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〈冒険者編〉
294. 五十七階層
しおりを挟む白黒マダラ模様のジャイアントカウからドロップしたのは、なんとチーズだった。
オレンジに近い黄色のチーズを鑑定してみたが、クセがなくマイルドな味わいとある。
「見た目もチェダーチーズにそっくりね」
『チェダーチーズ! ハンバーガーやサンドイッチに挟んでいるやつですよねっ? やった!』
無邪気に喜ぶ黒狼。
チェダーチーズは使いやすいので、ナギとしても嬉しかった。
アキラの言う通り、チーズバーガーやミックスサンドに使うのが良さそう。
「グラタンにも合うと思う。食パンにのせて焼いても美味しそうじゃない?」
『美味しそうです! 食べたいです、センパイっ』
「今日はピザトーストって言ってなかった? じゃあ、このチーズを使ってみようか」
『やったー! じゃあ、俺いっぱい狩ってきますねー』
「あ……行っちゃった……」
止める暇もない。
あっという間に広大な草原を駆け回って、巨大な草食魔獣に向かっていってしまった。
「まぁ、いいか。上質のチーズがたくさん手に入るのは嬉しいし」
しかも、このチーズ。大きなホールのままドロップするのだ。
両手でかかえあげると、ずっしりとした重さを感じて、ナギは笑みを浮かべた。
これは食べ応えがありそう。
たまに向かってこようとするジャイアントシープやサイの魔獣は容赦なく風魔法で真っ二つにしていく。
そこへ巨大な水牛の魔獣が現れた。
「これは見るのも初めてね。……もしかして」
これまでのパターンから予想し、少しの下心を抱えながら、ウインドカッターで頸を落とす。巨体がゆっくりと地面に倒れた。
水牛の魔獣が姿を消し、アイテムがドロップする。
「やっぱり……!」
狙い通りのドロップアイテムにナギは破顔する。
真っ白の大きな塊は魔力の薄い膜に包まれており、ナギは崩さないようにそっと抱え上げる。
念のために鑑定してみたが、期待通りの結果だった。
「水牛のモッツァレラチーズ! カプレーゼにピッタリの!」
スライスしたトマトにチーズを挟むカプレーゼはナギの好物のひとつだが、モッツァレラチーズは残念ながら手に入りにくい。
なので、カプレーゼを食べたい時にはナギは手作りのモッツァレラチーズもどきを作っていた。
牛乳とお酢があれば、簡単に作れる。
だが、やはり味は牛乳よりも水牛の乳の方がコクがあって美味しいと思う。
「フレッシュタイプのチーズだから、本来なら保存が難しいけど……。ダンジョンドロップアイテムなら、魔力の膜に包まれていて、これを剥がさない限りは保存が可能。これも良い価格で売れそうな予感がするわ」
ならば、冒険者ギルドへのお土産として、いくつか多めに確保しておこう。
もちろん、自分たち用にもたくさん狩るつもりだ。
加熱すると、とろけるモッツァレラチーズもピザやグラタンとの相性が良い。
水牛の魔獣──ウォーターバッファローはモッツァレラチーズと魔石、ツノをドロップする。
鑑定によると、このツノは煎じると熱冷ましの薬になるらしい。
「美味しいお肉は落とさないけど、水牛の魔獣は当たりじゃない?」
魔石は水属性。チーズもツノもそれなりの価格で引き取ってもらえそうなので、ナギは遠慮なく狩ることにした。
◆◇◆
お腹が空いた、と黒狼が戻ってきたので、昼食にすることにした。
この五十七階層の草原フィールドは牛や羊、サイ系の魔獣が犇いており、乳製品のドロップ率がやたら高い。
「チーズがたくさん手に入って嬉しいけど、本当にダンジョンのドロップシステムが謎すぎるわ……」
素材をそのまま落とすのならば分かるが、蜂蜜やスパイス類は瓶詰めされているし、酒やミルクは樽詰めでドロップする。
チーズも一種類だけでなく、あらゆる種類のチーズがアイテムとしてドロップしていた。
フレッシュチーズだけでなく、セミハード、ハード系。
白カビに覆われたホワイトチーズに青カビを繁殖させて作るブルーチーズまで、このダンジョンはドロップしたのだ。
「リコッタチーズにマスカルポーネ、日本人に馴染みやすいゴーダチーズまであって嬉しいけど」
『ゴーダチーズ?』
「プロセスチーズの原料よ」
『ああ……! たしかに、いちばん馴染んでいたかもです。懐かしいなー』
詳しいですね、と黒狼に感心されてしまった。
元々、食べることが好きなのだが、一時期チーズにハマってしまい、あらゆる種類のチーズを食べ比べていたことがあったのだ。
(輸入物のチーズで破産しそうになったから、諦めたけど……)
極めると楽しい世界なのだ。
おかげで、チーズを使った料理のレシピはたくさん覚えている。
本日ドロップした中にはイタリアチーズの王様と呼ばれる、パルミジャーノレッジャーノと似たものまであった。
ブランド認定されたものだけに刻印が押されるという、アレである。
熟成期間は最低でも一年間。長いものだと五年間熟成したものもあるという。
旨味が凝縮された濃厚なチーズで、日本では粉チーズとして知られている。
「すりおろして食べようかな。もったいなさすぎるもの」
思わぬ高級チーズのドロップに、ナギはだらしなく笑み崩れてしまう。
『……センパーイ?』
「はっ! 何でもないわ。お昼ご飯よね。ちょっと待っていてね」
焦れたアキラに鼻先で突かれてしまった。
大きな黒狼姿だった彼は、今は小さな仔狼姿だ。小さい方がたくさん食べた気がするから、とのことで食事時はこの姿でいることが多い。
お腹を空かせた相棒のために、ナギは大急ぎでランチの準備に取り掛かった。
本日のランチは仔狼リクエストのピザトーストだ。
食パンは少し厚めに切って、具材をのせチーズを散らす。
魔道オーブンで少し焦げ目がつくくらいに焼き上げると完成だ。
二人とも魔力を使って空腹なため、たくさん作っておく。
ピザトーストを焼いている間、ワイバーンの唐揚げも揚げた。
モモ肉と皮膜部分の唐揚げは醤油風味に仕上げてある。すりおろしたニンニクと生姜でしっかり揉み込んでおいたので、美味しくなっているはずだ。
「完成! 食べよっか」
『んーっピザの良い香り! いただきまーす!』
トロトロにとろけたチーズに顔を突っ込むようにして、仔狼がピザトーストをがつがつと食べる。
『んまっ! 熱いけど、とまらなーい!』
合間にワイバーンの唐揚げを挟みながら、幸せそうに昼食を堪能している。
ナギも負けじと箸を伸ばした。まずは、ワイバーンの唐揚げを。
「んっ。肉の味がしっかりしているね、さすがドラゴンの眷属」
柔らかいはずのモモ肉だが、ワイバーンのそれは弾力があって、肉の味が濃い。
丁寧に咀嚼して、次は皮膜の唐揚げに手を伸ばす。鶏皮せんべいに似た食感だが、旨味が凝縮されており、思わず声を上げてしまうほど。これは美味しい。
「んん…ッ! 止まらないわ、これ」
『ああー……これでビールが飲みたいぃ』
「分かる……あと二年の我慢よ」
もはや呪文のように、二人で「あと二年」を繰り返して気持ちを落ち着けた。
ふぅ、と息を吐いて、クールダウンのためにピザトーストを頬張る。
「んふっ。これは……」
今朝食べたピザと比べても、チーズが群を抜いて美味しい。
『チーズ、濃厚ですよね? さすが食材ダンジョンのチーズ。これはアレを試したくなりませんか、センパイ』
「チーズを余すところなく堪能する、アレね? そのうち挑戦しましょう」
これだけ上質のチーズを使った、チーズフォンデュなんて美味しいに決まっている。
ラクレットも絶対にやりたい。切り口を温めて、皮がトロっと溶けたチーズを削ぎ落として料理にかけて食べるのだ。最高すぎる。
「美味しいチーズ料理を楽しむためにも、今日はこの階層で野営することにして、たくさん狩りましょうね」
『フロアボスがチーズをドロップしなかったんですもんねー』
そう、のんびり昼食を楽しんでいる、この場所はフロアボスを倒し、セーフティエリアと化した広間だ。
大型の牛系魔獣がフロアボスだったので、てっきり高級チーズがたんまりドロップされるかと思ったのだが。
「まさかのヨーグルトだったのよね。まぁ、ヨーグルトも好きだから嬉しいけど」
大型ジョッキサイズのガラス瓶に詰まったヨーグルトは既に【アイテムボックス】に収納してある。明日の朝食時に味見する予定だ。
ドロップしたのは、ヨーグルトと魔石、ポーチ型のマジックバッグだった。収納容量は幌馬車四台分。これは後でナギが改造する予定である。容量を倍にすれば、かなりの儲けが見込めそうだ。
「魔石とマジックバッグを売れば、かなり稼げそうだし、私たちは心置きなく食材をゲットしましょう!」
『おー!』
そうして、贅沢に高級チーズをたっぷり使った料理を堪能するために、二人はせっせと五十七階層の魔獣を殲滅した。
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