3 / 203
2. 光の向こうは、
しおりを挟む叔父に借りたワゴン車のハンドルを握っていたのは、唯一の成人の俺で。
高校生の三人はそれぞれの席でお菓子を摘んだり、ゲームで遊んだりと久々のドライブを楽しんでいた。
目指すキャンプ地は、とある山中にある。
キャンプ場として開放している場所ではなく、母方の親戚が所有する山が目的地。
コテージというより、山小屋が一軒あるだけの、静かな場所だ。
後々移住を考えている親戚が少しずつ山を開拓しているので、キャンプに適した平地はある。
小屋には寝泊まり出来るスペースと水場、さらにトイレとシャワーが完備してあるため、それなりに快適に過ごせるのだ。
周辺の草刈りと伐採を手伝う事を条件に、ゴールデンウィークの間、山小屋の鍵を借りてきていた。
(ちょうど良い男手が出来たしな。草刈りはアイツらに任せよう)
ソロキャンプの邪魔をされたのだ。
このくらいは頑張ってもらっても、罰は当たるまい。
などと、考えていたのが悪かったのか。
通い慣れた山中、良く知る道路で、ふいに何もない場所で車が大きく跳ねた。
「なんだ……⁉︎」
悲鳴が上がる。
俺は慌ててハンドルを強く握り締めた。
何が起こったのか、分からない。眩しい光に包まれる。
この光は何だ? ヘッドライトではない。光は地面から溢れているようで、訳が分からなかった。
強い力で身体がシートに押さえつけられているようだ。身動き出来ない。
どうにか視線だけでも三人に向けようとしてーー俺は目を疑った。
「お前ら……っ?」
「え? 何だコレ!」
「うそ……。光に呼ばれている……?」
「……くっ…! ありえない、何が…っ」
光に包まれて、三人の身体が透けていく。消えていく。……意味が分からない。
とにかく引き留めなければ、と。
懸命に身体を動かして、どうにか片手を伸ばすことが出来た。
助手席に座っていた秋生に手を伸ばし、その腕を掴もうとした、その瞬間。
衝撃に耐え兼ねたかのように、車がバウンドし、横転した。
「……っ…!」
シートベルトのおかげで、外に放り出されることはなかったが、運が悪く、そのまま一回転した軽ワゴンはガードレールを飛び越えた。
(痛い痛い痛い、体中がめちゃくちゃ痛い…)
意識が戻ったのは、刺すような激痛に促されてだ。身体中がズキズキと痛んだが、どうにか重い目蓋を引き上げることが出来た。
視界が赤いのは、頭か目の上あたりを怪我して血が流れているからなのだろう。
(あの崖から落ちたんだ。怪我をして当然だ……)
車は横転したままだ。崖の下まで落ち切ったのだろう。地面が見える。
何本か、巻き込んでしまったらしい木が、すぐ傍らに倒れていた。
ゆっくりと首を動かして、助手席を確認する。誰もいない。
シートベルトは外れておらず、装着した状態。まるでそのまま抜け出したかのよう。
(血は、落ちてない。大丈夫だ、アキは怪我をしていない……)
身を起こすことは無理そうなので、ルームミラーで背後の二人を確認する。
どちらも見当たらない。シートベルトも同じ状態。
何だアイツら。揃って縄抜けの技術でもマスターしたのかよ。
冗談で紛らわせようとしても、限界だった。痛みは、…良く分からない。
先程までの激痛は何故か冷たい熱のような感覚にすり替わっていた。
自分の呼吸音がやけにうるさく感じる。
(オーケー、現実逃避も止めにする。もう一生分は驚いた。俺は平気だ、たぶん)
ゆっくりと視線を落とし、絶望に瞑目する。
そりゃあ、痛いよなと納得した。
フロントガラスを突き破った片腕くらいの太さの木が自分の胸から生えているんだから。
理解した途端、咳き込んで血を吐いた。
眩暈がする。寒い。ひどく眠い。
アイツらはどうなったんだろうか。心配ではあったけれど、何故か、大丈夫だと心のどこかで誰かが囁いている。
事故の原因となった、あの光の洪水。
恨めしくは思うが、何故だか悪い物だとは思えなかった。むしろ神聖な、静謐なーー…
意識が遠くなる寸前、再び同じ厳かな光に包まれた気がした。
『……ねぇ、起きて。目を覚まして。貴方を生き返らせてあげるから』
耳元で誰かが囁いている。
いとけない、子供のような声音。誰だろう。親戚のチビかな。
一番下は5才の陽奈だったか。いや、男の子の声だから、7才の隆二か。
『僕はヒナでもリュウジでもないよ。いいから起きて。もう痛くないでしょう?』
「……ん、本当だ。痛くない」
ぱちり、と目の前が明るくなる。
仰向けに寝転んでいたようで、見事な青空が視界いっぱいに広がっていた。
ゆっくりと瞬きを繰り返し、そっと起き上がってみる。
「怪我が消えている? 服装も違うし、青空広がる草原に一人っきりで、目の前には喋るケサランパサラン。……ひょっとして俺、死んだ?」
『たしかに死んでいるけども! 僕はケサランパサランじゃないよ!』
ぷんぷんと、憤慨したように飛び跳ねる白い毛玉をじっとりと眺める。
タンポポの綿毛を大きくしたような、白いふわふわ。うん、どう見てもケサランパサランだ。触ってみたい。
『だから違うってば! 僕はこの世界の創造神だよ? 違う世界の魂だからって、もっと敬ってくれてもいいと思うんだけど!』
「違う世界の魂? どういうことだ?」
眉を寄せると、自分のことを神だと自称するケサランパサランが声を弾ませた。
『ここは君が住んでいた地球とは別の次元にある、異なった世界なんだ。似て非なる世界、決して交わらない次元、光の向こうにある世界だよ』
「……どうして、俺がそんな世界にいる? いや、俺は死んだんだったか。今の俺は魂だけの存在なのか……?」
呆然とてのひらを見下ろした。
全く好みじゃない、白いパジャマのような服を着ているのも、死後の世界だからなのか。
記憶にある事故で死んだのは確実として、どうして自分が異世界などにいるのだろう。
ぼんやりと思考を巡らせて、そういえばと思い出す。
「……もしかして、俺と一緒にいた三人も、この異世界とやらにいるのか?」
『正解! と言うか、元々あの三人だけをこの世界を救う勇者として召喚したんだけどねー』
へらりと笑いながら、告げられて。
俺は嫌な予感に顔を顰めた。これはどこかで聞いた覚えのある展開だ。
たしか、中学生の従弟がハマっていたファンタジー小説。人気のライトノベルだと言う、その本の内容を教えてくれたーー…
「まさか。まさかとは思うが、俺が死んだのはアイツらを勇者召喚した結果の巻き添えだった、とか?」
『大正解‼︎ 景品として、貴方を生き返らせてあげるねっ』
ぴょんぴょんと陽気に跳ねるケサランパサランをわしっと掴み、息を吸い込んだ。
「お前が元凶なんじゃねーか!!」
351
お気に入りに追加
2,576
あなたにおすすめの小説

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら
七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中!
※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります!
気付いたら異世界に転生していた主人公。
赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。
「ポーションが不味すぎる」
必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」
と考え、試行錯誤をしていく…

いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

最強陛下の育児論〜5歳児の娘に振り回されているが、でもやっぱり可愛くて許してしまうのはどうしたらいいものか〜
楠ノ木雫
ファンタジー
孤児院で暮らしていた女の子リンティの元へ、とある男達が訪ねてきた。その者達が所持していたものには、この国の紋章が刻まれていた。そう、この国の皇城から来た者達だった。その者達は、この国の皇女を捜しに来ていたようで、リンティを見た瞬間間違いなく彼女が皇女だと言い出した。
言い合いになってしまったが、リンティは皇城に行く事に。だが、この国の皇帝の二つ名が〝冷血の最強皇帝〟。そして、タイミング悪く首を撥ねている瞬間を目の当たりに。
こんな無慈悲の皇帝が自分の父。そんな事実が信じられないリンティ。だけど、あれ? 皇帝が、ぬいぐるみをプレゼントしてくれた?
リンティがこの城に来てから、どんどん皇帝がおかしくなっていく姿を目の当たりにする周りの者達も困惑。一体どうなっているのだろうか?
※他の投稿サイトにも掲載しています。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

異世界楽々通販サバイバル
shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。
近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。
そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。
そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。
しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。
「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる