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第六章

51:戻ってこない

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 おかしいねえと女将が口にしたのは、炭を取りに行ってくれたマリィシャが一向に戻ってこないからだ。炭のある場所は知っているはずだし、籠いっぱいとは言ってもそんなに重いものではないのに。炭小屋からここまで、迷うようなところでもない。
「何かあったのかねえ……」
 ちょっと見てくるよと亭主に告げ、女将は店の外に出た。広場はまだ賑わっているが、その中にマリィシャがいる様子もなかった。常連客も新規客も入り乱れてたくさんいるが、それでもあんなに目立つ踊り子が目に入らないわけはないのに。
 女将の胸は不安でいっぱいになった。広場を二、三度見回したあと、傍にいた男に声をかけてみる。
「ねえちょっと、マリちゃん見なかったかい?」
「え? さっきまでそこらでぴょんぴょん跳ねてた気がするけど」
 男も、座ったまま少し伸びをして辺りを見渡す。あれ? と言いながら右へ、左へ、後方へと視線を移すが、やはりマリィシャはどこにも見当たらない。もっとも、酒を呑みながら談笑していてはずっとマリィシャの動向を追えるわけでもなく、〝さっき〟というのが〝いつ〟なのかは定かではない。
「えー、あたしもちょっと前にリンゴのお酒もらったよ」
「姉ちゃんの後は俺だったな。ほらこれ、多く入れ過ぎちゃったとか言って笑ってビール置いてってくれたぜ」
 話し込んでいて戻ってこないというわけでないならば、どこへ行ったのか。客たちに聞いてみるけれど、みんなマリィシャが今どこにいるかは分からないらしい。
「マリちゃんてあの綺麗な子か? 肉持ってきてくれた」
 最近顔を出すようになった男が、話に入ってくる。忙しそうに向こうに走ってったけどと続けて指をさしたのは、やはり炭小屋の方だ。
「炭取りに行ってくれたっきり戻ってこなくてさぁ」
「あんな細腕じゃなあ。マリちゃんのことだから、いっぱい持って行こうって頑張り過ぎちまったんじゃねえのか」
「あの籠じゃそんなに入んないよ」
 重い籠を抱えて駆けるマリィシャの姿は容易に想像できるけれど、と肩を竦める。疲れて休んでいるのだろうかと、女将はそちらへ足を向ける。心配したのか、客の男たちもついてきてくれた。
 けれど、炭小屋にマリィシャの姿はなかった。炭の山は減っているようなのに、と首を傾げていると、男の一人が声を上げた。
「おい、これっ……」
 炭が点々と落ちている。それは峠の方へ続いているようで、拾い上げながら追っていくと、投げ出されたような籠が目に入った。

「これ、マリちゃんの持ってた籠じゃねえのか」

 籠だけで、マリィシャがどこにもいない、まさかと、誰もが顔を青ざめさせた。


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