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202. 未来への旅

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 グランド王国、辺境の街モーカムを後にした。
 借りていた倉庫の鍵を返し、中にこっそり設置していたコンテナやタイニーハウスも撤去してある。
 思ったよりも滞在が長引いてしまったが、悪くない日々を過ごせたと思う。

 隣の街へ続く街道をのんびり進みながら、隣を歩くシェラに話しかけた。

「加工を頼んでいた肉も引き取れたし、情報も仕入れることができて、充実した二週間だったな」
「そうですね。ちょっとだけ味見させてもらった、オーク肉の生ハムがとっっっても美味しかったので幸せです、私」
「それなー」

 肉屋の店先で購入した、普通の豚肉の生ハムも良い出来栄えだったけれど、オーク肉を特別に加工してもらった生ハムは絶品だった。

(星付きのレストランで食ったイベリコ豚の生ハムより美味かったもんな……)

 店先で味見した時のことを思い出すだけで、口元がだらしなく緩んでしまいそうになるほど、素晴らしい味わいだったのだ。

 イベリコ豚の生ハムには豚の血統と飼育法、製法などにより価値が大きく前後するらしい。
 それぞれランクによって色でラベル分けされていると聞いたことがある。
 最高級品質が黒。次いで、赤、緑、白だったか。
 純血種や交配種がパーセンテージで管理されており、イベリコ豚の原種100パーセントであることが絶対条件の最高ランクのものは王室に献上されるとか。

 さすがにそんな上等なものを口にしたことはないが、緑のタグの生ハムなら食べたことがある。

(あの時は、さすがイベリコ豚! って、めちゃくちゃ感動したけど……)

 それを遥かに上回る旨さなのだ、オーク肉は。

「飼育されていた豚も脂がのっていて美味しかったのですが、オークの生ハムは繊細でいて複雑な味わいが口の中でほどけていくようで……夢みたいな一瞬でした」

 頬を上気させたシェラがうっとりとつぶやく。
 同感だ。
 オークの方が脂肪が多そうなのに、豚よりも赤身が多く、あっさりとしていた。
 なのに濃厚なコクがあり、一口味わっただけですっかり魅了されてしまった。

「これまで食った生ハムの概念が覆されたくらいの旨さだったよなぁ……。今まで、普通に焼いて食っていたのがもったいなく感じるくらいに」
「分かります。分かりますが、それはそれとしてオークカツは美味しいです」
「それは同意」
「にゃ」

 こくこくと揃って頷いておく。

「これは食べたヤツにしか分からない境地だよなぁ……」

 口の中に含むと、その熱で融解して広がる脂の旨みは筆舌に尽くし難い。
 霜降りが少ないのに、やわらかくて、ほんのりナッツの芳醇な香りがする肉。
 塩分がきいているのに、不思議と甘い肉だと認識してしまう。

「これだけ食っても旨いけど、色々とアレンジして楽しみたいよな」
「いいですね! 前に食べたチーズと生ハムのサンドイッチ、あれは素敵でした……」
「サンドイッチはいいよな。ハード系のパンでがっつり食ってみたい。生ハムはフルーツとの相性も良さそうだし、楽しみだ」

 モッツァレラチーズと合わせてオリーブオイルと黒胡椒で食うのも絶対に美味いやつだと思う。
 アボカドやトマト、キュウリなどの野菜を添えて食べるのも良さそう。
 
「生ハムメロンも食ってみたいし、柿や梨、イチジクを包むのも美味そうだよなー」

 どうやって味わおうか、考えるだけでわくわくしてくる。

「ベーコンや腸詰も楽しみです」
「だな! オーク肉ベーコン、分厚く切ってステーキで楽しみたくなる」
「最高じゃないですか! 今日のランチはベーコンステーキで!」
「ニャー!」

 隣の街は徒歩で二日かかるらしい。
 俺たちの足なら、一日半か。
 途中、小さな集落や村があるようだが、物資に困ることもないし、宿も期待はできないから、どこにも寄らずに通り抜けることにした。
 宿よりも、街道から少し離れた場所でタイニーハウスを出した方が快適に休める。

 大森林やダンジョン内ではないので、シェラは鳥の姿に変化することなく、徒歩の旅を楽しんでいる。
 すっかりサボることを覚えた猫の妖精ケットシーのコテツは俺の肩の上に座ったままだ。

「ちょっとは運動しないと、ぷくぷく太るぞ?」
「にゃー?」

 つん、と顎の下を指先でつつくと、愛らしい上目遣いでこてんと首を傾げてくる。
 あざとい。オス猫のはずなのに、俺の周囲でいちばんヒロイン枠なのではなかろうか。

「そういえば、レイさまとはまだ合流できないんですか?」
「ああ……。三日前には連絡がついたんだけど、昨日から通信の魔道具に反応がない」

 三日前はどうにか話をすることはできたのだが、その時も短時間言葉を交わすのが精一杯のようだった。
 忙しい、というよりは、もう少し切迫した雰囲気を感じたのだが、気のせいかもしれない。

「今はどこにいらっしゃるんですか?」
「詳しくは教えてくれなかった」

 だが、おそらくはシラン国にいる。
 従弟たちを召喚した元凶の、宗教国家。

 冒険者たちからの聞き込みで得た情報には、シラン国のものもあった。
 王家と神殿が対立しているらしい、というふわっとした情報だったが。

(何となく、魔族が関わっている気がする)

 従弟たちから得た情報では、シラン国の王族は神殿の傀儡に等しかった。
 互いで利用し合う、それなりに良い関係だった彼らが急に離反するものだろうか。

(勇者側の力を削ぐために、魔族が造反を唆した可能性があるんじゃないか?)

 憶測でしかないが、そういった暗躍を魔族は得意としている。
 言葉巧みに、人の悪意や欲を掻き立てたり、憎悪を煽るのだ。
 その美しい容貌で、或いは金銀財宝で人を誑かせて、堕落させる。対立させる。
 
(性格悪すぎ)

 小さく舌打ちする。
 単に性格が悪いだけの小悪党ならそこまで気にしないでも済むのだが、魔族は狡猾で──とんでもなく強いのだ。

(闇堕ちしたハイエルフだなんて、最悪すぎんだろ……)

 黄金竜であるレイは最強の神獣だ。
 魔族相手にどうこうされるはずはないと信じてはいるのだが──

(アイツ、天然だからなぁ……)

 強靭な肉体を誇っているだけに、油断することはあるかもしれない。
 このくらいは平気だと、回避せずにわざと攻撃を受けるようなところがあるのだ。

(シラン国に偵察に行って、ミイラとりになってないか心配だ)

 だが、グランド王国にいる自分にはどうすることもできない。
 自力でどうにかしてもらい、こっちはこっちで魔族の力を少しずつ削いでいくしかないのだ。

「まぁ、レイなら大丈夫だろ。また、ひょっこり顔を出すに決まっている。ラーメン食いたいとか言いながら」
「ふふ、目に浮かびますね! レイさん、カップ麺が大好きですもんね」
「だから、俺たちは当初の予定通り、隣街を経由して、王都を目指すぞ」
「はい! 隣街のあやしい町長の調査と、王都のダンジョン内に潜む魔族の討伐ですね! 頑張りましょう!」

 目的が決まっていると、足取りも軽くなる。
 従弟たちからのメッセージによると、向こうも魔族がらみの事件に巻き込まれたようだ。
 ここにきて、活発に動き始めたのは、魔族側も焦ってきているのだろう。

「魔族を倒せば、ボーナス1億ポイントだ、シェラ」
「絶対に仕留めましょうね!」
「ニャー!」

 ちょっとばかり、いや、かなり?
 報酬への下心は強いけれど、目的があった方が人は頑張れるというもの。

「ポイントもですけど、【召喚魔法】のレベルが上がるのも楽しみです。次はどんなお店なんでしょう?」
「それなー」

 百円ショップ、三百円ショップ、コンビニ、大型家具店。異世界不動産ときて、ホームセンターが使えるようになった。
 次は何だろうか?

「俺は今のところ、そんなに困っていないけど、ナツは服屋を熱望しそうだよな……」

 個人的にはスーパーあたりでも良いのだが、店は自分で選べない。

「私は美味しいものが食べられるお店だと嬉しいです。お菓子のお店がいいなぁ」
「コンビニで充分だと思うけど……」
「おっきなケーキが食べられる日は限られているんですよ⁉︎」
「あっはい。ごめんなさい」

 きっ、と睨まれて素直に頭を下げた。
 女子のスイーツに対する情熱はバカにできない。
 コンビニショップでホールケーキが買えるのは、クリスマスなどのイベントシーズンだけなのだ。
 バレンタインやひな祭りなどにミニケーキが売り出される時もあるにはあるが、やはりクリスマスの華やかさには敵わない。

「えーと……ケーキ屋か服屋だといいな……?」

 うすらぼんやりと創造神ケサランパサランに祈っておこう。
 最近は、邪竜の力を抑えるために彼(彼女?)も眠りについているので、軽口を叩けないのは少しばかり寂しいが。

(とっとと魔族を倒して、アイツらに邪竜を封印させて、日本へ帰してやらないとな)

 もう二度と会えなくなるのは寂しいが、彼らはまだ生きているのだ。
 命を落としてしまった自分と違い、あの時間、あの場所からやり直せるのだ。

 ピロン、と着信音が響く。
 スマホを確認すると、ナツからのメッセージだ。

『お腹すいた! トーマ兄さんのご飯が食べたい!』

 ふ、と笑いがもれる。
 ナツだけでなく、ハルやアキからも次々とメッセージが送られてきた。

『肉! 肉料理がいい! できれば揚げ物系!』
『俺は煮込み料理がいい。角煮とか、タンシチューとか』
『私は手料理! あ、あとコンビニスイーツの新作も欲しいですお兄さま!』

 賑やかなメッセージに苦笑するしかない。
 相変わらずで、そんな些細なことがとても嬉しい。

「分かったから、お兄さまはやめろ」

 召喚された勇者たちのやる気を引き出すために、【アイテムボックス】経由でオーク肉のベーコンやソーセージを送ってやる。
 ついでにコンビニショップからもスイーツやホットスナックを買ってみた。

「これも、召喚勇者のエサの仕事だからな」

 頑張っている勇者たちには、せめて快適に過ごしてもらわなければ。

「じゃ、行くか」
「はい!」

 ハイエルフの少年と猫の妖精ケットシー。そして幻獣の血を引く少女は、足取りも軽く一歩を踏み出した。



◆◆◆

第一部、完となります。
お付き合いありがとうございました!

◆◆◆

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