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第二章

14:力になりたい

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「まあこれでも良くなった方なんだがなあ。このリンゴだって、果樹園を広げてくれたのは坊ちゃんだし」
「先代から引き継いで、もう……七年か。早いもんだ」
 二人が寂しそうな目をする。そうだ、最初はアレクが領主だなんて思わなかった。領を治めるにも、爵位を持つにも、若すぎる。

「……亡くなったの? アレクの、両親」

 息子に爵位と領を譲って隠居したのでなければ、悲しい事実があるのだろう。訊ねたマリィシャに、二人は頷いた。
「馬車の事故で、お二人とも同時にな。俺らはアレク坊ちゃんが生まれた時から知ってるから、未だに坊ちゃんなんて呼んじまうんだ」
「継いだ時でさえ十七、八だったもんなあ。よくやってくれてるよ、坊ちゃんは」
「めったなことがなけりゃあ、馬に乗ることもなくなった。つらいんだろうよ」
「……そうだったんだ……」
 どんどん、気分が沈んでいく。
 そんなことがあったなんて、考えもしなかった。アレクはそんな歳の頃から、領を切り盛りしていたのか。十七、八なんて、これから学んでいく時だろうに。
「この道は先代が整備してくれたんだけどな。起伏も激しいし、大きく曲がってるだろ。ちょっと遠回りだっていうんで、坊ちゃんが別の道を造ってくれてるんだ。そこができあがれば、もっと行き来しやすくなるさ」
「ああ、さっき二股に分かれてたとこ?」
 フレッドが指さす方向を振り向く。そういえば初めてこの領に足を踏み入れた時も、もう一つ別の道を整備していると言っていた。
「男手は交代でそっちの工事に行ってんだ。できあがるまで後どれくらいかな」
「ここ最近雨が続いて、中断してたからなあ」
 広場に若い男たちが少なかったのは、そういう理由だったのかと納得する。彼らは、肩を竦めながらも嬉しそうな顔だ。道がどんどんできあがっていくのが嬉しいのだろう。そしてそれを生み出したのは、他でもない、アレクだ。

 マリィシャは眉を下げて俯く。

 大切な人が死んでしまうのは、とてもつらくて悲しくて寂しいものだと、マリィシャも知っている。マリィシャは村から逃げ出したけれど、アレクは遺志を引き継いで、領を立て直そうとしている。
 恥ずかしくなった。貴族だというだけで、色眼鏡で見てしまった自分が。
 気づくべきだった。あの若さで領主である理由を、もっとちゃんと、知るべきだったのだ。アレクが資金を必要としている理由を。
 何か手伝うことはできないだろうかと、荷車を押しながら思う。ただでさえ不器用な旅の芸人に、何ができるものかと唇を噛むけれど、聞いてしまった以上知らないふりなんかできやしない。
 眠ることも、食事をすることも惜しんで、資金繰りをしていることを知ってしまったら、放ってなんかおけない。

 ――――だって俺、嬉しかったんだ。

 マリィシャは心の底からそう思う。今まで踊ってきて、水鳥のようだなんて言ってくれたのはアレクが初めて。
 石を生んだ時にアレクのことを考えていたのは間違いなくて、胸が熱くなったのも事実だ。金のことしか考えていない、愛なんて欠片もない男だと思っていたから、素直に認めたくない気持ちが大きかった。石を生んだという否定しようのない事実があるのに。
 初めての石。初めての人。
 言葉にすると恥ずかしいけれど、あんなに真剣な目で見てくれた初めてのひとだ。
 彼らの話を聞いてホッとしたのは、アレクがマリィシャの思ったような悪徳貴族でなかったからだろう。
 とくん、と胸が鳴る。
 とくん、とくんとくんと速くなっていく心音に戸惑う。マリィシャは思わずアレクの屋敷の方を振り向いた。
 何か力になれないか。
 この領で稼げないのならば、他の領で稼いでくればいいだけだ。例えばこの出稼ぎについていって、踊りで客を集められれば、売上も増えるかもしれない。マリィシャ自身は贅沢指向はないし、日々を何事もなく暮らしていけるほどのお金があればいい。それ以外は、全部アレクに渡したっていい。

 そう思った時、ドオォォオオォンと大きな音が聞こえた。同時に地面がひどく揺れ、体がよろめく。

「な、なに? 今の」
「でかい音だったな。何か……崩れるような」
 マリィシャたちは立ち止まり、音のした方を振り向いた。通り過ぎてきた山の反対側から聞こえたような気がする。崩れるようなというヘンリーの言葉に、嫌な予感がした。
 まさかと青ざめたマリィシャの耳に、助けを求める声が風に乗って届いた。

「く、崩れたんじゃないの!? 誰か巻き込まれてるのかもしれない!」

 長く、ひどい雨が続いた。その雨量が山の地盤を緩めたのだとしたら、崩れた可能性が高い。しかも、間の悪いことに林道を通す工事中だ。切り崩したことも遠因になったのかもしれない。
「なんっ……そりゃあまずいことになったぞ! おい、助けに行かなきゃ」
「あ、ああ! そうだ、ガキども連れ戻してこなきゃ」
 フレッドもヘンリーも、荷車を置いて音のした方へ駆けていく。ハッとして、マリィシャも担いでいた荷籠を荷車の上に置いた。
「あの子たちは俺に任せて!」
「おお、頼んだぞ! 戻って町の連中連れてきてくれ!」
「分かった、気をつけて!」
 そう返し、はしゃぎながら先を行ってしまった子どもたちを追いかける。親元に預けて、救助の人手を呼んでこなければ。どれだけの被害が出ているか分からないが、一刻を争う。マリィシャは全力で駆け、子どもたちを見つけた。
「お仕事はまた今度だ、帰ろう!」
「えー、なんで! 僕ちゃんと落とさずに持ってきたのに」
「さっき大きな音がしたの、怖かった……ママのとこ行きたい」
 だだをこねる男の子と、泣き出しそうな女の子。マリィシャは、二人の前にしゃがみ込んだ。
「じゃあ新しいお仕事だ。俺たちはこれから町に戻って、大人の人を呼んでこなきゃいけない。とっても大事なお仕事だけど、できるか?」
「それ……褒めてもらえる?」
「ああ、もちろんだ。これができたら、間違いなくヒーローだな」
 パッと男の子の顔が輝く。マリィシャは次に女の子の頭を撫で、ぽんぽんと軽く背中を叩いた。
「きみのお仕事は、泣かないでママのところに帰ること。これからちょっと大変になるかもしれないから、ママのお手伝いもできる?」
「……うん、頑張る」
 目を擦る女の子を、背中に背負う。僕は大丈夫だと言う小さなヒーローに笑いかけ、大事そうに抱えていたリンゴの包みを女の子に持たせる。そうして男の子の手を引き、走った。

「マリィシャ兄ちゃん、あれっ……あそこ、崩れたの!?」
 二股に分かれる地点まで来て、男の子がそう叫ぶ。視線をやれば、少し先の方に道を覆う土砂が見えた。幾人かの男たちが、必死でその土砂を退かそうとしているのも。その慌てように、やはり誰か巻き込まれているのだと悟る。
「急ごう。まだ走れる? たくさん大人を呼んでこなきゃ」
「うん、平気! 僕先に行くよ、兄ちゃんはエマおぶってるから、落とさないようにしてね!」
 そう言って、繋いでいた手を離し、一所懸命に駆けていく。思っていたよりも判断が速く、思いやりのある子だ。焦りばかりだった気持ちがふっと和らいで、マリィシャは女の子を背負い直した。

「あっ、おいあんた、土砂崩れって本当か!」
 途中で、報せを聞いたらしい男たちとすれ違う。
「ああ、工事してる方の道! 巻き込まれた人たちがいる!」
「なんてこった……あと少しで開通するって時に! おい、アレク坊ちゃん呼んできてくれ!」
 男たちはガシガシと髪をかき混ぜて嘆く。ここまでの努力が水の泡だと苦虫を噛みつぶすような顔をして、無事でいろよと言いながら鍬や鋤を手に駆けていった。
「お兄ちゃん、あたしもう大丈夫、ママのところ、一人で行ける」
 肩をとんとん叩く女の子の声が聞こえて、マリィシャはしゃがみ込む。大変なことになっているのだと把握し、自分も何かを手伝おうとしているようだった。気をつけてと小さな背中を見送り、マリィシャはアレクの屋敷へと向かった。

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