初恋と幽霊

無月兄

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付き合わなかった理由2

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(わ、私、何言ってるんだろう)

 思わず言ってしまった言葉。
 けどそれからすぐに、自分が大変なことをしたって気づく。

 こんなの、どう考えても告白になっちゃう!

 そりゃ、ユウくんのことはずっと好きだったし、いつかはこの気持ちを伝えたいなんて思ってた。
 けど、今それを言う気なんてなかったのに!

 どうしよう。どうしよう!

「ち……違うの。これは、その……」

 慌てて誤魔化そうとするけど、こうまでハッキリ言っちゃったんだから、どうしていいのかわからない。

 いきなりこんなこと言われて、ユウはどう思ってる?
 引いてない? 迷惑じゃない?

 気になるけど、知るのが怖い。
 もしも面と向かって断られたりしたら、二度と立ち直れないような気がした。

「……藍」
「は、はい!」

 名前を呼ばれただけで、びくりと肩が震える。
 その続きを聞くのが怖くて、耳を塞ぎたくなる。
 だけどそうする間もなく、ユウくんはさらに続けた。

「ありがとな」
「…………えっ?」

 その瞬間、時が止まったような気がした。俯いていた顔を上げると、ユウくんはにこやかに微笑んでいた。

「藍にそう言ってもらえて、すごく嬉しいよ」

 優しい声でそう告げるユウくん。だけど、それを見て思う。

(……違う)

 きっと、嬉しいって言葉に嘘はない。ユウくんは、喜んでくれている。
 多分、それは間違いない。

 けど、それだけ。
 嬉しいだけで、私が感じているような緊張もドキドキも、ユウくんには無い。
 それに気づいた時、急に心の奥が冷たくなっていくのを感じた。

「俺も、藍のこと好きだよ」

 ユウはそう言いながら、私の頭を撫でる仕草をする。
 この好きって言葉にも、一切の嘘はないんだろうな。
 けど、わかってしまう。
 ユウくんの言ってる好きは、私が言った恋としての好きとは、同じじゃないってことを。

「それって、私が妹だから?」

 これを聞くのは、自分から傷つきに行くようなもの。
 それでも尋ねると、ユウくんは一切の悪意無く、笑顔でこう告げる。

「もちろんだよ。藍のこと、本当の妹みたいに思ってる」

 違うって言いたかった。
 私の言う好きは、そういう意味じゃないって伝えたかった。
 妹でなく、一人の女の子として見てもらいたかった。

 だけど、それはとても怖いことでもあった。
 この気持ちを伝えてしまったら、今まで通りの関係じゃいられなくなる。
 口にすることはできなかった。

 恋愛として誰かを好きになるってのが、よくわからない。
 なんて聞いた後なら、なおさらだ。

 だから、この話はこれで終わりにする。
 このまま話を続けていたら、今度こそ気持ちが抑えられなくなりそうだったから。

 動揺しているのを悟られないように笑顔を作って、今までとは全く関係の無い話題を出す。
 わざと明るい声を出して、強引に話の流れを変える。

「それにしても今日は疲れた。人前で演奏するってあんなに体力いるんだね」
「あ……ああ」
 
 もちろん、こんなことしてユウくんが不思議に思わないはずがない。
 怪訝な顔をするけど、何か言れるより先に、さらに言葉を続けた。

「疲れたから、今日はもう寝るね」

 それだけ言うと、返事も聞かずに、テキパキと布団の用意をすませる。

「……なあ、藍?」
「お休み、ユウくん」

 ユウくんの言葉を遮るようにお休みの挨拶をし、いそいそと電気を消して、ベッドに潜りこむ。

 こうなると、ユウくんもこれ以上話を続けるわけにはいかない。
 仕方なく、押入れの中へと引っ込んでいく。

「お休み、藍」

 最後に掛けられた言葉は、どこか心配そうだった。

 急に、変な態度になってごめん。
 だけど、こうするしかなかった。

 平気な顔をしておくのも、もう限界だったから。

 ユウくんが押入れの中に入ったのを確認すると、改めて布団をかぶりなおす。
 そのとたん、顔がクシャリと歪んだ。

『もし付き合ったとしても、いつまで続くかわからない。いつかは別れるかもしれない。そんな風に、つい考えるんだ』

 そう言ったユウくんの声が、耳に残って離れない。

 軽い感じで言ったその言葉に、本当はどれほどの思いが込められているか、私は知っている。
 そう思ってしまうだけの理由を、ユウくんは持っていた。

(きっと、あんなことがあったからだよね)

 ユウくんの抱えていたものが、頭を過る。
 あんなことがあったら、ユウくんがそんな風に考えるのも、納得がいってしまった。

 だけど私は、それを否定したかった。誰かを好きになって、それがずっと続くことだってあるんだよって、伝えたかった。

 だから、つい告白みたいなことをしてしまった。

 結局その想いは伝わらなかったけど、ユウくんが勘違いしてくれてよかったのかもしれない。

(妹みたいなもの。それなら、ずっと好きでいてくれるよね)

 もしユウくんが、本当に誰とも恋愛できないって言うのなら、私のこの気持ちは、決して実らない。
 ユウくんだって、きっと困る。

 けど勘違いしてくれたおかげで、これからも仲の良い兄と妹でいられる。
 妹なら、変わることなくずっとそばにいられる。
 そう、自分自身に言い聞かせる。

 これまでは、いつか変えたいって思っていた、妹みたいなポジション。
 だけど今は、仲の良い関係を守ってくれるものへと変わっていた。

「ユウくんの妹で良かった。勘違いしてくれて良かった」

 布団の中。決してユウくんには聞こえないくらいの小さな声で、何度もそう繰り返し呟いた。
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