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第33話 黒幕

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 クリスが目を覚ました時、自分がどこにいるのかわからなかった。
 何しろ、今までに一度も見たことのない場所だ。

 家というより、倉庫か物置のような、石造りの小さな部屋。その床の上に、雑に転がされていた。

 ここはどこで、どうして自分はこんな所にいるのだろう。一瞬そんな疑問が浮かぶ、すぐに思い出す。カーバニアからナナレンへと帰る最中、賊に襲われたことを。そして目の前でヒューゴが傷を負い、道なき山の中へと落ちていったことを。

「そうだ、総隊長は!?」

 無事でいるのか。思わず声をあげるが、その拍子に頭がズキリと痛む。そういえば思い切り殴られていたのだと、今になって気づいた。

 それにしても、ここはいったいどこなのか。助かって手当てを受けているにしては、あまりに扱いがぞんざいだ。

 部屋から出ようと扉に手をかけるが、鍵がかかっていてちっとも開かない。

 「ねえ。ここを開けてー!」

 扉の向こうに向かって呼びかけるが、なんだか悪い予感がしていた。
 今叩いている扉には、格子によって塞がれた覗き穴のようなものがあり、まるで牢屋のよう。
 とてもまともな状況とは思えない。

 そして、残念ながらその悪い予感は的中した。クリスの声が届いたのか、扉の向こうにある通路の先から、ドカドカと足音が聞こえてくる。そうして格子越しに顔を見せたのは、見覚えのある男だった。
 山道で襲ってきた賊の一人だ。

「あーっ! あんたは!」
「よう。丸一日寝ていた割には元気そうじゃないか」

 驚くクリスを見ながら、小ばかにしたように鼻を鳴らす。戦いの最中、こいつのことを思い切り殴り付けていたので、その意趣返しのつもりなのかもしれない。

「ここはどこ? 総隊長は無事なの? こんなことして、何が目的? 私をどうするつもり?」

 聞きたいことは山ほどある。矢継ぎ早に捲し立てると、男は煩そうに耳を塞ぐ。

「この状況で、よくそれだけ威勢よくいられるな。まあ落ち着け。お前が目を覚ましたことは、上の者にも知らせに行ってる。これからゆっくり説明してくれるだろうよ」

 上の者。そいつが、この一件の黒幕なのだろうか。聞きたいことが増えたが、男はそれ以上は話す気がないようだ。
 仕方なく、少しの間黙って待っていると、扉の向こうから、また数人の足音が聞こえてくる。

 格子窓から確認すると、そのほとんどはさっきやって来た男と同じく、山道で襲ってきた賊の一味のようだ。
 ただ山道で見たのとはちがい、男達の格好は、まるで人足のよう。
 だがその中に、一人だけやけに身なりのいい奴がいた。そしてその顔を見たとたん、クリスは息を飲む。

「どうしてあなたがここに!?」

 狼狽えるような反応が気に入ったのか、そいつは格子の向こうからこちらを覗き込むと、ニヤリと顔を歪め愉快そうに笑う。

 それがなんとも腹立たしくて、もう一度、今度は声を張り上げて問い質す。

「答えて! どうしてこんな奴らと一緒にいるんですか。ロイド=アスター!」

 ヒューゴの親族にして、カーバニアの警備隊総隊長、ロイド=アスター。
 そいつが今、目の前にいる。

 ロイドはそこでようやく笑うのをやめ、冷たい口調で言い放った。

「口の利き方に気をつけるのだな。私のことを聞く前に、君自身がどういう立場にあるか理解するがいい」

 傲慢な物言いに、また怒りが沸いてくる。だがここで下手に騒ぐと、どんな目にあうかわからない。

 悔しさをこらえてぐっと口を紡ぐと、ロイドはそれを見て大いに満足したようだ。

「ふん。どうやら少しは身の程をわきまえたようだな。それに免じて教えてやろう。ここは、私が懇意にしている商家の倉庫でね。彼と私、それにこの者達は、言わばビジネスパートナーのようなものなのだよ」
「ビジネスパートナー……?」

 ロイドの隣には、賊とは風体の違う、恰幅のいい男がいた。そいつが、懇意にしているという商人なのだろう。
 だがこいつだけならまだしも、賊を交えてビジネスパートナーと言うなど、どう考えてもおかしい。
 そんな疑問の答えは、すぐに告げられる。

「ちなみに、扱う商品はこれだよ」
「──っ。それは、ホムラ!」

 いったい何度驚かせるつもりなのか。ロイドが見せたのは、ヒューゴと共にカーバニアのごろつきから押収した、ホムラの苗だ。
 それを商品と言い、賊どものような悪人と一緒にいる。そこから導き出される答えなんて、一つしかない。

「まさか、ホムラの密輸をしていたのって、あなたなんですか」
「その通りだ。私なら警備体制を知りつくしているし、権限を使えばチェックを緩ませることもできる。すり抜けるくらい楽なものだよ。もっとも、この苗は本来外に出るようなものではないのだがね。一人、持ち逃げした者がいたのだよ」

 それを、なんの因果かクリス達が見つけたというわけだ。

「あなたのような人が、どうしてそんなことをするんです!」

 口にして、思っていた以上にショックを受けていることに気づく。個人的な好き嫌いは別として、この男もまたヒューゴと同じく、警備隊を指揮する身。法の番人として、犯罪者を取り締まる立場だ。
 にもかかわらず、自ら密輸の一端を担うなど、警備隊員であったクリスとしては信じたくなかった。

 しかしロイドに、一切恥じる様子はない。

「必要悪というのを知っているか? 闇雲にこういう連中を取り締まるより、うまく付き合った方が得られるものもあるのだよ」

 それはまるで、自慢話を語っているようですらあった。

「貴族や権力者の中にも、ホムラをほしがる者は多くてね。そんなやつらに恩を売り、弱味を握ることだってできる。ヒューゴはその辺りをまるでわかっていないようだが、こうすることが、延いてはアスター家のためになるのだよ。それが、次なる当主としての私の務めだ」
「ふざけないで! だから私達を襲ったと言うの? 自分の罪を隠すために!」

 できることなら今すぐ掴みかかって殴り飛ばしたかった。だが扉に阻まれていては、触れることすらできない。

「たったあれだけのことで全てが露呈するとは思わないがな。元々、ヒューゴはこいつらからたくさんの恨みを買っていて、前々から報復の手引きをしてほしいと頼まれていたんだ。供もつけずに移動するという絶好の機会でもあったし、急遽決めたことだが、うまくいったよ」
「それだけのことをして、バレないとでも思ってるんですか!」

 警備隊総隊長が襲撃されたとなると、重大事件だ。当然、捜査も生半可なもので終わるわけがない。
 だがロイドも、そのくらいのことがわからないわけがない。

「ああ。大規模な捜査が行われるさ。私の指示でな」
「どういうこと?」
「そうだな。順を追って説明しようか。お前達が逃がした御者。彼が通報したことで事件は明るみになったが、その結果ナナレンの警備隊は混乱したよ。何しろ自分達のトップが襲撃され、行方不明になったんだ。指揮に問題が出るのも当然だ。そこで、急遽総隊長の代理となるものを決める必要が出てきた」
「まさか、その代理って……」
「そう、私だ。ヒューゴの親族として、同じ警備隊を預かる者として、何もしないわけにはいかぬからな」

 どの口がそんなことを言うのだろう。饒舌に話すその様子は、クリスや何も知らない警備隊員達を嘲け笑っているようですらある。
 しかし、事件の首謀者自らが捜査の指揮をとるのだ。そんなもの、解決するわけがない。
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