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92. 野菜の種
しおりを挟む「貨幣が手に入ったし、そろそろ別の集落を目指すか」
二日の商いで、金貨10枚分の稼ぎを得た。初めての行商としては、なかなかの成果だと思う。
「トーマお兄ちゃん、もう行っちゃうの?」
「ああ。俺は行商人だからね。良さそうな物を仕入れたら、また来るよ」
「うん! メイ、美味しいのがいいな」
無心に懐いてくれる幼女は可愛い。
従妹たちを思い出しながら、頭を撫でてやるとゴロゴロと喉を鳴らしている。
兄のオーガストも仕方なさそうに妹を見守っていた。
美味しいものについて、ぼんやりと考えていて、ふと思い出した。
(そう言えば、レイに地球産の植物を増やしてほしいってお願いされていたな)
この世界には資源が少ない。
そのため、創造神は魔素を元に様々な植物や動物を『創造』した。
他の世界──特に地球の影響を大きく受けて、似た植物を生み出したようだが、いまだ種類は足りていないらしい。
『創造神さまはしばらく眠りにつかれる。対になるお方も眠ることになるからだ。勇者たちが力を得るための時間稼ぎになるだろう』
黄金竜のレイはそう言っていた。
創造神が眠りにつくと、邪竜も強制的に眠るのか。
もっとも、人族との争いを扇動しているのは魔族らしいから、勇者達ものんびりとは出来ないだろうけれど。
『なので、しばらくはこの世界に新たな恵みをもたらせないことを心配されていた。代わりにトーマが異世界から取り寄せた、野菜や果物を広げてくれないか』
レイからの依頼は、大森林やその周辺に地球産の野菜や果物の種を撒いて欲しい、ということで。
特にそこまで大変なことでもないので、二つ返事で頷いた。
とりあえずは魔の山ダンジョン前の拠点に作っていた畑や果樹園はそのままにしてある。
魔素の濃い大森林なので、どちらも立派に根付くだろう。
あとは、移動しながら、適当に野菜の種を撒くつもりだった。
食後のフルーツを食べた後で、果物の種を埋めておくのも良いかもしれない。
そんな風に考えていたが。
(集落の人たちに野菜の種を渡して、栽培してもらった方が確実に広がるんじゃないか?)
猫科獣人の集落をあらためて見渡す。
若者達は遠くの街へ出稼ぎに行っており、集落に残っているのは、年寄りと女性、子供たちばかり。
食料は森の恵み頼りと聞いたが、ジューンのように怪我をしたり、病に倒れたら、すぐに飢えてしまう。
狩りに行けない子供や老人たちに畑を作らせれば、少なくともすぐに飢えることはないだろう。
行商人に野菜を買って貰えば、収入にもなるし、悪くないんじゃないか?
「村長に相談してみよう」
◆◇◆
野菜の種を提供すると申し出れば、村長に拝まれるほど感謝されてしまった。
どれも百円ショップで購入した物なので、そこまで大仰に喜ばれると、少し後ろめたくなる。
神獣経由で創造神に頼まれたことだし、無償でこちらからお願いするつもりだったが、お礼に金貨を握らされてしまった。
申し訳ないので、畑仕事に必要な園芸道具を幾つか進呈する。
スコップに草刈り鎌、熊手に鍬、ジョウロ。野菜用の土に肥料に栄養剤。
まさか百均に腐葉土が売っているなんて知らなかった。
畑を耕してもらう間に種を植えておく鉢植えやプランターも大量に用意する。
「さて、渡す種は何にしようかな……?」
召喚魔法の品揃えを確認する。取り扱い店舗にホームセンターが追加されていれば、苗を渡せるのだが、あいにく今のところ使えるのは百円ショップのみ。
とは言え、最近の百均は侮れない。
「ナスにキュウリ、ミニカボチャ、ピーマン。大根にニンジンも外せないよな。サニーレタスとベビーリーフなら子供たちも食べやすいだろう。あとは、トウモロコシ!」
百円ショップで購入した種の他にも、コンビニで手に入れたジャガイモとサツマイモがある。
日持ちする根菜類なら行商人も扱えるはずだ。
種はどれも5セットずつ渡し、栽培方法を書いたメモも村長に預けた。
「ありがたい。子供や老人たちにも仕事が出来た」
「ここの土に合わなかったり、気候の関係で育たない野菜もあるかもしれないけど、どれかはきっと根付くと思います」
貰った金貨分の品は渡しておいた。
今日の内に集落を発つことを村長に告げて、ジューンたちのツリーハウスに向かう。
「トーマお兄ちゃん!」
ツリーハウスの根元でコテツと遊んでいたメイが笑顔で駆け寄ってくる。
身軽く飛びついてくる幼女を抱き止めて、【アイテムボックス】から植木鉢を取り出した。
「これは俺からのプレゼントだ」
「なーに? これ」
「ミニトマトの鉢植えだよ。ここに種を植えてあるんだ」
「トマト! 美味しいの!」
ハンバーガーに挟んであった野菜を、メイはしっかりと覚えていたようだ。
「そう、そのトマトの親戚だよ。小さくて可愛いサイズのトマトが育つんだ」
「小さいのー?」
「小さいけど、トマトよりも甘くて美味しくなるぞ?」
「ほんと! じゃあ、育てる!」
植木鉢は二つ。
近くの川に水を汲みに行っていたオーガストが帰って来たので、手招きする。
「内緒だぞ? お前たちの分だけは、俺が魔法をかけてやる」
小声で念押しすると、小さな兄妹は楽しそうに頷いた。
周囲に人がいないことを確認して、【植物魔法】を使って、種を芽吹かせる。
植木鉢の中央に植えた種から、緑の芽が生えてきて、二人は目を輝せた。
「すごい! すごいね、お兄ちゃん!」
「あっ、こら、メイ! 内緒だぞ、しー」
はしゃぐ妹の口を塞ぐ兄。
どちらも可愛くて、微笑ましい。
コテツがこっそりと【精霊魔法】を放ったことに気付いて、慌てて抱き上げた。
「なーう?」
だめだったの? 不思議そうに小首を傾げられると、うっと言葉に詰まる。
親切心からの行動なのは明らかだったし、何よりうちの子が可愛すぎて。
「ダメじゃないけど、お前の正体がバレたら危ないだろ? 今度からはまず俺に確認しろよ?」
「にゅーん」
ちょっと拗ねたような口調だが、渋々と頷かれた。
猫の妖精の【精霊魔法】のおかげで、トマトの種は立派な苗に成長した。
「あー……オーガスト? ここまで育ったら、後は地植えにした方がいいと思うから、畑作り頑張れよ?」
「オレ⁉︎」
「メイも手伝う!」
「そうか。えらいな、メイ。じゃあ、畑用の道具もプレゼントだ」
オーガストには畑作りの方法を簡単に教えて、スコップや鍬などを手渡した。
もちろん、腐葉土に栄養剤、肥料もしっかり置いてきた。
メイには小さなジョウロをプレゼントする。
「これで、ミニトマトに水をやるんだぞ。かけすぎてもダメだからな?」
トマトは水を少なめに与えた方が美味しくなると聞いたことがある。
まぁ、多少失敗したとしても、魔素が濃い場所の植物は育ちやすいので、後は彼らに任せることにした。
「ミニトマトはそのまま食べても美味しいし、炒め物に使っても良い。煮込めば、うまいスープにもなる」
「メイはハンバーガーを作るよ」
「お、いいな。がんばれ」
ジューンにはトマトソースのレシピを渡しておこう。
美味しくて栄養がたっぷりなので、この世界にもトマトが広がると良い。
◆◇◆
名残り惜しむジューン家の三人に別れを告げて、集落を後にする。
メイが艶々の黒い尻尾を俺の腕に絡み付けて引き止めようとしてきたのには、ちょっと驚かされたが。
きゅっと手首に絡んだふかふかの尻尾の感触に少しだけグッときたのは内緒である。
ガラスの瓶に詰めておいたキャンディーを渡して気を引いている内に、集落から離れることが出来た。
少し寂しいが、また遊びに行けばいい。
【地図自動化】スキルのおかげで、通り過ぎた場所の詳細な地図が分かるようになったので、近くに来た時に寄り道することは出来そうだ。
「あ、そうだ。アイツらにも連絡しておこう。猫科獣人の集落なんて知ったら、アキの奴喜びそうだな」
猫好き仲間の従弟を思い出して、ニヤリと笑う。可愛い黒豹族の兄妹と撮った写真もしっかりとある。
「頑張っているんだろうな。何か、差し入れを送ってやるか」
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