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第20話 突然の危機

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 坪内さんの運転する車に乗って、まずはわたしの家に送ってもらう。

 家まで送ってもらったことは今までにも何度かあったから、道はわざわざ教えなくても大丈夫。
 と思ったら、途中で別の方向に曲がっちゃった。

「あれ? 坪内さん、道が違いますよ?」
「すみません、間違えてしまいました。すぐに戻りますね」

 いつもとは道が違うから、わからなかったのかな?

 だけどその後、ここで曲がれば大丈夫って思ったところでも、そのままグングン進んでいく。かと思ったら、全く関係ないところで曲がったりして、どんどんうちからはなれていく。

「あの、大丈夫ですか?」
「ごめんなさい。慣れてない道を走るのは苦手なのです」

 坪内さん、方向音痴だったの? わたしが道を教えてあげた方がいいかな?

 と思っていたら、隣に座ってるユキちゃんが、目を閉じてコクンと頭を下げていた。

「要? 寝てるのか?」
「そうみたい」

 さっきまで普通に起きてたのに、いつの間に?

「あらあら。夕べ、はしゃぎすぎて疲れてしまったのではありませんか?」

 そうかな? 確かに昨日はちょっぴり遅くまでゲームやってたし、夜中にお父さんお母さんと会わせるために起こしたんだよね。
 けどそのすぐ後、嗅いだ人を眠らせるお香で、ぐっすり寝ちゃったはずなんだけどな。

 ……ん?

 お香のことを思い出したところで、車の中に入った時から感じてた、甘い匂いが気になった。
 この匂い、なんだかあのお香と似てる気がする。

 すると、沖君からグイッと袖を引っ張られる。

「なあ、変じゃないか?」

 何がとは言わなかったけど、なんとなくわかる。坪内さんの様子に、急に寝ちゃったユキちゃんに、この匂い。
 うまく言えないけど、何か変。

 いったいどうなっているのか。考えてみて思い出したのは、さっきのお父さんからの電話だった。
 もしかしたら、稲葉ってやつがこの街にいるかもしれない。そして、わたしを狙ってるかもしれない。

 稲葉は、沖君の家から盗み出した忍者道具を持ってるらしい。その中に、沖くんと同じ変化の術の巻物があるなら、坪内さんに化けることだってできるかもしれない。

 もう一度沖君を見ると、沖君も緊張したように顔を強ばらせていた。

「あの、すみません。わたしたち、やっぱり自分で家に帰ります」

 勇気を出して言ってみる。だけど坪内さんは何も答えない。
 車はさらに家からはなれ、人通りの少ない道に入っていく。

「あの、わたしたちここで降ります!」

 今度は、もっと大きな声で言う。
 けど坪内さんは、相変わらず何も言わないまま。こんなの絶対おかしいよ。

 いよいよ怖くなって、手が震えてくる。
 するとそんな震える手に、暖かいものが触れた。
 沖君の手だ。

「えっ?」

 沖君はわたしの震えを止めるように、手をギュッと握る。
 そして、坪内さんを睨むように見ながら言う。

「あなたは、稲葉ってやつのこと、知ってますか?」

 稲葉。沖君の口からその名前が出てきた時、手を握る力が一瞬だけ強くなる。
 やっぱり、わたしと同じことを考えてたんだ。

「どうなんですか!」

 相変わらず返事のない坪内さんに、もう一度聞く。って言うより、ほとんど怒鳴りつける。

 それでも坪内さんは、すぐには答えてはくれなかった。だけど少しの沈黙の後、背中を向けたままため息をつく音がして、それからようやく声が聞こえてくる。

「稲葉、か。俺がそうだって言ったら、どうする?」

 それを聞いて、わたし達はギョッとする。
 今の坪内さんの声は、普段とは全然違ってて、とっても低い、男の人みたいな声だった。それに、自分のことを俺って言った。

「やっぱり、あなたが稲葉なの!?」
 
 すると、それが合図になったみたいに、わたし達の目の前で、坪内さんの姿がみるみるうちに変わっていく。
 細身だけど、全身に筋肉のついた、スマートな体型の男の人に。

「ああ。俺が稲葉だ。知ってるなら話は早い。こいつでみんな眠ってくれたら楽だったのにな」

 坪内さん、いや稲葉はそう言うと、わたし達に向かって、何かを放り投げた。
 見ると、それは夕べわたし達が使ったのと同じ、眠りのお香だった。

「これで眠らないとは、さすが忍者の子どもだな。それにそっちの坊主。お前もそうなのな?」

 どうやら稲葉は、沖君のことは知らないみたい。変化の術の巻物やこのお香の本来の持ち主だって言ったら、いったいどんな顔をするだろう。

 けど、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
 車は相変わらず走り続け、わたし達をどこかに連れていこうとしている。これって誘拐だよね。

「わたし達をどうする気なの?」
「さあ、どうしようかな。君のお父さんには、ずいぶん困らせられているんだ。君を殺すって言って脅したら、少しは大人しくなってくれるかな」

 冗談じゃない!
 なんとか逃げられないかと思って、外を見ると、車はいつの間にか街から出ていて、建物の少ない田舎道を走ってた。
 もしかして、ドアを開けて飛び降りたらなんとかなるかも。一瞬、そんな考えが頭をよぎった。
 だけど……

「車から飛び降りるつもりなら、やめた方がいいよ。君たち忍者は受身を取れるかもしれないけど、その子はどうかな?」
「──っ!」

 わたしの心を読んだみたいに稲葉が言う。
 確かにわたしや沖くんなら、走ってる車から飛び降りてもなんとかなるかもしれない。けど、ユキちゃんは違う。
 普通の人間の女の子だし、おまけに今は眠ってる。そんな状態で飛び降りたら、大ケガするかも。

 けどその時、沖君が呟いた。

「いや、それだ」
「えっ?」
「芹沢、今すぐドアを開けろ。それから要を抱えて、俺と一緒に飛び降りるぞ!」
「えぇぇぇっ!?」

 たった今、危ないって言われたばかりじゃない。
 これには稲葉も驚いたみたい。

「やめろ。ケガさせたいのか!」

 初めて怒った声を出す稲葉。けどそれを打ち消すように、沖君が叫ぶ。

「いいから早くやるんだ! 俺に考えがある!」
「う、うん!」

 沖君が何を考えてるかはわからない。けどモタモタしてる暇はなかった。

「やめろ!」

 稲葉が怒鳴るけど、覚悟を決めたわたしには関係ない。ドアに手をかけると一気に開く

 けど、本当にユキちゃんと一緒に飛び降りて大丈夫?

 一瞬不安になるけど、その時沖君が、わたしを押し退け、ドアから身を乗り出した。

「いいか、俺に続いて飛び降りるんだ! 」
「わ、わかった!」

 怖いか怖くないかって言われたら、すっごく怖い。けど、沖君を信じる!

 稲葉がもう一度やめろと叫ぶけど、もう遅い。沖君と、わたしと、わたしが抱えたユキちゃん。三人とも、一気に車の外に飛び出した。
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