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168. ふたたびの大森林
しおりを挟むポイント稼ぎとシェラのレベルアップ狙いで挑んだ、アンハイムダンジョン。
途中から黄金竜のレイとも合流し、余裕で下層を目指していたのだが、魔族が最下層に潜んでおり、ダンジョンの氾濫を狙っていた。
ほとんど成り行きで魔族を倒すことになったが、そのおかげでポイントは一気に1億を獲得し、レベルも上がったので結果オーライか。
ともあれ、当初の目的は遂げたのだ。
「ドロップアイテムもギルドに買い取ってもらえたし、そろそろ街を出よう」
借りた土地に設置した二階建てコテージでの暮らしはとても快適で、手放すのが惜しくはあったが、いつまでもここに滞在していても仕方ない。
「次は何処を目指すんですか?」
「そうだな。シラン国は亜人差別が激しいって聞くし、そっちはパスで」
シラン国は勇者召喚を行った宗教国家だ。色々ときな臭いので、あまり近寄りたくはない。
帝国はちょうど従弟たちが向かっているので、俺たちの手は不要だろう。
ならば、残りは──
「王国を目指すといい。あの国のダンジョンも面白いぞ」
「レイ」
端正な口許にうっすら笑みを浮かべる美貌の男を見上げた。
中立派だ、と嘯くわりには小さく弱い生き物に優しいドラゴン。
日本産の食事や娯楽を餌にして、一緒に行動を取ってもらえるのはありがたいが。
「……もしや、またダンジョンに魔族が隠れていないだろうな?」
「知らん。が、可能性はあるかもしれんな」
「お前なぁ……」
「だが、倒せばポイントが増えるのだろう?」
「それはそうだけど」
「それに、レベルも上がる」
「レベルアップはありがたい、すごく」
1億ポイントも本当はすごくすごーくありがたい。だって、1億円分買い放題だ。ショップは限られているけれど。
「そうですよ、トーマさん。美味しいお肉がたくさん手に入るんですから!」
「ぶれないな、シェラ」
「ニャーン?」
「コテツまで。そりゃ、魔道具もゲットできるし、ダンジョンは美味しいよ? でもなぁ、魔族……」
今回は、たまたま勝てたのだ。
こっちをすこぶる見下してくれていたのと、神獣である黄金竜レイを警戒していたために油断を誘えたのだと思う。
(あと、あれだな。創造神の聖なる盾のおかげもある)
魔獣や魔物などの悪意ある攻撃を防げる結界のようなもののおかげで、魔族からの攻撃を躱せることができたのだ。
魔法は弾ける。物理攻撃も。だけど、唯一の欠点として、その衝撃は殺しきれない。
(おかげで、ぶっ飛ばされて岩にぶつかって死にかけたけど!)
ハイエルフの身体能力と丈夫な肉体、ありあまる魔力のおかげで即死は免れた。
意識を失っていたら、ちょっとヤバかったかもしれない。
大急ぎで治癒魔法を発動したため、すぐに動けるようになったが。
結論、魔族はヤバい。
元ハイエルフという種族だけあり、魔法を操る力も群を抜いている。
本来なら、もう二度と近寄りたくない存在ではあるのだが──
(でも、あんなのとアイツらは戦っているんだよなぁ……)
まだ未成年の従弟たちを思い浮かべる。
十七歳、高校二年生。ナツなんて、十六歳だ。ちょっと前まで中学生だったんだぞ?
そんな子どもが全く関係のない世界へ強制的に連れて来られて、邪竜を倒せとか言われて戦わされている。
そりゃあ、トップクラスのアスリートで、そこらの連中よりかは断然強い三人だが、まだまだ親の庇護が必要な子どもなのだ。
「……まぁ、ダメ元で行ってみるか、ダンジョン」
狙うは不意打ち。レイを囮にして、さくっと倒してしまえば良い。無理そうなら、すぐに撤退。ダンジョンボス化すると、スタンピードが起こったとしてもダンジョンの外に出られるのは最後になる。
(つまりは、他の魔物や魔獣が外に溢れきってしまわないうちは、魔族はダンジョンから外に出られない)
スタンピードが起きないようにダンジョン内の魔物を駆除し、倒せそうなら狙い、無理だと判断したら脱兎の如く逃げよう。
幸い、ダンジョンは転移が可能。ズルい? 当然だ。俺は勇者じゃない。巻き込まれたモブなので、そのくらいしか出来そうにない。
少しでもアイツらの負担が減るなら、できることをするまでだ。
幻獣のヒナであるシェラのレベルアップも目的なので、王国行きはちょうど良い。
なにせ、国を移動するには大森林を横断しなくてはならないのだ。
魔獣や魔物が数多く棲息する、魔の大森林へ。
(今回はドラゴンタクシーは使えないから、鍛錬にはもってこいだ)
アンハイムダンジョンでレベル上げを頑張ったシェラは、小さなシマエナガから白銀色のカラスに姿を変えることができるようになった。
魔力を身に纏い、勇ましく魔獣に突っ込んで行く様にはハラハラするが、初級の風魔法を自在に操れるようになっており、とても頼もしい。
「今のシェラなら、大森林越えも可能そうだし、グランド王国へ向かおう」
「はい!」
猫の妖精のコテツもやる気を見せている。
せっかく根付いた庭の畑を置いて行くのは心苦しいが、収穫できそうな野菜だけ確保しようと思う。
◆◇◆
アンハイムの街は、大森林のすぐ側だ。
二階建てのコテージは【アイテムボックス】に収納し、商業ギルドに土地を返す旨を伝えれば、出発準備は完了だ。
ちなみに庭の畑はどうやったのか。コテツが精霊魔法でそのまま収納してしまった。
畑があった場所にはごっそり穴が開いてしまったので、慌てて土魔法で埋めて誤魔化した。
「野菜を捨てずに済むのは良かったけど、精霊魔法も結構チートだよな……」
「てっちゃんは天才だと思いますっ」
「妖精は精霊に慈しまれるものだが……。精霊は猫の妖精にはことさら甘いのだ」
「精霊って猫好きなのか」
まぁ、猫はかわいいから納得だ。
特にうちの子は世界一かわいいから、甘くなるのも仕方ない。精霊とは良い酒が飲めそうだ。愛猫語りがしたい。
レイと俺、コテツは収納スキル持ち。シェラにもマジックバッグを渡してあるので、邪魔な荷物を抱えることなく、軽い足取りでアンハイムの街を後にした。
そうして、そのまま大森林に向かう。
森の中に入って歩くこと三十分。
浅い場所でも、さすが大森林。
次々と襲ってくる魔獣を倒して、ようやく落ち着いたところでシェラは【獣化】スキルを使った。
白銀色のカラスに姿を変えると、俺の肩に止まる。左肩にはキジトラ柄の子猫。右肩には白銀のカラス。
「両手に花というやつだな、トーマ?」
ニヤニヤしながら揶揄ってくるレイを軽く睨み付ける。
「おうよ。羨ましいだろ?」
実際、俺はめちゃくちゃ嬉しい。もふもふだ。右頬も左頬も柔らかな毛皮と羽毛に包まれて、幸せ極まっている。
恍惚としていると、ちょっとレイに引かれてしまった。なんでだ。もふもふだぞ。
「急ぐ旅でもないし、シェラのレベル上げを目標にしよう」
気負いなく、魔素の濃い森の中を進んでいく。
久しぶりの森の中。森林浴を楽しみつつ、身軽く駆け抜ける。せっかくなので、身体が鈍らないようにパルクールで。
興が乗ったのか、コテツも枝から枝へ楽しそうに飛び移る。
シェラも甲高い鳴き声を上げて、器用に木々の隙間を飛んでいく。
レイはと言うと──
「うむ。問題はなさそうだな。少し、周辺を見回ってくる」
空を見上げて、大きく頷くや否や、ドラゴンの姿に変化した。
いつもの巨大な黄金竜ではなく、ダンジョンで変化していたチビドラゴン姿だ。
こちらの方が燃費が良く、小回りがきくことに気付いたらしい。
小さいながらも雄々しく翼を広げるチビドラゴンに声を掛ける。
「しばらく戻って来ないのか?」
『夜には合流する』
「分かった。……気を付けろよ」
『ふ、ふふっ。この私にそんな風に声を掛けるのはお前くらいだ』
楽しそうに笑うと、レイは空高く飛び上がった。
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