侍従でいさせて

灰鷹

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はじまりの場所

はじまりの場所(11)

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 城に戻ってしばらくは、何をするにしても殿下が「駄目だ。部屋でおとなしくしてろ」と言うのでそれに従っていたが、やがて我慢できなくなり、殿下の許可を得ずに、城内を動き回るようになった。

 軍営に行っても、使用人の仕事は手伝わせてもらえない。ただ、今は辺境伯軍の兵たちが自分たちで掃除も洗濯もするので、アルミンとユリウスがいなくなったからといって、従僕たちは以前のようには忙しくしていなかった。

 ユリウスは、「絶対にやめてください」と言っているのだが、たまに時間があるときに、ユリウスが後で洗おうと思っていた洗濯物を、殿下がこっそり自ら洗濯していることがある。
 殿下は子供の頃にエイギルの従僕のふりをしていた時期があったので、身の回りのことを自分ですることに抵抗がないらしい。そのため、隙あらば、ユリウスの仕事を減らそうとする。
 王弟殿下が洗濯しているという噂が広まり、騎士団の騎士たちもそれに倣うようになったため、更に使用人たちは仕事が減り楽になった。

 洗濯場に辺境伯軍の兵と騎士とが居合わせることも往々にしてあり、両者が会話をする機会も増えたため、騎士団と辺境伯軍の不和も自然と解消されつつあった。未だに騎士の中には、辺境伯軍の兵をあからさまに蔑む人たちもいるが、食堂の座席も以前のように明確に分かれることはなくなったらしい。

 ユリウスは、兵たちが取ってきてくれた薬草で皮膚炎の治療のための薬草水や軟膏を作ったり、庭園の空いている場所に新たに薬草を植えたりして、日々を過ごしていた。


 そうして、城に戻って来て二週間が経った頃。
 夕食を終え、長椅子ソファでくつろいでいると、隣に腰を下ろした殿下がいつになく硬い表情で話を切り出した。

 第2王帝の陰謀に加担した人たちの裁判が終わり、処遇が決まった、という話だった。
 予想していた通り、首謀者たちは全員処刑され、ウェルナー家は廃爵されるそうだ。
 必然的に、娘のカレンは平民に身分を落とされる。

「彼女に関しては、次の選定の儀に参加するか、王の妾になって王宮に入るか、どちらか本人に選ばせたらよいと陛下は仰せになった。王宮に入っても、しばらくは監視がつけられると思うがな」

「王様の妾ですか?」

 選定の儀のことは予想してたものの、それに関しては予想外で、ユリウスは目を瞬かせた。
 父に罪があったとしても、父を処刑され、爵位を奪われたことで、娘が国王を逆恨みしてもおかしくない。カレンが何かするとは思っていないが、普通に考えたら、自分を恨んでいるかもしれない相手を身近におくことは、危険なことではないだろうか。

「彼女は辺境伯の跡取りとして、子供の頃から、特に国の防衛に関する知識を叩き込まれてきた。今も他国の内情について積極的に情報収集し、幅広い知識を得ていて、隣国のケースダルムの言葉は通訳がいらない程に話せる。陛下が辺境伯に謁見された際、付き添っていた彼女とも話をして、その博識さに感銘を受けたそうだ。彼女が妾になることを望むのなら、近くにおいて、防衛や外交についても意見を聞きたいと思っておられる」

 陰謀によって父親を処刑されたのはエイギルも同じだ。
 国王陛下は、エイギルについても、王太后が摂政を退いたあとは、彼の父君が冤罪であったことを認め、爵位を回復できるように宮廷に働きかけ、彼が官吏になってからも優秀さを見込んで積極的に取り立てているという。
 エイギルについては父君は無実なので贖罪の気持ちもあるのだろうが、元来、心の広いお方なのだと思う。

「一つ……、差し出がましいことをお訊ねしてもよろしいでしょうか……」

 殿下が、「何だ?」という顔で続きを促した。

「ライニ様の……妾になる選択肢はなかったのでしょうか……」

 本心では、そうなってほしいわけではない。
 けれど、庭園での彼女の殿下に対する態度から彼女の思いは察せられたし、その博識さはユリウスよりも遥かに殿下の役に立てる。たとえつがいがいたとしても、あれほど美しいオメガに惹かれないアルファはいないだろうとも思う。
 もし、そういう選択肢があるのなら、それはどちらにとっても悪いことではなさそうに思えた。

 それまで穏やかだった殿下を纏う空気が、剣呑なものに変わったのがわかる。
 ユリウスはその質問が失言だったことを、即座に悟った。

「ユリウス。次にそのようなことを言ったら、お前が相手でも、俺は本気で怒るからな」
 
 「ユーリ」ではなく「ユリウス」と言った時点で、既に本気で怒っていることは伝わってくる。
 
「ごめんなさい」

 俯かせた頭を、ぽんぽんと優しく撫でられた。

「任務のためとはいえ、彼女の気持ちを弄んだことは、俺も悪かったと思っている。もし、王宮が嫌だと言われたら、他にどこか希望の嫁ぎ先はないか、訊いてみるつもりだ。ただ、俺は、これから先も、ユーリ以外の誰かを妻や妾にするつもりはない。そのことは覚えておいてくれ」

 抱き寄せられ、大好きな匂いに包まれる。
 幸せを感じる一方で、今はその幸せが、少し心苦しくもあった。
 カレンのように優秀なオメガでも、誰かの妾になるしか選択肢がないことに、釈然としないものを感じていた。




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