3 / 84
選定の儀
選定の儀(2)
しおりを挟む宮殿の入り口に立つ衛兵に、出身地と名前、選定の儀に参加する旨を伝える。
物々しい青銅の扉は半分ほど開け放たれていて、衛兵が鈴を鳴らすと、すぐに奥から人が現れた。
宮廷の使用人と思われるその男性は、年は30半ばくらい。膝丈のブリーチズに白のソックス、緑のウエストコートとフロックコートを身につけ、首にはクラヴァットを巻いている。くせのあるブラウンの長い髪は背後で一つにまとめられていた。
服装はユリウスと同様で、コートの生地も、光沢のある艶やかな質感を見るに、おそらく高級品と言われるベルベットだろう。宮廷では使用人も貴族並みの身なりをするのかと秘かに驚いた。
ユリウスの家では、ちゃんとした格好をしているのは家令くらいで、他の男の使用人たちは皆、足首まである丈の長いトラウザーズを履き、麻のシャツを身につけている。
ユリウスは身分こそ平民だが、着る物や食べる物で姉弟たちと差別されたことはない。妾だった実母が早くに亡くなったので、父の正妻である継母が、姉弟たちと分け隔てなく育ててくれた。
むしろ、実母に似て体の弱かったユリウスは、実の子供たち以上に気にかけてもらっていた。
挨拶とともに深々とお辞儀をし、男性について宮殿の中へと足を踏み入れる。
外から見て宮殿の大きさに驚いたが、城の中の光景もまた、今まで見たことのない絢爛豪華さだった。天井が高く広々とした廊下には、赤い絨毯が敷かれ、あちこちに美しい絵や彫刻が飾られている。
連れて行かれた控えの間には、同じくらいの年の子らが10人ほどいた。男女の割合は、ちょうど半々くらい。
案内してくれた侍従はここで待つように言い残し、帰っていく。
選定の儀に参加するオメガは、毎年だいたい10人前後だと父から聞いている。平民に限ってあるにしても、国中から集めてその人数なので、それだけオメガが珍しいということだろう。
人には男女の性別以外に、αとβとΩという第二の性というものがある。
アルファは生まれながらに身体的・能力的に優れた人間が多く、生殖能力においてもそうだと言われている。オメガは小柄で様々な能力が平均より劣ることが多いが、男でも妊娠でき、定期的に発情期というものがあって、発情期中はフェロモンという甘い香りを発する。このフェロモンが男女の性別に関係なくアルファもベータも誘惑するせいで、オメガは社会的に厄介者扱いされている。
けれど、特定のアルファと『番』という関係になれば、オメガのフェロモンはつがいのアルファ以外には効かなくなるのだそうだ。
平民のオメガは、オメガであることがわかった時点で、領主の保護を受けることができる。また、領主には、領民がオメガであることが判明したら、それを保護し貞操を守ることが義務付けられている。そして18歳になったオメガは、王族の妾となるために選定の儀に参加する決まりだった。
平民の中でオメガだけが特別扱いされるのは、他の性に比べてアルファの子供が産まれやすいからだという。そのため、王族の権威を知らしめ、より優秀な人間を王族に集める目的と、オメガがフェロモンを撒き散らして社会に混乱を来たさないようにという建前で、選定の儀が行われるようになったと父からは聞いている。
選定の儀で選ばれなかった場合や、一度王族の妾になった後で貴族に下賜されることもあるらしい。
ユリウスは男女の性は男だが、14才で初めて発情期を起こしたことで自分がオメガであることを知った。発情期が落ち着いたところで、第二の性や選定の儀のことを教えてもらった。
その話を聞いたときは一晩中泣き明かすほど絶望的な気持ちになったけど、一方で、すとんと腑に落ちる部分もあった。
子供の頃から、どんなに一生懸命考えても、姉や弟みたいに家庭教師の言うことをすぐに理解できなかった。鬼ごっこではいつも一番に捕まるし、2才年下の弟と騎士ごっこをしても、ユリウスがまともに打ち込めたことは一度もなかった気がする。
だから、なぜ、色んなことを姉や弟のように上手くできないのか、子供の頃からずっと疑問に思っていたことに一つの理由を与えられたことで、駄目な自分を受け入れるきっかけになったと今では思っている。姉や弟と同じレベルを目指すのではなく、自分にできることを探そうと開き直ることができた。
597
お気に入りに追加
1,004
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
花婿候補は冴えないαでした
一
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
最強で美人なお飾り嫁(♂)は無自覚に無双する
竜鳴躍
BL
ミリオン=フィッシュ(旧姓:バード)はフィッシュ伯爵家のお飾り嫁で、オメガだけど冴えない男の子。と、いうことになっている。だが実家の義母さえ知らない。夫も知らない。彼が陛下から信頼も厚い美貌の勇者であることを。
幼い頃に死別した両親。乗っ取られた家。幼馴染の王子様と彼を狙う従妹。
白い結婚で離縁を狙いながら、実は転生者の主人公は今日も勇者稼業で自分のお財布を豊かにしています。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
出来損ないのオメガは貴公子アルファに愛され尽くす エデンの王子様
冬之ゆたんぽ
BL
旧題:エデンの王子様~ぼろぼろアルファを救ったら、貴公子に成長して求愛してくる~
二次性徴が始まり、オメガと判定されたら収容される、全寮制学園型施設『エデン』。そこで全校のオメガたちを虜にした〝王子様〟キャラクターであるレオンは、卒業後のダンスパーティーで至上のアルファに見初められる。「踊ってください、私の王子様」と言って跪くアルファに、レオンは全てを悟る。〝この美丈夫は立派な見た目と違い、王子様を求めるお姫様志望なのだ〟と。それが、初恋の女の子――誤認識であり実際は少年――の成長した姿だと知らずに。
■受けが誤解したまま進んでいきますが、攻めの中身は普通にアルファです。
■表情の薄い黒騎士アルファ(攻め)×ハンサム王子様オメガ(受け)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる