侍従でいさせて

灰鷹

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氷の視線

氷の視線(7)

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 ……なんか……これってかなり……。マズくないか……?

 頭の中で警鐘が響き始める。
 騎士団長に呼ばれていると言ったとき、アルミンが「俺もついて行こうか?」と心配そうにしていたことを思い出した。
 もしかしたらこういうことって、軍営内でよくあることなんだろうか……。

「怖がらなくていいよ。俺たち、乱暴なことはしないから」
「そうそう。俺たちで君の歓迎会をしたいだけだ」
「おとなしくしてくれたら、君にもいい思いをさせてあげるよ」

 顔ははっきりと見えなくても、その下卑た声から、彼らがどんな表情をしているか容易に想像できる。
 男たちの一人が手を伸ばしてきて、ユリウスは彼らに背を向け、走り出そうとした。――が、それより先にその手にガシリと肩を掴まれ、引き寄せられてしまう。

「た……」

 たすけて! と言おうとした声は、掌で口を塞がれ、途中で消えた。
 暴れようにも、屈強な兵士たちからしたら、小柄で華奢なユリウスなんて子供のようなものだ。 
 口を塞がれたまま後ろから腕ごと羽交い絞めにされ、別の男に下肢をひとまとめにして持ち上げられる。
 兵舎とは離れた夜の闇へ、引きずり込まれようとしていた。

 ……ライニ様――……。

 殿下の顔を思い出したら、涙が零れた。

 こんなことになるくらいだったら、ここで使用人として働くことにしたと、食堂で見かけたときにライニ様に打ち明けておけばよかった。そうしたら、褒めてはもらえなくても、最後にもう一度、「頑張れ」と頭を撫でてもらえたかもしれないのに……。

 彼らが酔いに任せて何をしようとしているかは、温室育ちのユリウスにも想像がつく。もし、彼らに貞操を奪われるようなことがあれば、一生、殿下に合わせる顔がない。これ以上、ここにいられようもなかった。


 ――と、そのとき。空気がピンと張りつめたように思えた。

「お前たち、どこに行く?」

 先ほどいた場所のほうから声がし、足音が近づいてくる。聞き覚えのある声だった。
 ユリウスを連れ去ろうとしていた男たちの足が止まる。
 彼らはそろそろと後ろを振り返ると、慌ててユリウスを下ろし、背中に隠した。

「あ……、えっと……、新人の使用人が具合悪そうに蹲っていたので、宿舎に連れて行ってやろうとしていたところです」

 男たちの態度からして、目上の人間なのだろうか……。
 答えている男とは別の男が、ユリウスの耳元で、「余計なこと言うなよ」と潜めた声で囁いた。

「使用人の宿舎はそっちじゃないだろ」

「そ……、そうですよね……。こいつが小便したいって言うから、ちょっとそこの草むらでさせてやろうと思いまして……。は、ははははは」

 一度止まっていた足音が、また近づいて来る。
 男たちは顔を見合わせ、急にあたふたし始めた。

「お前、もう具合は良さそうだな。じゃあ、俺達は兵舎に戻らせてもらうからな」

 腕を掴まれていた手を離され、ユリウスは腰が抜けたようにその場にへなへなとへたり込んだ。
 酒の匂いに気づかれたくなかったのか、男たちは一目散にその場を離れていく。

「おい、お前ら!」

「明日も朝が早いし、俺達はこのへんで失礼しますね~」

 返事が返って来たのは、彼らの姿が兵舎の影に消えてからだった。





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