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番外編:包まれる香り
包まれる香り
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「タァ、リ……?」
眠気眼に手のひらでシーツを探るがいつも隣に眠る華奢な体は見つからない。
おかしい、寝起きが悪くいつもは自分より後にだらだらと起き出すタァリがここにいないことに、イリヤは違和感を感じた。
「ん、何時だ?」
今日は休業日だ。いつもは五時に目覚め開店作業を始めるが今日は特に予定も立てずにゆっくりしようと決めていた。
イリヤが想像していた起き方は、目が覚めたらすぐ横にタァリがいて、その幼くてなぜか甘くて綿菓子のような香りのする髪に顔を埋めることだった。
それがどうだ、目を覚ましてみればなんの匂いもしないし、ひとり寂しくベッドに寝転がっている。
ピー!っとヤカンの音が聞こえてきた。ふわふわと漂ってくるコーヒーの香りに、イリヤは少しずつパズルが完成していくような気分になった。
「イリヤさんっ!おっはよー!コーヒー作りました!」
「おはよう、タァリ。火傷しなかったか?」
「うん、大丈夫!あ、う…僕がいいよって言うまではキッチンに行かないほうがいいかも……」
「なんでだ?お前、何を壊した?」
「壊してないけど……パンケーキ作ろうと思ったんだけど、うまくいかなくて…」
「どううまくいかなかったんだ?」
「イリヤさんがやってるみたいに卵を片手で割ろうと思ったら、ぐしゃって……」
「で?」
「キッチン汚しちゃったし、卵全部使っちゃった……」
ベッドの横に立つタァリはしゅんと肩を落とした。イリヤより一回り小さな手が握るコーヒーカップからは香ばしい香りが漂ってくる。
「お前が怪我をしなかったならいい」
「う…でも…」
「大丈夫だ。それよりコーヒー作ってくれたのか?」
「そう!そうだった!」
ワッと笑顔を見せるとタァリは慌てた。飛び跳ねたことでコーヒーが溢れ、シーツにシミを作る。
「タァリ…」
「ごめんなさい、イリヤさん」
受け取ったコーヒーをベッドサイドに置き、イリヤはタァリをベッドに招いた。
「ゆっくり落ち着いてやればいいんだ」
「うん、でも」
「大丈夫、ありがとう」
細身の自分より逞しい胸に顔を埋めるとタァリは安心した。イリヤは大人っぽいシナモンみたいな香りがする。どんなに落ち込んだときでもその香りに包まれ、背中と頭を撫でられると何でも解決する気がするのだった。
「あとで卵を買いに行こう」
「ん……」
「あとお前、あとでお仕置きな」
「えええ!!やだ!お仕置きじゃなくて気持ちいいことならするっ!」
窓から太陽が降り注ぐ。
コーヒーと綿菓子とシナモンの香りがふんわりと混ざり溶けていく。
心地よい香りに包まれお互いの体温に境界線がなくなると、二人はたまの休日をベッドで楽しむことにした。
Fin.
眠気眼に手のひらでシーツを探るがいつも隣に眠る華奢な体は見つからない。
おかしい、寝起きが悪くいつもは自分より後にだらだらと起き出すタァリがここにいないことに、イリヤは違和感を感じた。
「ん、何時だ?」
今日は休業日だ。いつもは五時に目覚め開店作業を始めるが今日は特に予定も立てずにゆっくりしようと決めていた。
イリヤが想像していた起き方は、目が覚めたらすぐ横にタァリがいて、その幼くてなぜか甘くて綿菓子のような香りのする髪に顔を埋めることだった。
それがどうだ、目を覚ましてみればなんの匂いもしないし、ひとり寂しくベッドに寝転がっている。
ピー!っとヤカンの音が聞こえてきた。ふわふわと漂ってくるコーヒーの香りに、イリヤは少しずつパズルが完成していくような気分になった。
「イリヤさんっ!おっはよー!コーヒー作りました!」
「おはよう、タァリ。火傷しなかったか?」
「うん、大丈夫!あ、う…僕がいいよって言うまではキッチンに行かないほうがいいかも……」
「なんでだ?お前、何を壊した?」
「壊してないけど……パンケーキ作ろうと思ったんだけど、うまくいかなくて…」
「どううまくいかなかったんだ?」
「イリヤさんがやってるみたいに卵を片手で割ろうと思ったら、ぐしゃって……」
「で?」
「キッチン汚しちゃったし、卵全部使っちゃった……」
ベッドの横に立つタァリはしゅんと肩を落とした。イリヤより一回り小さな手が握るコーヒーカップからは香ばしい香りが漂ってくる。
「お前が怪我をしなかったならいい」
「う…でも…」
「大丈夫だ。それよりコーヒー作ってくれたのか?」
「そう!そうだった!」
ワッと笑顔を見せるとタァリは慌てた。飛び跳ねたことでコーヒーが溢れ、シーツにシミを作る。
「タァリ…」
「ごめんなさい、イリヤさん」
受け取ったコーヒーをベッドサイドに置き、イリヤはタァリをベッドに招いた。
「ゆっくり落ち着いてやればいいんだ」
「うん、でも」
「大丈夫、ありがとう」
細身の自分より逞しい胸に顔を埋めるとタァリは安心した。イリヤは大人っぽいシナモンみたいな香りがする。どんなに落ち込んだときでもその香りに包まれ、背中と頭を撫でられると何でも解決する気がするのだった。
「あとで卵を買いに行こう」
「ん……」
「あとお前、あとでお仕置きな」
「えええ!!やだ!お仕置きじゃなくて気持ちいいことならするっ!」
窓から太陽が降り注ぐ。
コーヒーと綿菓子とシナモンの香りがふんわりと混ざり溶けていく。
心地よい香りに包まれお互いの体温に境界線がなくなると、二人はたまの休日をベッドで楽しむことにした。
Fin.
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