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182. 菓子パンと植物魔法

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 従弟たちからお裾分けしてもらった魚介類をサフェトさんたちに買い取ってもらった。
 元々、貰い物だったので無償で譲るつもりだったが、物々交換となった。
 サーモンやマグロ、カツオにクジラ肉を提供すると、お礼にエルフの里で採れる野菜や果実に薬草などをくれた。
 見たことのない薬草や果実があり、興味深く観察していると、背後からレイが覗き込んでくる。

「ほぅ。この薬草は珍しい。ギルドに持ち込めば、高値で売れるぞ」
「そうなのか?」
「ああ。魔素の濃い場所でしか育たない薬草だからな。この種はダンジョンでも見かけない」
「そんな希少な薬草をいただいていいんですか?」

 遠慮がちに尋ねると、サフェトさんが朗らかに笑った。

「ふふ。里での栽培に成功した薬草なので、問題ないですよ」
「薬草って、栽培ができるのか……」
「いや、この薬草の栽培は難しい。植物魔法が得意なエルフにしか無理だろう」

 希少な薬草はありがたく受け取った。
 その他にも、この里のエルフたちの主食だという果実にはテンションが上がってしまった。

「ふぉぉ…! これは!」
「ん? パンの実か」
「パンの実! すげぇ、初めて見た!」

 レイがパンの実か、と詰まらなそうに見下ろした、ココナッツそっくりの実。
 
「珍しいのか? トーマの住んでいた国にはなかったのか」
「俺の国にはなかったけど、同じ名前の植物はあったぞ。パンノキっての」

 熱帯地域で栽培されていたように思う。
 名前は同じだけど、見た目は少しばかり違っていた。
 地球のパンノキの実は表面に小さな突起があったが、エルフの里のパンの実は椰子の実とそっくりだ。
 ココナッツは硬い殻のような外皮に包まれているが、このパンの実は柔らかい。
 
「ふむ。なら食べ方は知らないのか。貸してみろ」

 ひょいっと俺の手からパンの実を取り上げると、無造作に親指を実の天辺に突っ込んだ。そして、軽々と真っ二つに実を割ってしまう。さすがドラゴン。
 感心するよりは呆れてしまったが。

「みかんの剥き方だろ、それ」
「切るより早いぞ」

 差し出された果肉は、象牙色をしている。見た目は、スポンジに似ていた。

「……このまま食えるの?」
「うむ。パンの実だからな」

 ニヤニヤしながら勧めてくるレイ。面白がっているのは明らかだが、ここで躊躇するのはカッコ悪い。
 無造作にパンの実をこちらに差し出してくる男の手元に顔を寄せて、果肉に齧り付いてやった。
 密度の濃い果肉だ。いや、果肉だが、果物感は皆無だった。果実のような果汁は皆無で、ぼそぼそとした食感の硬めの何か。
 飲み込みにくいので、よく噛んでいると、ほんのり甘みを感じるようになってきた。
 水で流し込むようにして、どうにか飲み込んでみる。

「どうだ? 念願のパンの実の味は」
「んー…不思議な食感だった。まずくはないけど、あのままだと食いにくいな」
「生のままで食べるのは、めったにないですね。私たちは焼いて食べています」

 苦笑しながら、サフェトさんが焼いたパンの実を出してくれた。
 一口サイズにカットされたそれは、見た目はジャガイモに似ている。

「いただきます」

 さっそく、口に放り込んでみると、生の実とは全く違う食感だった。
 生のパンの実はライ麦パンに少しだけ似た味わいだが、焼いた実はもっちりとしたチャバッタと似ている。
 生ハムやチーズなどを挟んで焼き目を付けるパニーニ用のパンだ。
 焼いたパンの実の少し焦げたところが、パリッとした食感で面白い。

「うん、焼いた方がうまいな。たしかに、これならパンの実だと思う」

 ライ麦パンも嫌いではないが、ソフトなパンに慣れ切った身には毎日食べるのはキツそうだ。

「気に入りましたか? たくさんあるので、どうぞ持っていってください」
「ありがとうございます」

 薄くスライスして、パンケーキ風にして食べると美味しそうだと思う。
 ジャムやクリーム、フルーツをサンドしてスイーツとして食べてもいいし、ハンバーグや生ハムなんかを挟めば、食事にもなる。

(ハルあたりが喜びそうだな)

 パンの実なんてファンタジー食材、せっかく異世界にいるのに試さないのはもったいない。

「このパンの実、普通に街で売っているパンよりうまいよな?」
「……そうだな。あれはあまり食いたいものではなかった」

 好奇心旺盛なドラゴンもこっそり街のパンは食ってみたのか。
 酸味が強いハードパンも合わせる料理によっては、あの硬さが生きるのだが──

「だが、私はトーマが出してくれる菓子パンの方が好ましい」
「そっか。じゃあ、また出してやるよ」

 ストレートに褒められると、ちょっと照れ臭い。故郷にほんの味を褒められたら嬉しくなるのだ。

「おかし…ぱん……?」

 ぽつり、と可愛らしい声音が下方から聞こえてきた。見下ろすと、銀髪の幼女が俺の服の裾を引っ張っている。
 いつのまにか、リビングに潜り込んでいたようだ。
 慌ててサフェトさんが声を掛ける。

「こら、ミーシャ」
「いいですよ。……気になる?」

 しゃがみ込んで、同じ視線の位置で声を掛けると、こくりと頷かれた。
 素直でかわいい。
 お茶の時間にちょうど良かったので、【アイテムボックス】に収納していたパンを取り出した。
 菓子パンに惣菜パン、サンドイッチにハンバーガー。
 こんなこともあろうかと、どれもパッケージは剥がして皿に盛り付けてあった。

「わああ……! すごい! いっぱいある」
「好きなパンを食べていいよ。サフェトさんとラーシュさんも一緒に食べましょう」
「よろしいのですか?」
「はい、たくさんあるので」
「……では、遠慮なく」

 テーブルいっぱいに各種パンを並べて、ランチタイムだ。
 外に遊びに行っていたはずのシェラとコテツも素早くテーブルに着いた。
 シマエナガ姿のくせに、メロンパンを丸々一個確保したシェラがピチチチと上機嫌に囀りながら、啄んでいる。
 ミーシャちゃんは悩んだ末にハンバーガーを選んでいた。小さなお口でかじりつく様がリスみたいで微笑ましい。

「私はカレーパンにしよう」

 レイも素早く目当てのパンを掴むと、幸せそうに食べている。
 コテツは甘い物が食べたい気分だったようで、あんドーナツをはむはむしていた。
 サフェトさんはサンドイッチ、ラーシュさんはアップルパイをおそるおそる口にしている。
 エルフの三人は一口食べるや否や、ぱっと顔を輝かせて大絶賛してくれた。

「これがパンなんですか? レイさまがお気に召すのも分かります。とても美味しいです」
「この柔らかな食感……素晴らしいですね。砂糖煮の果実も絶品です」
「はむっ……ふぁぁ…んんっ」

 ミーシャちゃんに至っては言葉にもできないようだ。喜色満面な様子から、美味しいという気持ちが伝わってくるので充分だ。

「それにしても、植物魔法って便利ですね。それぞれの植物が育ちやすい場所が分かるなんて知らなかったです」

 ホットドッグをかじりながら、行儀が悪いけれど会話を続ける。
 昨日、植物魔法が得意なエルフたちが苗やタネを植えるのを見学させてもらったのだ。
 植物魔法は精霊魔法の一種のようで、精霊の力を借りて、植物を育てるらしい。
 精霊たちに伺いを立てて、それぞれが生育しやすい環境を選んでくれるのだ。
 あとは土の精霊が良い土を用意し、水の精霊が魔素をたっぷり含んだ水を与えて、光の精霊で成長を促す。
 普通に育てる場合の三倍は早く成長するらしい。羨ましすぎる。
 が、野菜や果樹は問題なかったが、玄米だけは精霊たちも首を傾げていたらしい。
 初めて目にする植物らしく、戸惑ったようだ。申し訳ない。
 玄米から苗にして、それから地植えするのだと説明すると、精霊たちと相談しつつ挑戦してくれることになった。

(これで、この世界に地球産の野菜や果実が根付いてくれたら嬉しいんだけど)

 食は豊かな方が嬉しい。
 何より、魔素で育った野菜や果実がどれだけ美味に仕上がるのか、楽しみで仕方なかった。
 これだけでも、エルフの里を訪れて良かったと心底思う。

「お待たせしている服は明日には渡せると思います」
「ありがとうございます。楽しみです」

 二個目のあんパンを上品に口にしながら、ラーシュさんが言う。
 服作りは順調で、皆張り切って縫製してくれているようだ。
 日本製の針や糸、ハサミが高性能なので、すいすいと作業が進むと喜んでいた。
 何にせよ、出来上がりが楽しみだった。
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