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〈冒険者編〉

285. 指名依頼ふたたび 4

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「わぁ……! 人がたくさん集まっているのね」

 ハイペリオンダンジョンは大陸の半分を占める大森林の中にある。
 魔素が濃く、魔獣や魔物がひしめく土地だと恐れられてはいるが、このダンジョンに関しては、比較的浅い場所に発生していたため、開発は可能と冒険者ギルドに判断された。
 そして、そのダンジョンに一番近い集落が、ここ猫科獣人たちの集落だった。

 以前、師匠たちや『黒銀くろがね』のメンバーとダンジョン調査に訪れた際には、もっと閑散とした集落だったように思う。
 樹齢百年以上とおぼしき大木をツリーハウスにして暮らす住民は、女性や子供、老人たちばかりで、細々と田畑を耕して生きていた。
 若者や男たちはよその街に働きに出ているのだと教えてもらった。
 立派なツリーハウスはとても魅力的だったが、皆どこか諦めたような、疲れた表情をしているのが印象的だった。

 それが、今や百人以上の人々で賑わう場所に変わっていた。
 目立つのは開発のために大森林を伐採し、土地をならすために雇われた人々の姿だろう。
 次に大工や木工細工師などの職人たち。そして、その護衛役の冒険者たちの姿がちらほらと散見する。

 ハイペリオンダンジョンに一番近い集落である、この地をまずは最初の拠点とすることが決まったのだとギルドでは説明を受けてはいたが──

「これは凄いな」
「圧巻だね」

 集落に拠点を作るため、周辺の木々は伐採され、あちこちにテントが組まれている。
 一番大きなゲル型のテントが、臨時の冒険者ギルドとして稼働しているようだ。
 ギルドを表す盾と剣のマークの刺繍が施されており、分かりやすい。
 その周辺に点在する二、三人用のテントは職人用なのだろう。
 あとはタープで天井だけを覆った天幕が幾つか設置されており、臨時の作業場や荷物置き場として使われているようだった。
 皆、忙しなく立ち働いており、とても活気に満ちている。
 
「まずは、ギルドのテントに行こう」
「うん。預かった荷物を渡さないとね」

 臨時の冒険者ギルドのテントには職員が三人いた。
 初老の男性二人と二十代に見える女性で、物資を運んできたと告げると、あからさまにホッとされた。

「おお、君たちが! 助かったよ」
「とにかく大急ぎで本部を立ち上げたからねぇ。物資が足りなくて困っていたんだ」
「こちらに運び込んでもらえますか?」

 温厚そうな二人の男性だが、がっしりとした体格をしており、手の皮も厚い。おそらくは、元高位冒険者なのだと思われた。
 メガネをかけた事務方の職員はいかにも仕事ができそうな女性で、さっそく荷物置き場へと促された。
 きびきびと案内された空き地に移動すると、運んできた荷物の中にあった一際大きな魔道テントの設置を頼まれる。

「俺がする。ナギは荷物出しを頼む」
「分かったわ。お願いね、エド」

 東の冒険者ギルド所有の魔道テントは空間が拡張されており、小さな体育館くらいならすっぽり入りそうなほど立派な物だ。
 おそらくはダンジョンドロップ品。
 虎の子を貸し出すとは、かなりこのダンジョンに重きを置いてくれていると見た。
 三十人ほどがゆったりと寝泊まりできそうな魔道テントは重宝されているが、設置する前の折り畳まれた状態でも、かなり嵩張り、重量がある。
 そのため、収納スキル持ちのナギに運搬依頼がきたのだ。

「このテントはギルド管理の物資用倉庫として使います。依頼された荷物をこちらに運び込んでいただけますか?」
「はい。置き場所が決まっているなら、指示をお願いします」
「助かります。では、まずこちらの一角に資材を」

 女性職員に説明されるままに荷物を下ろしていく。重い物はエドが率先して運び、並べてくれた。
 二十分ほどの作業で倉庫の補充は完了する。
 何を何処に置いているのか、リスト作りは女性職員に任せて、二人は手に取りやすいように物資を積み上げた。
 こういった作業にはナギの前世の記憶が大いに役立った。備品管理は事務職員として経験済みで、お手のものだ。
 おかげでとても分かりやすいと、ギルドから派遣された三人の職員たちには大いに感謝されてしまう。

「それにしてもこんなに収納容量の多いマジックバッグをお持ちとは驚きです」

 まじまじとショルダーバッグを眺めながら褒められて、ナギはにこりと微笑んでみせた。

「はい! ここの食材、じゃなくてハイペリオンダンジョンで手に入れたんです。とっても便利なんですよ」
「そう言えば、お二人はこのダンジョンの発見者でしたね」
「そうだったな。今回は『黒銀くろがね』のパーティも参加してくれているぞ」
「皆さんが?」

 それは初耳だ。
 今回も彼らは開発チームの護衛として参加しているようで、交代でダンジョンアタックにも挑戦する予定だという。

「後で挨拶に向かいますね」

 エイダン商会から預かった荷物もギルドが纏めて購入した品なので、ひとまず主目的は達したことになる。
 あとは、商会が手配した調理人のお手伝いを数日すれば、自由に行動ができるのだ。
 
「君たちはテントはあるのか? 無いのなら、雑魚寝にはなるが、ギルドの天幕を使うといい」
「あ、大丈夫です。テントがあるので」

 男性職員が勧めてくれだが、二人には魔道テントがある。
 さすがにこの場所でコテージを出すつもりはないので、数日はテント暮らしをするつもりだ。

 エイダン商会でのお手伝いの打ち合わせもあるので、ギルド職員とはそこで別れて集落を歩くことにした。

 以前、この集落を訪れた際にはギルドの馬車と馬を預かってもらった。
 厩を管理していたのは年配の男性だったが、通りがかりに覗いてみると、こちらも忙しそうに立ち働いていた。
 預かっている馬は十頭近くおり、その世話に余念がない。
 仕事があって嬉しそうだ。

 こういう時にギルドはお金をケチらずに仕事を回してくれる。
 なにせ、ダンジョンは資源の宝庫。
 危険ではあるが、一攫千金のチャンスもある夢のような場所なのだ。
 冒険者はもちろん、周辺の街も潤してくれる。それはダンジョンが一般冒険者に解放される前の、開発期間であっても同じこと。

 冒険者ギルドのテントには続々と人が押し寄せている。
 開発には人手が必要だ。
 現地や周辺にも大々的に募集をかけたため、大勢の出稼ぎ目的の人々が押し掛けてきていた。
 集落から離れた土地で働いていた猫科獣人の若者たちも続々と戻って来ているようだ。
 以前とは比べようもないほどの活気に満ちた故郷の光景に、彼らは目に涙を浮かべて喜んでいる。

「周辺が開発されたら、ここはもっと賑やかになるぞ」
「もう出稼ぎに出る必要もなくなるな」
「若い奴らはダンジョンで。年寄りや女子供は店や宿屋で働ける」

 皆、ダンジョンでの街おこしを歓迎しているようだった。
 それはとても微笑ましく頼もしい光景ではあったが。

「……でも、この人数分の食堂を回すのは、すごーく大変じゃない?」
「幾つか屋台もあるようだが、たしかに大変そうだな……」

 憂鬱そうなナギの表情に気付いたエドも、不安げに眉を寄せている。
 嫌な予感を抱えたまま、二人はエイダン商会の臨時支店を訪れた。
 途端に、涙目の従業員に抱きつかれてしまう。

「お待ちしていましたっ! 救世主さま!」

 疲れきった表情の商会の人々がぱあっと顔を輝かせる。
 疲労困憊といった様子に、ナギはエドとそっと視線を交わし合った。

「……お邪魔しましたー」
「いやぁぁぁ! 帰らないでくださいいぃぃ!」

 しがみつかれるが、気にせず二人はすたすた歩く。
 冒険者の体力を舐めないでいただきたい。このくらいの重しは余裕だ。
 が、さすがに五人も引きずってだと歩きにくい。
 大の大人に泣かれるのも、ちょっと嫌だ。
 ナギは大きくため息を吐くと、仕方なく足を止めた。
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