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〈冒険者編〉
270. 前世の年収以上です
しおりを挟む「んっふっふ~」
上機嫌なあまり、鼻歌混じりにステップを踏んでいたようだ。
エイダン商会が所有する高級レストランを後にしたナギはエドと並んで中央区の本通りを歩いていく。
「機嫌が良さそうだな、ナギ」
「そりゃあ、もう! 当初予定していた以上にレシピを買い取ってもらえて、最高の気分よ」
「思った以上に高額だった」
「そう! それも嬉しいよね」
レシピはひとつにつき、金貨10枚で売れた。日本円だと百万円の価値となる。
そんなに? と驚くナギに、商会長のアントニオは申し訳なさそうにレシピの通りの調理パフォーマンスをお願いしてきた。
快く頷いたナギにアントニオは大喜びで銀貨2枚の追加報酬を番頭に申し付けていた。
「アントニオさん、太っ腹だったよね」
「まさか、俺にも銀貨を握らせてくれるとは思わなかった」
「ふふ。ちゃんと対等に商売相手として見てくれているみたいで嬉しいよね」
ステーキソース、焼き肉用のタレ、トンカツソース、ケチャップ、マヨネーズ。
ナギはこの五種類のレシピを記した紙の束をエイダン商会に売った。
これだけで、金貨50枚の儲けだ。
また、それぞれの作り方を料理人の前で実演したことで、銀貨10枚も手に入れた。
半日ほどの働きで、前世の年収より多い金額を稼いでしまった。
エドもパン職人を相手に食パンとバゲット作りの実演を頑張った。
二種類だけだが、彼の方が大変だったらしい。
「パン酵母の作り方から説明したんだが、質問が多すぎて……なかなか先に進まなかった」
ダンジョンではどれだけ魔獣を狩っても、これだけ疲れたエドを見ることはなかったので、ちょっと新鮮に感じる。
「まぁ、この世界では天然酵母を使ったパン作りはされていないからね……」
生地を寝かせて発酵させる、の説明にも困ったようだ。
膨らんだ生地を見せて、焼いたものを食べさせたら大いに納得してくれたらしいが。
「でも、エドがあんなに頑張って研究したパン種の作り方を教えてあげても良かったの?」
パン作りをエイダン商会に任せるにあたって、最初はパン種を商会に販売する予定だったのだ。
ナギは簡単な作り方を教えただけで、色々な果物を使って実験を繰り返して、美味しいパンになる酵母を作り出したのはエドなのだ。
せめて、その努力を還元してもらえば、と考えていたのだが。
「休みの日ごとに、酵母作りにかかりきりになるくらいなら、作り方を最初から教えておいた方がいい」
小銭を稼ぐよりも、休日に自由時間が増える方が嬉しいらしい。それもそうか。
「そうだったね。私も楽がしたかったから、レシピを渡す決意をしたんだった」
レシピを高値で買い取ってくれ、実演にもお金をくれた。
そして、何より嬉しいのは──
「使用料を取らない代わりに、毎月たっぷり仕上がったソース類を分けてくれるなんて!」
2リットルサイズの甕一杯分、無料で進呈することを、アントニオが確約してくれたのだ。
味を見てもらう、という意味もあるらしいが、そんなの大歓迎に決まっている!
「料理人さんたちもやる気に溢れていたし、そのうちオリジナルな調味料も作ってくれると嬉しいな」
アレンジ大歓迎だと、アントニオには伝えてある。色々なソースを味わえるのが、今から楽しみだった。
「ついでにミヤさんが作った調理器具も売り込んでいたな、そういえば」
「えへへ……。だって、あれば便利でしょう?」
泡立て器は手動、魔道具共にあると便利だと思います。
魔道ミキサーもソース作りには役に立つ。
「マヨネーズ作りは特に大変だもの。ミヤさんのドワーフ工房はしっかり推薦しておいたわ!」
ナギ提案、制作ミヤの調理器具と魔道調理具は売れると何割かが、次回の開発資金に当てられるようになっている。
最近はエドや仔狼が考案した、アウトドアグッズの制作にも取り掛かっており、冒険者に人気だという。
「今回渡したレシピの商品の売れ行きが良かったら、また他のレシピも買ってくれるってアントニオさんも言ってくれたし。楽しみだよね!」
地味に面倒な片栗粉作りを、ぜひ商会にはお願いしたい。
あとは冒険者の軽食用のグラノーラバー。
オーツ麦や小麦粉を蜂蜜やメープルシロップで味を付けたグラノーラ生地にナッツやドライフルーツを混ぜて焼き固めた、携帯食にもなるバーを是非とも売り出してもらいたい。
食材ダンジョンで採取できるデーツは栄養価が高く、美味しい上に魔力をたっぷりと含んであるのだ。
ギフトや魔法を使い、空腹になった身にはポーションよりも良く効く美味しい軽食になる。
「あれは絶対に売れるもの。軽くて嵩張らないし、冒険者はもちろん旅人にもぴったり!」
一応、試食用としてグラノーラのカロリーバーはアントニオとコック長には渡しておいた。
三日後に、もう一度料理人たちに指導に行く約束なので、その時に交渉するつもりだ。
「片栗粉は唐揚げのレシピと一緒に売り込めば良いよね?」
「ん、目端のきく商人なら絶対に食い付くと思う。俺もパンのレシピを書き出しておこう。次はロールパンか、クロワッサンか……」
「コッペパンも良いかも」
「……それは、屋台食に良さそうだ」
何せ、ここはダンジョン都市。
冒険者は手軽に食べれて美味しい屋台食の常連なのだ。
コッペパンを大量に焼いてもらえるなら、たしかに屋台向きになる。
ソーセージを挟んだホットドッグに、ハムや卵のサンド風。焼いた肉やカツ、ツナマヨももちろん合うだろう。
生クリームとフルーツをサンドしてデザートにしても良い。
手軽で美味しくて、お腹も膨れる。歩きながら食べられるのもポイントが高い。
「……売れそうだな。コッペパンのレシピにしよう」
「屋台に出回るようになったら、一緒に食べに行こうね、エド」
「ああ。そうしよう」
臨時収入で暖かい懐にほくほくしながら、二人は可愛い居候が待つ我が家へ、足早に帰宅した。
◆◇◆
「ただいま、コテツくん!」
『おかえりにゃ』
屋敷の前の家庭菜園で、猫の妖精のコテツがせっせと働いている。
子猫二匹と共に世話になっているから、と得意の植物魔法を駆使して野菜や果樹の面倒を見てくれているのだ。
精霊たちもお気に入りの猫のために力を貸してくれるようで、野菜や果物は豊作だった。
今日も新たな収穫物を手にしたキジトラ柄の猫が誇らしげに胸を張っている。
『ダンジョンでとってきた、イモ! いっぱい収穫した、にゃっ!』
「ああ! 三十階層のオークの集落でゲットした小芋ね。すっかり忘れていたわ……」
コテツと出会った、運命の三十階層。
オーク肉と美味しい小芋を採取するために意気揚々と向かったのだった。
採取するだけの予定が、栽培できると張り切ったコテツが丸々引き上げてきたのだ。
まだ小振りなイモを我が家の畑に植え替えて、見事に育て上げてくれたらしい。
ジャガイモと良く似た種類だが、大きさは半分以下の小芋である。皮も薄くて、茹でてそのまま食べても美味しいお芋だ。
「今日はこの小芋を使った夕食にしようか」
『イモ! ぽてち? ぽてち?』
「あー…ポテチも出来るけど、それはオヤツだからなー。それに、大きいイモで作った方がきっと食べ応えがあるよ?」
『わかった!』
にゃ、にゃと可愛らしく鳴きながら頷く様が健気だ。そして、やはり転生者疑惑が。
気付かないふりをして、何か言いたげなエドの腕を引いてキッチンに向かう。
「エドは調理のお手伝いをお願い。コテツくんは子猫ちゃんたちにミルクをあげてね?」
ニャッ! と良い返事。
ゴートミルクはまだたっぷりと在庫がある。最近、子猫たちは小さな牙が生えてきており、離乳食にも挑戦しているので、彼らのために柔らかなお肉を茹でてあげよう。
「お魚の方がいいかしら?」
「二種類作れば良いんじゃないか」
「そうね。簡単だし、作っちゃおう!」
ゴートミルクを使った猫用のクッキーもそのうち作ってあげたい。
青い目の子猫たちに、ナギはもちろん、エドや仔狼もすっかり夢中になっていた。
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