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第五章

41:友人の意外な一面

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 アレクの執務室で、ウィリアム・ミラーはルーペをポケットに戻す。鑑定を終えて、一息ついたところだ。
 この邸の主が持ってきた宝石は、品質が良いものからそう良くないものまでまちまちで、正直売り物にならないものもあった。
 だが、良いものはすこぶる良い。
 カットが良くてもう少し粒が大きければ、王族に献上したって問題のないものだった。

 どこで手に入れたのだろう。

 友人に対して申し訳ないが、サンドレイズ領に宝石を仕入れる余裕はないはずだ。山に囲まれたここに、鉱山でも見つかったのだろうか。
「どうだ?」
「ん、これとこれ……これ以外は売れるよ。俺のところで引き取ろうか? 金額に納得がいけばな」
「……ああ、充分だ。これで頼む」
 金額に了承をもらい、サインの入った書類を受け取る。もしかしたら定期的に頼むかもしれないと言う友人に、探りを入れてみてもいいものかどうか。
「アレク、あのさ」
 その時、ドアがノックされる。ふっとアレクの顔が優しくなったような気がして、ウィリアムはドアの方を振り向いた。
「アレク、ただいま。あ、ごめんなさい、お客さん来てたんだ。邪魔した……」
 ドアから顔を覗かせたのは、広場で見かけた銀髪の踊り子。

 ────この子が。

 カタブツなアレク・サンドレイズにあんな優しい顔をさせるのか。
 ウィリアムの興味は、一気にその踊り子へと移ってしまう。だが仕方がない。アレクがわざわざ立ち上がってまで、その踊り子を出迎えるなんてことをするのだから。
「いや、構わない、おかえりマリィシャ。お前にも紹介しておきたい」
 アレクは踊り子の手を引き、ウィリアムの前まで連れてくる。ウィリアムも、合わせてソファから腰を上げた。
「マリィシャ、私の友人でウィリアム・ミラーだ。学院時代からの付き合いでな」
「アレクの友達? え、初めて……嬉しい。えっと……」
「初めまして、美しいひと。アレクの友人で、宝石を主に扱う鑑定業をしています。気軽にウィルと呼んでいただければ」
 ウィリアムは踊り子の手を取り、すっと甲に口づける仕種のみ行った。真似事でしかなかったのは、手を取った瞬間にアレクの視線が突き刺さってきたせいだ。
 そんなに分かりやすく牽制しなくてもいいだろうにと苦笑して、案外に骨張った手に気づく。
「ウィル、こちらはマリィシャだ。私の恋人で、今はこの領で私を手伝ってくれている」
「こっ……」
 恋人、と小さく驚嘆の声を上げたのは、踊り子──マリィシャだった。頬を桃色に染め上げて、アレクを見上げている。
 初々しい反応だと微笑ましく思うのと同時に、ウィリアム自身も驚いた。
「俺もマリィシャって呼んでいいのかな。ん~、マリちゃん?」
「あ、はい、あの、俺……貴族様のお作法とか、全然、知らないんだけど……大丈夫、ですか」
「あはは、俺に気なんか使わなくていいよ」
「そうだマリィシャ、お前はいつも通りでいい。後で一緒に夕食を取ろう。今日あったことはその時にでも聞かせてくれ」
「うん、分かった! ……あ、アレク、それ……」
 マリィシャが、テーブルの上の宝石に気がつく。少し表情が曇ったのは、逢ったばかりのウィリアムにさえ見て取れた。
「ああ、お前のものだ。鑑定をしてもらったんだが、高い値がついたぞ。売りたいと言っていただろう」
「う、うん、良かった。アレクの友達に見てもらったんなら、安心だしな」
 作ったような笑みを見せたのも驚いたが、鑑定したあの宝石が彼のものだということにも驚いた。

 言ったら悪いが踊り子風情にあんな品質の宝石が手に入るとは思えない。よからぬことをして手に入れたのか、それともから与えられた報酬なのか。……それはアレクの耳に入れるべきではないなと思い、ウィリアムは思考をシャットアウトした。

「あの、俺、お風呂入ってくる。ずっと外にいたから汗もかいてるし」
「ああ、ゆっくりしてこい」
 居心地が悪そうに踵を返しかけるマリィシャの頬に、アレクがキスをする。人前だということを気にも留めずだ。むしろマリィシャの方が「友達の前だろっ」と恥ずかしそうにアレクを押しやって、慌てて執務室を出て行った。


「……男の子だったんだ」
「広場で踊ってるのを見てきたんだろう。気づかなかったか?」
「いやもう顔に見惚れてたっていうか」
「ふ……それは仕方ないな」
「のろけるタイプだったんだな、お前。学院時代の同期みんなに言って回りたい」
 紹介したい相手がいると聞いた時にも驚いたが、それがまさか踊り子で、さらに言えば男だったなんて。
 学院時代からは考えも付かない。貴族の間で同性の恋人を持つことはそう珍しいことでもないが、アレクがそうするとは思わなかった。

「でも、ちょっと元気なかったんじゃない? 踊ってる時はもっとこう、元気いっぱいって感じだったけど」
「……ああ。ここ最近、何か悩んでいるようなんだが……私が訊いても何でもないと言うだけでな……」

 さすがに気づいているのか、とソファに腰を掛け直す。領を盛り立てるのを手伝ってくれているのなら、そっちの悩みなのだろうか。それとも、身分の違いに思い悩んでいるのだろうか。
 いくら辺境の貧乏領とはいえ、アレクは爵位持ちだ。旅の踊り子とでは、いくらなんでも釣り合わない。
 アレクのベタ惚れっぷりを見るに、愛情を疑っているということはなさそうだが、周りの目というものもある。

 せめて力になりたいとか思っているんだろうなあ~と勝手に想像して、ウィリアムは一人でうんうんと頷いた。

「あれだけ綺麗なら、変なヤツに言い寄られて困ってるとか──おいマジな目すんなよ、冗談だろ」
「マリィシャの場合冗談にならん。特にここ最近は他領からの出入りが多いからな。踊り子というだけで下に見て手を出してくるヤツがいないとは限らないだろう」
「あー……なるほど。ちょっと警備増やした方が……それで俺に声かけてきたのか」
「商売柄、ツテはあるだろう? 相談させてほしい」
 心配性なんだなと思うが、実際マリィシャを間近で見てしまったら、考えすぎでもないのかもと思う。
 この領は無防備だ。大切な相手を守るには、どれだけ資金があっても足りないだろう。
 マリィシャにちゃんとした地位を与えるにも、アレク自身の地位と信頼度を上げるためにも。
 こちらにデメリットはないしと、ウィリアムは一も二もなく「オーケイ」と頷いた。


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