恋の音が聞こえたら

橘 華印

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第四章

27:もう終わりにしよう

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 職場から自宅の間。洋子宅から洋司宅への間。頻繁に立ち寄っていた場所はないかと、足を棒にして訊いて回る。
 だが、有力な情報が得られないまま、一日が終わろうとしている。


 気が重いなあと、都は携帯端末で支倉のナンバーにコールした。
(大丈夫、平気、業務報告だし。普通にしてればいい)
 どうしても鳴ってしまう心臓を押さえて、都はビルの壁にもたれた。

『……なんだ』
 数コールの後、声が聞こえる。温度の低そうな音に息を飲み、目を瞬いた。
「ごめん、都合悪かった? 業務報告したいんだけど」
『都合が良くなければ出てない。が、さっさとしてくれ』
「あ、うん……」
 素っ気ない、と都は感じる。友人ではないのだから、にこやかな対応など期待はしていなかったが、それでもあの日より冷たく感じるのは、電話越しだからだろうか。

「洋子さんは脅されてお金渡してたんじゃないかってのが、今俺たちが考えてること。脅迫のネタは多分彼女の不倫。その相手か、別のストーカーかが三人の男殺した可能性が高い」

 都は、できるだけ淡々と、途切れることのないように並べ立てる。そうしないと、仕事なのだと意識できなかったせいだ。
「あと、犯人探し回ってんのか、死にたくなってんのか分からないけど、洋司の行方が分からない。……一応訊くけど、心当たりない?」
『……ないな。弟のことは、洋子以上に分からない』
「そう。ヤケになって変な気起こす前に、保護できたらいいんだけど」


『都』


 名を呼ばれ、ドキリと都の心臓が鳴る。せっかく仕事なのだと無理やり意識しているのに、不意打ちで呼んでこないでほしい。
「な、なに?」
『それは、警察も動いているのか?』
「うん、もちろん」
『なら、これ以降は警察に任せろ。俺の依頼は、打ち切ってくれていい』
「えっ……」
 都は目を瞠る。

 聞き間違いでなければ、支倉は「終わりにしていい」と言ったのだ。

「な、なんで……? 俺の調査に落ち度、いや、いっぱい不満はあるだろうけど、でも」
 慌てて、依頼の継続を願う。まだ事件は解決していないし、何よりこれが終わってしまったら、支倉との繋がりが切れてしまう。

(俺、最低だ……っ! 事件の解決とかより、切れちゃうのが怖いなんて)

 依頼をしてきた支倉の、そして殺された洋子の気持ちを考えたら、そんなことは言っていられないのに。
『俺は、洋子があんなことをしている理由を探ってくれと言ったんだ。好んで馬鹿なことをしていたのでないなら、それで終わりでいい』
「そ、それは俺らが行き着いた一つの仮定ってだけで、イコール事実ってわけじゃ。ねえ、こんなんで納得できるの? なんで脅迫されてたのかとか、相手のこととか、気にならないの、アンタ」
『気にならないから打ち切れと言ってる。報告は、……もういらない』
 とりつく島もないというのは、こういうことを言うのだろうか。支倉は本当に、これ以上の調査を必要としていないようで、都の体が急激に冷えていく。

(もう電話もするなってこと? 俺、そんなに……嫌われて……、ああ、……そうか、お京さん)

 あることに気がついた。支倉の声が冷たい理由。報告はもう必要ないと突き放す理由。


 京一郎だ。


 知らなかったこととはいえ、元恋人の弟と関係したなんて、支倉にしてみたら忘れ去りたいことなのだろう。京一郎にまだ未練があるならなおさらに。
「アンタが、もういいって言うなら……」
『ああ、かかった費用の請求書はお前が――』
「ここから先は、俺が、俺個人の勝手で調べさせてもらう」
 支倉の声に、都の音が被さる。依頼人がもういいと言うならそれまでだが、ここで中途半端に打ち切ることはできない。恋も、仕事も、すっきり終わらせたいのだ。
『何を言ってる』
「もちろんここからの費用は請求しない。でも、報告はするから」
『金の心配をしているんじゃない、聞け都』
「都って呼ばないで、支倉さん。正直しんどい。解決できたら、また電話する」
 都は、一方的に通話を打ち切る。まだ支倉の声は聞こえていたけど、今は何を聞いても、変わらないと思った。

(半端なこと、したくない。事件解決して、報告入れて、告って、砕けて、終わりにしよう)

 そういえば、まだちゃんと面と向かって好きだと言っていない。どうせ叶わない想いなら、当たって砕けてしまえばいい。

(好きになっちゃ、駄目な人だったんだ……)

 はあーと大きくため息をついて、都は空に浮かぶ雲を眺めて歩いた。



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