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〈冒険者編〉
247. ブラックゴート
しおりを挟むブラックゴートからドロップした大樽の中身がとても気になる。
特殊な個体でもフロアボスでもない、ごく普通なヤギ魔獣から肉や皮、ツノ以外の素材が落ちることはとても珍しいのだ。
樽の中を鑑定したくて、ナギはそわそわと落ち着きなく視線を揺らした。
「……確認しても、良いですか?」
ここはダンジョンの真っ只中。セーフティエリアでもない場所で、随分と悠長な発言なのは分かっているが、気になって仕方がなかったのだ。
てっきり叱責されるかと覚悟していたが、ミーシャはあっさりと頷いてくれた。
「これだけ人がいれば大丈夫でしょう。しばらく、『黒銀』の皆さんには護衛をお願いしても?」
「構わない。俺たちも樽の中身が気になるからな」
ルトガーが頷くと、四人は樽やナギを中心に散らばった配置についてくれた。
念のために、エドが【自動地図化】スキルでブラックゴートが近寄って来ないか、確認する。
「今のところ、距離があるから大丈夫だと思う」
「おう、分かった。一応、警戒は続けておくよ」
「お願いします!」
さて、中身の確認だ。
大樽はオークで作られた木製の樽で、ワイン樽と見た目はそっくりだった。
樽の口はちょうど真ん中にあり、ダボ穴と呼ばれる栓はコルクに似た素材を使っていた。
この栓をそっと抜くと、樽の中身が溢れてくるのだ。
大きめのグラスを用意して、栓を抜く。
トポトポと音を立てながら樽の中身がグラスを満たしていった。
ミーシャが息を呑む気配がする。
「これは……」
「白い、ですね。ちょっと粘り気もあって、この匂い」
鑑定をするまでもなく、中身が判明した。
大樽いっぱいのヤギミルクをブラックゴートはドロップしたのだ。
「知らなかった……。ミルクをドロップする魔獣がいるなんて」
「牛系の魔獣を倒したら、牛乳が飲めるのか? 面白いな」
「そんなわけないでしょう……」
感心するエドとナギに、ミーシャは額を押さえて呻くように否定の言葉を投げ掛ける。
珍しく、困惑した様子だ。
「ミーシャさん?」
「もしかして、このブラックゴートが特殊なのか」
「そうだと思います。フロアボスやレア魔獣が宝箱をドロップするのとは意味が違いますから……」
「ありえないわよねー」
面白そうに笑うのは、ラヴィルだ。
ナギが持つミルク入りのグラスを「貸して」と取り上げると、くぴっと一口飲んでしまう。
「ラヴィ……!」
「ん、ミルクの味ね。結構美味しいわよ?」
「貴女はもう、軽々しく……」
「ミーシャの鑑定済みなんでしょ? なら、平気よ」
中身が判明したので、とりあえずはナギが【無限収納EX】に保管することになった。
収納する前に、全員で一口ずつ味見をしてみたが、ラヴィルの言う通りに普通のミルクだ。
(想像していたような臭みはなかったな。ほんのりと甘さがあって、むしろ牛乳よりも飲みやすいかも?)
ヤギミルクはアレルギーを引き起こしにくいとか、栄養が豊富だと前世のぼんやりとした記憶がある。
お腹に優しいため、犬猫用のオヤツとしても大いに活躍していたような。
(牛乳より希少で高価なイメージはあったけど、ドロップアイテムとしてはイマイチよね……?)
まだ、肉の方が高く買い取って貰えそうだと残念に思っていたが。
ガッカリするナギの隣で、ミーシャが何やら考え込んでいた。
「ちょっと残念なドロップでしたね。でも、お腹に優しいミルクみたいなので、スープやスイーツに使ってみようかなって……」
「残念とは言い切れませんよ?」
「え?」
きょとん、とするナギにミーシャが翡翠色の瞳を細めて微笑んだ。
「ヤギのミルクは貴重です。牛ほどの量を確保できないのが残念なくらい、需要はあるんですよ」
「そうね。母乳の代わりになるもの」
うんうんと頷きながら、ラヴィルが教えてくれる。
お腹に優しいヤギミルクは、母乳を必要とする赤ちゃんの大切な栄養源になるらしい。
母乳が出ない母親のために、母を亡くした赤ちゃんのために、重宝されているのだと。
「これだけの量のヤギミルクが手に入れば、とても喜ばれるわよ? しかも、これはダンジョンのドロップアイテム!」
にっ、と楽しそうに笑うラヴィル。
ナギも遅れて気が付いた。
「あ、そうか! ドロップアイテムだと、魔力の膜に覆われていて、食べる直前まで腐らないよう保護されているから……」
「そ。輸送もできる、優れ物よ。ミルクなんて、氷魔法がなければ、すぐにダメになるもの」
「じゃあ、その心配のないドロップアイテムのヤギミルクは……」
「良い値段で買い取って貰えるでしょうね」
重々しく頷いたミーシャの一言に、皆は俄然やる気を見せた。
「狩るぞー!」
「おー!」
後は、いつものようにブラックゴートの殲滅戦へと流れていき、ナギは大量のドロップアイテムを手に入れることが出来た。
◆◇◆
「せっかくなので、今日ドロップした食材で夕食にしようかな」
フロア中のブラックゴートを狩り尽くし、星マークのあった場所でしっかり宝箱を手に入れた。
我ながら、今日はよく働いたと思う。
ちなみに宝箱の中身は、銀食器のセットがぎっしり詰められていた。
純銀製で使いにくそうだが、とても高価な品だったようで、キャスが歓喜に震えていた。これは全員一致で売り払うことに決定。
綺麗な食器は気分が上がるが、野営も多い冒険者としては使い勝手の良い食器に軍配が上がった。
夕方前には狩りを終えて、セーフティエリアにいつものようにコテージとテントを設置した。
汗を流した皆には、交代で風呂に入ってもらうことにして、その間にナギはエドと二人でキッチンに立つ。
さて、何を作ろうか。
「ドロップしたのは、ヤギミルクとヤギ肉か」
「あと、ヤギのチーズが五個あるわ。意外と美味しそう」
ブラックゴートからは、ミルクだけでなく肉もドロップした。なぜか、チーズもドロップしたのは謎でしかないが。
「まぁ、コッコ鳥から卵がドロップすることもあるし?」
「そうだな。フロアボスを倒したら、香辛料や調味料に酒類までドロップするのが、このダンジョンだ」
「さすが食材ダンジョンよね!」
「俺はもう何がドロップしても驚かない……」
エドが遠い目で呟いているのは気になるが、今は新しい食材を前に思案する。
「ヤギ肉は一応、臭み取りの香菜や香辛料を使う煮込みにした方が良いよね」
カレーにしても良いけれど、ヤギ肉は初めて使うので、失敗するとスパイスがもったいない。
ドロップした赤ワインを使った煮込みがベストだろう。
「ヤギチーズはサラダに使おう」
ドロップしたヤギのチーズは、前世で一度だけ食べたことのあるシェーブルチーズと良く似ていた。
女子会で行ったフランス料理のお店では、ミニトマトに添えて、バーナーで炙られていたお洒落な一品だった。
味付けはシンプルに黒胡椒のみ。トマトの酸味とチーズの独特の風味がピリリとした黒胡椒がアクセントになって、意外なほど相性が良かったことを覚えている。
「このチーズはグリルで焼くのも良さそう。絶対にお酒に合う」
今はまだ飲めないのが残念だが、その時までに幾つか確保しておこう。
「ヤギミルクはどうする?」
「デザートにするわ! せっかく精霊さんたちが見つけてくれたサツマイモがあるんだもの」
ブラックゴートをせっせと狩っている間、精霊たちに食用の植物を探してもらっていたのだが、見事見つけてくれたのだ。
最初はサツマイモの葉っぱだけを持ち帰って来てくれたので戸惑ったのは内緒。
鑑定でそれがサツマイモの葉だと気付いてからは、大喜びで案内してもらった。
嬉々として【土魔法】を駆使して、大量のサツマイモを収穫したのは言うまでもない。
「ヤギミルクとサツマイモを使ったデザート。スイートポテトを作ります!」
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