侍従でいさせて

灰鷹

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氷の視線

氷の視線(1)

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 その日から騎士団での生活がはじまった。
 水汲みに掃除に洗濯、料理に皿洗い。やることは都にいたときとほとんど変わらないが、なんせ人数が桁違いだ。
 城に常駐しているのは、騎士団がおよそ50人。辺境伯軍の私兵がその3倍のおよそ150人。それに対して使用人の数はユリウスとアルミンが加わっても全部で20人。一人あたり10人の兵のお世話をする計算になる。

 必然的に、効率よく仕事を回すことが求められる。
 従僕長や料理長はいるが、それ以外の使用人は特に仕事の専門性はなく、年長者の指示の下、洗濯の時間、料理の時間、といった感じで、時間ごとに皆で同じ業務をする。全員で協力してやらないと、作業が終わらないからだ。

 元々は、使用人は兵士の食事の世話だけすればよかったらしい。帝都から騎士団が来て以降、騎士様に洗濯や掃除をさせるわけにはいかないという理由で、それらの仕事が増えるかわりに使用人の数も増やされた。しかし、それまで身の回りのことは自分達でやっていた辺境伯軍の兵士らが、それを面白くないと思うのは当然だろう。
 彼らも騎士を真似して訓練や城の警備以外の雑用を全くやらなくなったため、使用人の数以上に仕事のほうが増えすぎてしまったようだ。

 本当は洗濯は騎士のものだけすればいい決まりなのに、辺境伯軍の兵士らも洗濯物を預けてくる。「決まりですから自分でやってください」などと言おうものなら、「誰のお陰で平穏無事に暮らせているんだ!?」と言われて殴られる始末だ。

 忙しさと、そうした理不尽に耐えきれず辞めていく人が多いため、常に人手不足が続いているそうだ。使用人が嫌で兵士になった人たちも少なくない数いるとか。

 騎士団には元々、下級貴族出身の人も多い。それに平民出身でも、騎士になった時点で、世襲権を持たない『準貴族』という平民より上の身分になる。戦功をあげれば更なる昇進も期待できる。
 一方で、辺境伯軍の兵士は全員が平民だ。戦になれば、城の周辺に住む予備兵たちを統率し小部隊長として戦うことになり、責任の重さや命がけで戦うことは騎士たちと変わらない。それなのに、戦で功を上げても身分が上がることはない。

 そういった身分の差も、両者の間の溝を深くしている一因と思われた。
 騎士は辺境伯軍の兵を「騎士道も知らない傭兵の集まり」と見下しているふうだし、辺境伯軍も人数にものを言わせてあからさまに騎士を軽んじている。
 特にそれが顕著になるのが、食事時だった。

 
 夕方になり、使用人たちは厨房で夕食の準備に追われていた。
 食事は、食堂で、決まった時間に交代で食べることになっている。夕食の時間になり三々五々に兵士らが集まって来た。

 席は決まっておらず、適当に空いている席に座って良いのだが、まるで暗黙の了解のように、騎士と辺境伯軍の兵とで座る場所が決まっている。四つある長卓のうち奥の一つを騎士団が占領し、残り三つに辺境伯軍の兵が散らばって座る、といった具合だった。

 見ただけで所属が判別できるのは、着ている物が異なるからだ。騎士団は、全員が、揃いの黒いトラウザーズに、同じように細身の黒いダブレットを身につけている。辺境伯軍の兵は着ている物がばらばらで、巷の農民や労働者と大差ない簡素な恰好をしていた。
 
 両者は挨拶どころか互いに目を合わせようともしない。
 これで本当に有事の際に協力して戦えるのだろうかと心配になってしまうほど関係は冷え切っていた。
 ただ、両者の間で会話がなくても仲間内では話も盛り上がるようで、食堂内はそれなりに賑やかだった。

 
 その賑やかだった空間が、急にシーンと静まり返った。
 水のおかわりを注いで回っていたユリウスは、手を止め、会話をやめた兵士たちの視線の先を追う。
 「ひっ……!」と思わず声を洩らしそうになった。

 皆の視線の先にいたのは、騎士団副団長の王弟殿下だった。




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