだけだ、と俺はなぜか自分に言い聞かせていた。

 「大丈夫か、アサ」

 動いたことで小さな胸の前で合わされていた襟元がずれたのだろう。顔を見下ろすたびにアサの白い肌に映える桃色の飾りがちらちらと目に入った。

 「落ち着け」

 ポロっと口から出たのは、自分への忠告だ。
 守りたいとここ最近思いだしたこの少年に興奮してどうする。

 頭と心は同意しないようで、落ち着け落ち着けと呪文のように繰り返し明日の指示内容を復唱し荒ぶる自身を鎮めた。
 何をしているんだ、子供だぞ、と言い聞かせベッドからひとまず出ようとアサの頭が乗る右腕を抜こうと俺は動いた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】

海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。 発情期はあるのに妊娠ができない。 番を作ることさえ叶わない。 そんなΩとして生まれた少年の生活は 荒んだものでした。 親には疎まれ味方なんて居ない。 「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」 少年達はそう言って玩具にしました。 誰も救えない 誰も救ってくれない いっそ消えてしまった方が楽だ。 旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは 「噂の玩具君だろ?」 陽キャの三年生でした。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

処理中です...