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〈冒険者編〉

266. ただいま

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 のんびり快適な旅を終え、ダンジョン都市に帰ってきた。
 馬と馬車はギルドの所有物を借りていたので、そのまま返却と報告に行くことにした。

「おや、おかえりなさい」

 冒険者ギルドの入り口で、ちょうどサブマスターのフェローと遭遇する。
 珍しくも、少し驚いた表情で全員が怪我なく揃っていることを確認すると、彼は優しい笑みを浮かべた。

「ただいま帰りました、フェローさん!」
「ふふ。相変わらず、元気なようですね。ギルドマスターに報告ですか?」
「はい。あ、あと馬と馬車の返却を」
「そうか。そちらは係の者に任せよう。ギルドマスターの部屋には私が案内をします」

 フェローが視線を向けると、事務方のスタッフがすぐに厩に向かったようだ。
 馬車は黒クマ夫婦が誘導してくれているので、後は任せることにした。
 優雅な所作でエスコートするフェローを、ミーシャが呆れたように見やる。

「貴方は忙しい身なのでは?」
「まぁ、それなりには。だが、新発見のダンジョンの調査報告会ほどに大事な仕事は今のところ無いようなので」

 しれっと言い放つ片眼鏡のイケオジ、フェロー。
 迫力のあるミーシャの一瞥を受けても微動だにしない笑顔がすごいと思う。

「まぁ、ここ東の冒険者ギルドの実質的なギルドマスターはフェローだもの。説明を二度も頼まれるよりは、楽なんじゃない?」
「……ラヴィ」

 さらっと爆弾発言をかますのは、ラヴィルだ。清楚で美しい容貌の彼女だが、その内面は気分屋で、面倒くさいことを嫌っている。

「おや、誤解ですよ。私は飽くまで、サブマスター。事務方の責任者なだけですから」
「その事務能力がここのギルドマスターには皆無なのよねぇ……」

 あ、なるほど。途端にナギは納得する。
 大柄の虎獣人であるギルドマスターのベルクは元金級ゴールドランクの凄腕の冒険者だ。
 短く刈り上げられた黄金の髪と、同じ彩度のタイガーアイの持ち主だった。
 相当に強いことは、ナギでさえ見ただけで分かるほど。
 が、強靭な肉体を誇る肉食系の大型獣人たちの例に漏れず、彼は脳筋気質だ。
 事務処理の天才と名高いサブマスター、フェローが右腕でなければ、この東の冒険者ギルドは回らないのではないか、と専らの噂だった。

(ラヴィさんの言う通り、ギルドマスターだけに報告しても、後でまた詳しくフェローさんの聞き取りがありそう……)

 ならば、一度で済ませてしまえば良い。
 そう考えたのだろう。  
 ナギも同感だ。生真面目なミーシャはほんの少し悩んでいたが、やがてため息を吐いて口を噤んだ。
 効率を重視したようだ。

 『黒銀くろがね』リーダーのルトガーと金庫番のキャスもほっと安堵の息を吐いている。

「疲れているから、早めに宿で休みたいからな……」
「ルトガー、しっ! 聞こえるわよ」

 聞こえてしまいました。
 同感なので、こっそりと頷いておく。
 報告は大事だが、なるべく早く我が家に帰りたい。

(ずっと『スキルの小部屋』で我慢してくれている猫さんたちを、早く出してあげたいもの)

 二階に上がり、奥の部屋の前で足を止めると、フェローがドアをノックする。
 
「おう、入ってくれ。良くやってくれたな、皆。おつかれさん」

 低く艶やかな声に出迎えられる。
 さすが獣人。匂いか音、あるいは気配を察知していたようだ。
 ノックする前には気付いていたのだろう。驚いた様子もなく、皆を招き入れてくれた。

「誰も欠けていないな?」
「当然。むしろ、健康になって帰ってきた」
「あぁ?」
「今回の臨時パーティでの料理番がすこぶる優秀だったからな。美味い飯をたらふく食わせてもらった」
「あー……なるほど。──そんなにか?」
「それはもう。うちにスカウトしたいくらいの腕前だったな」
「それは断る」

 ギルドマスターとルトガーの軽口に割って入ったのは、エドだ。
 格上の虎獣人を琥珀色の瞳で威嚇するように睨み付けている。

「エド、エド! 冗談に決まっているでしょう? 二人とも軽口はおしまいですよ!」
「おう、悪いな。つい口が滑っちまった」
「そうだな。すまない、エド」
「…………」

 エドの腕を引いて、ぽんぽんと背を叩いてやると、ようやく落ち着いたようだ。
 なぜか、ナギの肩を抱き寄せて、むっつりと黙り込んでしまう。

「まぁ、結構本気ではあったんだが……」

 ぼそりと呟いたルトガーは、ギッと鋭くエドに睨み付けられて、苦笑を浮かべている。
 脇をキャスの肘で殴られて、小さく悲鳴を上げた。
 うん、それは叱られても仕方ない。
 ナギだってエドが目の前で他のパーティにスカウトされたら、怒りを覚えるのだから。

 ともあれ、今は指定依頼された任務の調査報告だ。
 場が落ち着くのを待って、ミーシャが分厚い報告書をテーブルに置いた。


◆◇◆


「んー! 終わったねー! 結局、二ヶ月近く留守にしちゃった」

 報告を終え、ようやく冒険者ギルドを後にした。
 書類での報告書提出、口頭での説明、他のメンバーからの補足説明もあり、ついでにドロップアイテムも査定に出した。
 諸々で、二時間近くギルドに拘束されてしまったのだ。

「疲れたな」
「ね。ダンジョンを探索するより、気疲れの方が辛いわ」

 だが、これでようやくお役御免なのだ。
 頑張って働いたので、しばらくはのんびりする予定である。

 ミーシャにはそのまま宿に泊まらないかと誘われたが、家のお風呂に入りたいからと断って、別れてきた。

「デクスターとゾフィがナギから離れてくれなくて、引き剥がすのが大変だった……」
「あはは……。なんだか、懐かれちゃったみたい?」
「ナギの作る料理にな」
「……うん」

 黒曜石のような瞳を潤ませて、今生の別れかのように悲しまれてしまったが、彼らが恋焦がれているのは、ナギの作るご飯なのだ。
 仕方なく、蜂蜜をたっぷり使ったマフィンをそっと握らせて、気を逸らせて誤魔化した。

「とにかく、これで私たちはしばらく自由! 早く家に帰りましょう」
「そうだな。早く我が家へ帰ろう」

 砦の外に出て、ナギは【無限収納EX】からゴーレム馬車を取り出した。
 今日ばかりは、人の目を気にしない。
 懐かしの我が家へ帰って、美味しいご飯を食べ、のんびりとお風呂を堪能するのだ。
 可愛らしいお客さまたちにも、自慢の我が家を案内しなくては。
 猫の妖精ケット・シーのコテツは植物を育てることが好きなので、きっとうちの庭や畑を気に入ってくれるに違いない。

 ゴーレム馬は、ナギの逸る気持ちを斟酌したのか。
 いつもより速く、道を駆け抜けた。

 懐かしい景色に出迎えられて、ナギは口元を綻ばせる。
 結界の魔道具はちゃんと役目を果たしてくれたようで、敷地内が荒らされた様子はない。

 ゴーレム馬車が止まる。
 エドに手を引かれ、馬車から飛び降りた。

「ふふふっ。コテツくんを呼んであげなきゃ」

 スキルの小部屋から連れ出してあげたキジトラ柄の猫は、不思議そうに首を傾げた。

『家に着いたんじゃない、にゃ?』
「着いたわよ。ここが我が家なの! ただいま!」

 はしゃぐナギをコテツが気の毒そうな眼差しを向けてくる。

『……ここが家なのか、にゃ? 精霊魔法で小屋を作る?』

 猫さんに憐れまれてしまった。
 そういえば、自慢の我が家は【無限収納EX】に仕舞ったままだ。

「ごめんね、出すのを忘れていたわ。あらためて、これが我が家です。じゃん!」

 じゃん、に合わせて屋敷を収納から取り出した。元あった場所にきっちりと設置する。

「ニャッ⁉︎」

 驚きのあまり、念話でなく素の鳴き声が漏れていた。かわいい。
 ぱかん、と開かれたお口に指先を差し込みたくなる衝動をどうにか抑え込んで。
 ナギは小さくて愛らしいお客さまにニコリと微笑みかけた。

「我が家へ、ようこそ。これから、よろしくね?」
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