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〈冒険者編〉
299. ストロベリードリーム 1
しおりを挟むサラマンダーの尻尾肉を使った、サラミソーセージ風ピザとクラフトコーラの夕食を堪能した、翌日。
六十階層の森林フィールドで迎えた朝は、爽快だった。
「良い天気ね! 森林浴を楽しみたいくらい、素敵な気候だわ」
初夏の高原を思わせる、爽やかな風が心地良い。
窓を開け放ち、室内の空気を風魔法で入れ換える。昨夜はクラフトコーラに興奮しすぎて、ポテトチップス祭りにまで発展してしまったのだ。
「うすしお味、コンソメ風味も美味しかったけど、ガーリックパウダーのポテチがおいしかったのよね……」
エドもガーリック味が気に入ったようで、ついついパウダーを散らしすぎてしまい──朝になって、気付いた。ニンニク臭に。
「ここまで強い匂いだと、浄化魔法でも残っちゃうのね。知らなかった……」
コテージの窓を全て開け放ち、風魔法を駆使したおかげで、どうにかニンニクの香りはしなくなったように思う。
「昨夜はこってりした物ばかり食べちゃったから、今朝はさっぱりとしたご飯にしよう」
冒険者稼業のおかげで、たくさん食べても肥満とは無縁の体型だけど、油断はできない。
五十七階層でドロップしたヨーグルトで朝食にすることにした。
ヨーグルトに乾燥したデーツの実を和えた物と、ナッツとドライフルーツ入りのグラノーラを用意する。
ドリンクはハーブとレモンを入れたデトックスウォーター。
ナギはこれで充分だが、エドはテーブルを眺めたらショックを受けそうだ。
「エドの席には、お肉を追加しておこう」
収納リストを確認して、作り置きの唐揚げをそっと並べておくことにした。
コッコ鳥、コカトリス、ワイバーンの唐揚げの作り置きを【無限収納EX】にはしっかり確保してあるのだ。
朝食の準備を終えた頃、エドが日課にしている早朝の鍛錬から戻ってきた。
「おかえり、エド」
「ん、ただいま。……匂いが薄くなったな」
「空気を入れ換えてみたの。まだ匂う?」
「いや、もうほとんど気にならない」
汗や汚れはコテージに入る前に、浄化魔法で落としてきたのだろう。
さっぱりした様子のエドと二人で、朝食を楽しんだ。
◆◇◆
「森林フィールドは久しぶりだな」
「そうね。せっかくだし、のんびり採取しながら進みたいわ」
日当たりも悪くなさそうな、良い森林だ。こういう場所は植生が豊かなことが多い。
果樹はもちろん、薬草やハーブの採取に期待が持てる。
なにせ、ここはナギの欲望が詰まった食材ダンジョンなのだ。
「俺はどんな魔獣が棲息しているのか、そっちが気になる」
「うん、エドには周辺の警戒をお願い」
あまり強くなくて、それでいて美味しいお肉だと嬉しいな。なんて考えながら、のんびりと森を歩いていく。
冒険者稼業は三年目。十歳で魔境と恐れられる大森林を踏破した二人には、ダンジョン内の森林はむしろ歩きやすい。
その性質からか、この世界のダンジョンは下層への道筋が分かりやすい。
迷宮や迷路のイメージが強かったアキラなどは、最初はかなり困惑したようだ。
(この世界では、ダンジョンは創造神サマが与えてくれた、大切な資源が手に入る場所だものね)
食料はもちろん、鉱石などの資源。豊かな暮らしを送ることのできる、便利な魔道具など。
もちろん、それらを手に入れるためには魔獣や魔物を倒す試練を乗り越える必要がある。
努力して勝ち取った者だけが、富や豊かさを手に入れることができるのだ。
「ダンジョンを作った神さまも、どちらかといえば攻略をして欲しがっているようにしか思えないのよね」
二人が歩くのは、森の中の小道だ。
そう、人が管理しているはずのないダンジョン内なのに、ちゃんと通り道が作られているのだ。
なので、大森林を経験したことのある二人にとってこのフィールドは散歩道に近い。
「景色も良いし、ベリーや薬草、ハーブもたくさん生えているわね」
「農園か?」
「ダンジョン農園? ふふっ、いいわね、それ」
ブルーベリーを摘み、錬金素材になる薬草を採取しつつ進んでいくと、ふいに開けた場所に出た。
日当たりの良さそうな土地の一角に、緑と赤が見えた。目に鮮やかな色彩に釣られて、何となくそこに足を向けると──
見知った果実が、そこにあった。
「……え? まさか、これは」
「いちご、か?」
ラズベリーとは全く違う。見慣れた、大粒のいちごが実っていた。
「夢かな?」
疑心暗鬼になりながらと、そっと【鑑定】してみると、間違いない。いちごだ。
つやつやの宝石のような実を一粒、そっと指先で摘み上げてみる。
鼻先をかすめる香りは間違いなく、いちごのそれだ。
エドもおそるおそる、いちごを摘んだ。
はぷり。いちごを口に含む。そっと歯を当てると、甘酸っぱい果汁が口の中に広がった。
ああ、いちごだ──
懐かしい味に、涙が滲みそうになる。
「これ、日本で食べた味にすごく似ている気がする」
以前に、ラヴィルからお裾分けしてもらった、ダンジョン産のいちごも美味しくはあったけれど、酸味が強かった。
単品で食べるよりも、タルトやケーキに添えたり、ジャムに向いた味だったように思う。
「でも、このいちごはそのまま美味しく味わえる」
「ん、これだけで充分うまい。こんなに甘いベリーがあるなんて知らなかった」
二人は夢中で、いちごを摘んだ。
採取用のカゴに摘みつつ、半分は自分たちの口に放り込んでしまう。
それほどに美味しかったのだ。
「六十階層は、このいちごのためだけに通いたくなるわね」
「むしろ、三日は滞在して採取しまくりたい気分だが」
エドがそんな風に口にするのは珍しい。
甘くて美味しい果実を好んで食べることはあるが、ここまで執着を示すことは滅多になかったので、まじまじと眺めてしまった。
「意外ね。そんなに好きだった?」
「……嫌いじゃない。あと、いちごがあれば、ショートケーキが楽しめるだろう」
ぼそりと告げられた一言に、納得した。
特別な時だけに食べようと決めた、クリームたっぷりのケーキ。
いちごがなかなか手に入らなかったので、ブルーベリーやラズベリー、その他のフルーツで飾り立てて食べていたのだが──
「やはり、ショートケーキはいちごでなければ」
「ふふ。そうだね。いちごのショートケーキは特別だもの」
ナギだって、いちごのショートケーキは大好物なのだ。
もちろん、ショートケーキだけでなく、いちごサンドやいちごパフェ、タルトにパイも作ってみたい。
「うん、三日! ……はさすがに長すぎるから、もう一日だけ滞在して、いちごを採取しよう」
「ん、そうしよう。匂いは覚えたから、いちごを探すのは任せてくれ」
とても心強いセリフに、ナギは破顔した。
◆◇◆
そんなわけで、もう一日。
六十階層に滞在して、いちご狩りを満喫することになった。
ちなみに、この森林フィールドに棲息していたのは、ジャイアントロップイヤーという巨大なウサギの魔獣だ。
かなりの大きさを誇っており、初めて目にしたナギはシロクマと見間違えてしまった。
美しい毛皮と美味しいお肉をドロップする、愛らしいたれ耳ウサギは、ほわほわの外見を裏切って、とても強かった。
植物魔法を使うようで、地面から太い木の根が鞭のように襲い掛かってきた時には、生きた心地がしなかった。
エドに小脇に抱えられて、逃げることができたが、後で反省した。
植物魔法に土魔法を融合させた攻撃は厄介だったが、魔法ならばナギの方が強い。
風魔法で盾をつくり、水の刃でその頸を落とした。
「魔石と肉、毛皮がドロップしたぞ」
「ん、ありがとう。エド、さっきはごめんね。助かったわ」
「いや、俺もいちごに夢中で、気配に気付くのに遅れてしまった。すまない」
「二人ともウッカリしていたわね」
次からは気を付けよう。
毛皮はかなり大きく、色艶もとても良い。これは良い値で引き取ってもらえそうだ。
ドロップしたのは、モモ肉でかなりの大きさを誇っている。ハーブと一緒にローストすれば美味しそうだと思う。
「……それはそれとして」
「ああ。ナギも気になるよな、これ」
先程、ジャイアントロップイヤーが植物魔法を使った、その足元に実っていたいちごが、やけに大きく育っている。
普通サイズのいちごと比べても明白だ。
「ついさっきまでは、普通の大きさだったよね?」
「ああ。これを採取しようとしたところに、襲い掛かられたからな」
ということは、植物魔法を浴びて巨大化してしまったのだろうか。
念のために鑑定で確かめてみたが、大きいだけで、中身は普通のいちごだった。
りんごサイズまで育ったそれを、せっかくなので採取することにした。
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