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193. 王国料理

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「たくさん売れて良かったですね!」

 ご機嫌なシェラがステップを踏むような軽やかな足取りで街を歩く。
 
「ああ、こっちも助かったよ」

 サブギルドマスターには拝む勢いで感謝されたけど、持て余していた素材を売り払うことができて、こちらとしてもありがたかった。
 俺とコテツが倒した以外の獲物の素材は【召喚魔法ネット通販】のポイントに交換できないから、ずっと【アイテムボックス】に眠ったままだったので。
 不要な素材を売り払えて、だいぶスッキリした。

「今日の稼ぎだけで、半年はのんびり過ごせるぞ」
「えへへ。念願の食べ歩きができますね!」

 満面に笑みを浮かべるシェラに対して、浮かない表情を浮かべてしまう。
 あまり期待しすぎても良いことはない。

「お昼ご飯は屋台にします? お店にします? それとも両方?」
「最後の選択ってアリなのか」
「うふふ」

 可愛く笑ってみせても騙されない。あれはどっちも絶対に食べる気満々の顔である。

「それはともかく、面倒そうなのがついて来ているから、撒くぞ」
「あ、やっぱり、私たちを追い掛けてきているんですね」

 背後を振り返ることなく、小声で話す。
 冒険者ギルドを出た途端に三人ほど、後をついてきているのだ。
 すぐに裏の倉庫に回ったし、金銭のやりとりは別室で行ったのだが、カウンターに素材を出してしまったので、そこから目を付けられたのだろう。
 気配からして、おそらく新人冒険者ルーキー
 目立たないよう変装していたのもあって、俺たちを侮っているのだと思われた。

「バカなのか? カウンターに積み上げた素材を見たら、普通は俺たちの実力も分かるはずだろ?」

 そんな凄腕の冒険者相手に喧嘩を売るつもりなのが、信じられない。
 中堅冒険者たちが俺たちにちょっかいを掛けないことからも分かりそうなものなのに。

「きっと私たちが倒したとは思わなかったんですよ。誰かのお使いでギルドに来た、弱そうな私たちからお金を巻き上げようとしているに違いありません」

 嫌悪もあらわな表情でシェラが吐き捨てるように言う。珍しい。
 俺と会う前に、彼女も似たような目に遭ったのかもしれない。

「ミャオ?」

 可愛らしい瞳をきゅるんとさせながら、コテツが聞いてくる。

「うん……。怖いから「処す?」とか聞いてこないで」

 うちの子たち、こんなに可愛いのに皆、過激すぎない? 
 シェラさんもヤる気満々で拳を握り込まない。殴るの? 素手で殴るつもりか?

「いやいや、落ち着け。人目がある。ここは適当に撒くぞ」
「えー……教育的指導が必要だと思います」
「顔は覚えたから、あとでバレルさんにチクっとくよ」

 市場を目指しながら歩き、角を曲がったところでシェラの肩を抱き寄せて、隠蔽効果のある魔道具のマントをかぶる。
 急に俺たちが見えなくなったことに焦った三人が何やら騒ぎながら、駆け出した。

「行ったな。念のために、髪と目の色を変えておこう」
「この色、気に入っていたのに……」

 赤毛と緑の瞳から、焦茶色の髪と同じ色の瞳に変更する。魔道具、便利。
 着替えるのは面倒なので、だぼっとしたローブをはおった。
 シェラは俺と兄妹設定にするらしく、同じ焦茶色の色彩に変更した。

「どうですか?」
「うん、悪くないと思う。髪は三つ編みにしよう」

 手早く、髪を編んでやる。ゴムで留めて、リボンを結ぶ。
 肌に散らしたそばかすと髪型のおかげで、田舎から出てきた兄妹に見えるはず。
 シェラにも色違いのローブをはおらせてやった。

「これでもう俺たちを見つけられないだろ」
「別人ですね!」
「あとはコテツが隠れたらバッチリだな」
「ミャッ?」
「仕方ないだろ。せっかく俺たちが変装しても、可愛いコテツがそばにいたらバレバレだからな」
「ニュ……」

 渋々とローブのフードに潜り込むキジトラ猫。あとで好物のフードをあげよう。

「くそっ! いないぞ!」
「何でちゃんと見張ってなかったんだ!」
「うるせぇ。ちゃんと見ていたけど、急に消えたんだ!」

 冒険者衣装の年若い男たちが罵り合う横をすました表情で通り抜ける。
 こちらに気付いた様子はない。視線を寄越すこともなく、互いを責めている三人をシェラが冷ややかに一瞥する。

「こんなことをするくらいなら、真面目に働けばいいのに」

 ぼそりと小声で囁くようにこぼしている。同感だ。
 景気の良い街なのだから、低ランクの依頼でもいくつかこなせばそれなりに稼げるだろうに。

「それにしても、魔獣の被害も少ない恵まれた土地なのに、きな臭い連中が多いな」
「魔獣の被害がないからこそ、犯罪に走るような連中が多いんだと思いますよ」

 茶褐色の地味な色彩をまとったシェラが、珍しくも辛辣だ。
 だけど、その意見には納得する。
 彼女が暮らしていたのは魔獣や魔物が多い地域で、人が団結しないと生きるのが難しい世界だったのだ。
 集落はもちろん、大森林の外の街でもそうだ。人気ひとけの少ない場所で商隊を狙おうなんて愚か者の所業だ。
 荷を奪う前に、張っていた場所で魔獣の餌になる確率の方が高い。
 
「この街に入る前に私たちを襲おうとした連中もそうですよ。マトモな装備もなく、街道周辺で野宿していたみたいですけど、普通は魔獣やゴブリンに襲われています」
「だなぁ。そう考えると、魔獣や魔物も役に立っていたのか」

 軽口を叩きながら、市場の屋台を覗いていく。
 気になる屋台飯を次々と購入していく頃にはシェラの機嫌もすっかり元通りになっていた。

「まずはお肉です!」
「おう。そこの串焼き肉が旨そうだぞ」
「買います! おじさん、三つください!」
「お、ガレットだ」

 蕎麦畑があったから、実はちょっとだけ期待していた。
 屋台でガレットとは珍しいが、ハムと卵とチーズを使った定番のメニューで旨そうだ。
 ほぼ木の板と変わらないトレイに載せて提供しているようだった。

(使い回しのあれはちょっと衛生的に不安があるから、皿を用意しておこう)

 大きめの木皿を渡して、三人前のガレットを焼いてもらった。
 市場の近くに広場があり、切り株のベンチがあったので、そこで食べることにする。

「ほら、ジュース」
「ありがとうございます!」

 これは市場で買ったものではなく、【アイテムボックス】から、こっそり取り出した。
 コテツも「ごあん!」と鳴きながら、フードから這い出してくる。
 さっそく串焼き肉から食べてみた。

「ん! これはなかなか」
「美味しいですね! 魔獣肉ではないようですが……」
「これは豚肉だな。王国では畜産が盛んなのか?」

 意外と美味しくて、失礼ながら驚いてしまった。味付けは岩塩とハーブ。シンプルながら、焼き加減が絶妙だ。
 こっそり鑑定した結果に驚いた。豚肉!
 よく考えたら、転移させられてから、この国で育った普通の豚肉を口にしたのは初めてだ。

「魔素を含んだ魔獣肉の方が断然旨いが、この豚肉は悪くないな」
「ガレットも美味しいですよ!」
「んみゃっ」

 ベーコンとチーズが絶品だ。このベーコンも豚肉の加工品である。

「グランド王国のグルメ、当たりだったんじゃないか?」
「ですね! あっ、スープも売っているみたい。買って来ます!」
「なら、俺は向こうの屋台で魚料理を買ってくる」

 手分けして、色々な屋台飯を確保した。
 肉があれほど旨かったのだ。期待しながら、スープを口にして、その一口目で吹き出しそうになってしまう。

「なんだこれ……?」
「スープどころか、お野菜の味もしません……まずいです…」

 うっすらと塩味は感じるが、出汁どころか野菜の味がまったく分からない。
 まさか、と思いつつ鑑定してみて絶望した。この国のスープや煮物は野菜を煮て、いったん茹で汁を捨て、味のない野菜を湯に再投入して塩を降っただけらしい。

「そりゃあ味もするわけないよな」
「このお魚料理も臭くてまずくて、食べられたものじゃありません……」
「うわ。酢漬けのゼリー寄せ? なぜ匂い消しを使わない……」

 色々と食べてみて、悟った。
 この国の食文化はなんとなくイギリスに似ているな、と。
 野菜の煮汁を捨てるところとか、なぜか肉料理だけは格別なところが良く似ていた。

「……分かりました。私はお肉だけを食べます」
「朝食は最高って聞くから、楽しみにしよう……」

 なんちゃってイギリス風なら、フィッシュ&チップスを期待したのだが、揚げ物メニューは皆無だった。泣いてない。
 

◆◆◆

更新遅くなりました。
今月末くらいまで、更新頻度は落ちます。
申し訳ないです。

◆◆◆
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