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153. 腹が減っては戦はできないので
しおりを挟む本格的な氾濫はまだ先だろう、という黄金竜レイの言葉を信じて、休憩用のテントを設置する。
陽射しが少々眩しいので、タープも張った。タープの下で作業用の台とテーブルセットを出していく。
快適さを優先するなら、タイニーハウスを使うところだが、あいにくここはダンジョン内。
いくらセーフティエリアといえども、ここに家を出すわけにもいかない。
そのため、使うのは日本から持ち込めた愛用のキャンプ道具だ。
もっとも、創造神に祝福されたため、破壊不可、劣化防止に結界機能付きという壊れ性能の魔道具と化している。
「超便利だよな。卓上コンロも使い放題だし」
勇者召喚に巻き込まれた際に車に積んでいた荷物は全て創造神の祝福済み。
コンロの燃料であるガスはいくら使っても減ることはない。これはスマホやゲーム機もそうで、充電不要で使い放題なのだ。
ナツが持ち込んでいるドライヤーも電源なしで使えるらしい。
日本製の卓上コンロは魔道コンロと形状がよく似ており、誰かに見られても便利な魔道具だと誤魔化せるところも良い。
(実際、ダンジョンでは訳が分からないドロップアイテムがあることだし)
魔道トイレは最たるものだ。
まさか、シャワートイレがダンジョンからドロップするなんて、誰も思わない。
(まぁ、あれは清潔快適に暮らすには必須! って俺が創造神を脅したからだよな……)
おかげで、魔道トイレや風呂などはダンジョン経由でこっそりと齎されたのだ。
ダンジョンからドロップした初見の魔道具は、魔道具職人や鑑定士が協力して解析し、実用化させようと日々頑張っているらしい。
是非とも、魔道トイレの再現は頑張ってもらいたい。
それはともかく、空腹が限界だ。
魔力の回復には食事が必須。それも、なるべく魔力を多く含んだ食材なら、なお良し。
手っ取り早いのはやはり魔獣肉料理だが。
【アイテムボックス】内を確認して、ため息を吐いた。
「あー……作り置きの飯がない……」
「なんだと」
『そんな殺生な……!』
「みゅう~……」
二人と一匹に傷付いた、と言いたげな表情を向けられるが、冷ややかに見返してやる。
「お前たちが全部食ったんだけど?」
思い当たることがあったらしく、黙り込んだ。よろしい。
ともあれ、まずは何かを腹に入れなければ、動けそうにない。
「仕方ない。コンビニで仕入れるか」
アラクネのポイントもたくさん入ったことだし、費用は気にせずに買いまくることにした。
【召喚魔法】画面をステータスから立ち上げて、コンビニショップをタップする。
「まずは、すぐに食える飯だな。おにぎり、サンドイッチに弁当、ホットスナック……」
目についた商品を四人分ずつカートに入れて、すぐに会計。【アイテムボックス】に送られてきた品物をテーブルに並べていく。
「おお……! 美味そうだ」
『からあげ……! フライドチキンもありますっ!』
「ごあーん」
さっそく購入した弁当類に飛び付く面々を横目に、おにぎりを食べながら次々と食品をカートに放り込む。
すぐに食べられる物を中心に大量に購入した。
「ん、コレうま」
コンビニ商品は、油断するとお気に入りの取り扱いがいつの間にか終わっており、新商品が入荷されている。
何度も涙を飲んだものだが、今では新商品を楽しみにしていた。
たまにハズレもあるが、大体美味しい。
期間限定とか季節の商品は率先して購入するようにしている。
「どれが美味かったんだ?」
「コレ。新商品のたまごクロワッサン。バターたっぷりのさくさくクロワッサン生地にサンドされた、たまごフィリングめちゃうま」
「なるほど。……む、たしかに美味いな」
『この、和菓子パフェもおいしーです! あんこときな粉ともちもちっとしたのとクリームが素晴らしいです蕩けます』
クチバシを器用に使ってコンビニスイーツを貪り食べるカラスを呆れたようにレイが見やる。
「シェラよ。食べにくいのではないか? なぜ、獣化を解除しない」
当然の疑問だ。
白銀色の美しい鳥はアクアマリンの瞳を煌めかせながら真顔で言う。
『だって、小さな鳥の姿でいた方がたくさん食べられて幸せじゃないですか!』
迷いのない、真っ直ぐな眼差しでの返答に、ドラゴンはなぜか怯んだ。
なぜ、衝撃を受けている?
そこは呆れて突っ込むところだと思うのだが、レイは「その手があったのか」とでも言いたそうな表情でよろけている。
「その手があったのか……」
言った。本当に言いやがった、こいつ。
仮にも神に次ぐ力を有する神獣である、黄金竜が。
「さすが、幻獣のたまご。賢い子だ」
うんうんと頷くや否や、金髪の美丈夫はチビドラゴンに姿を変えやがった。
「…………」
『おお! たしかに、小さな姿だと長く楽しめるな』
人の姿の時には片手におさまるサイズだった照り焼きチキンサンドが、チビドラゴンには両前脚で持ちきれない大きさとなったようで、無邪気に喜んでいる。
ふう、とため息を吐くと、ちょうど湯が湧いたのでカップ麺を食べることにした。
『む、ズルいぞ、トーマ! 私もカップ焼きそばが食べたい』
『私はカップうどんが食べたいです! 天ぷらのやつ!』
すかさず食いしん坊の二匹からリクエストがとんでくる。
「ハイハイ。三分と五分待て。コテツはいらないのか? ああ、かまぼことサラダチキンの方が好きか。じゃあ、これを」
ニャンコの方がよほど健康的なチョイスである。
まぁ、めちゃくちゃ腹が減っている時にジャンキーな食べ物が欲しくなる気持ちは良く分かる。
おにぎり、サンドイッチ、ハンバーグ弁当、カップ麺などでひとしきり腹が落ち着いたところで、肉を焼いていく。
ハイオークの上位種のステーキだ。
分厚めに切り分けて、塩胡椒で味付けてフライパンでじっくりと焼き上げる。
ソースは各種揃えてあるので、お好みで。
サラダやスープを今から作るのは面倒なので、これもコンビニのお惣菜で代用する。
「っし! ステーキ完成!」
コンビニ食品は美味しいが、魔力の回復にはやはり魔物肉が一番。
塩胡椒で焼いただけの肉なのに、口の中に唾液が溢れてくる。美味そう。
お上品にナイフで切り分けるのも面倒で、フォークでぶっ刺して塊肉ごと口に運ぶ。
ワイルドに齧り付き、咀嚼する。溢れる肉汁に溺れそう。塩胡椒だけでも充分美味い。
半分ほど無心で食って、残り半分はガーリックステーキソースで食べた。
腹の中がポカポカとあたたかい。魔力がじわじわと回復していくのが分かる。
チビドラゴンに白カラス、キジトラ柄のニャンコも夢中でステーキを頬張っている。
(ああ、生きている)
生きていることを確認するかのように、ひたすら食って回復をはかりながら、おかわり用の肉を焼いた。
◆◇◆
腹いっぱいになったところで、テント内で休憩。念のため、チビドラゴンのレイは見張り役として外で待機してくれた。
テント内は拡張魔法で広くなっており、それぞれ愛用のベッドを設置して仮眠する。
シェラもようやく人の姿に戻り、くあっと欠伸をしながらベッドに潜り込んだ。
俺も装備を外して、楽な格好になるとベッドに倒れ込む。
腕の中には既に熟睡しているコテツ。まだ生後半年と少しの子猫なのに、無理をさせてしまったと反省する。
(次は七十六階層。そっちも魔獣の数が増えているのか……?)
げんなりとするが、拠点にしているアンハイムダンジョンが氾濫を起こすことは避けたい。
魔族の支配地域が増えるのも困るし、せっかくの我が家が破壊されてしまうのも嫌だった。
顔見知りの冒険者も増えたし、懇意にしている店もある。
逞しく生きる人々が魔獣や魔物に引き裂かれる様なんて、見たくもない。
「……創造神の加護を信じて、こっそりヤるしかないよなー」
所詮、自分は勇者ではないので。
餌なら餌なりの戦い方もきっとあるはず。
「とりあえずは、体力と魔力の回復だな」
目蓋を閉じると、途端に睡魔に絡め取られる。十を数える余裕さえなかった。
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