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〈冒険者編〉

239. オークカツは勝利の味 1

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 三十階層もフロアボスであるオークキングを仕留めることを優先に進むことになった。
 集落を形成するため、上位種を守ろうとするオーク達をまずは『黒銀くろがね』のパーティメンバーが露払いをしていく。
 銀級シルバーランクの彼らは危なげなくオークの集団を討ち倒していった。
 攻守バランスの良いパーティだと、しみじみ思う。
 そんな中で、獣人の師弟コンビであるラヴィルとエドの闘いは独特だ。
 スピードとパワーでの一撃必殺を見事に体現している。
 討ち漏らしは殆どなく、ミーシャの背後で守られているナギは寧ろ手持ち無沙汰なほどで。
 気付いたミーシャがくつりと笑った。

「余裕がありそうですね、ナギ?」
「あ、えっと……皆が頼り甲斐があり過ぎて、実は」
「なら、ちょうど良いわね。久しぶりに鍛えてあげましょう」
「えっ」

 しまった藪蛇やぶへびだった、と後悔したがもう遅い。
 美しく優しいエルフの師匠は弟子に対してはスパルタ式の教育を施してくるのだ。


 オークキングの気配を追って進む先は、オークの集落だ。
 キングのいる群れには、オークの特殊個体が存在する。
 通常のオークは素手か棍棒を振り回す原始的な個体が殆どだが、中には人の真似をして武器を握るオークがいた。
 剣や槍、殴打用のハンマーのような無骨な武器を構える連中もいる。
 武器を扱う技術は拙いが、力でゴリ押して向かってくるので、それなりに面倒な相手だ。
 だが、大振りで無駄な動きばかりなので、銅級コッパークラスの冒険者なら充分に太刀打ちが出来る。

(厄介なのは、魔法を使うオークね。この集落でも──いた。小屋の裏に隠れて、皆を狙っている)

 【自動地図化オートマッピング】スキルを駆使すれば、何匹隠れているのか、その場所さえ容易に暴くことが出来る。
 遠距離攻撃は面倒だ。『黒銀くろがね』のデクスターのような大楯やルトガーが纏う魔法耐性のある鎧を所持していない皆は狙い撃ちされる。
 特に、身軽さを売りにしている軽装のエドやラヴィルが危険だ。

「少し距離がありますが、貴方なら大丈夫でしょう、ナギ?」
「もちろん余裕です。……いきます!」

 一気に火魔法で集落ごと焼き滅ぼしたくなるが、それでは皆を巻き込んでしまう。
 ここはやはり、使い勝手の良い風魔法だろう。
 魔力を練り上げて、エドを狙うオークメイジに向けて風の刃ウィンドカッターを解き放つ。
 粗末な小屋ごとオークメイジを真っ二つにしたナギに、ミーシャが小さくため息を吐いた。

「四十点。狙いは良かったけれど、魔力の無駄遣いですよ」
「う……気を付けます……」

 師匠は実践的な省エネ魔法を信奉しているため、つい魔力を込め過ぎてしまうナギへのダメ出しが厳しい。
 これが本気でダンジョンを攻略していた金級ゴールドランクの冒険者とナギとの違いなのだろう。
 ナギとエドの『無理なく、楽しく冒険者活動を』のモットーは、師匠二人には苦笑されたものである。

(多少の怪我は私の治癒魔法とエドの自己回復能力でどうにでもなるけど。怪我をしたら痛いし、苦しいもの。無理をしないに越したことはない)

 師匠たちには呆れられたけれど、考えは変わらない。
 二人がダンジョンに潜るのは、お金を稼ぐためと美味しい食材を手に入れるためなので。

(まぁ、エドは獣人のサガなのか、強くなりたい気持ちが大きいみたいだけど……。それでも、力量以上の無茶をしようとはしない)

 「命大事に」と約束をしたから、というのもあるだろうけれど、元日本人の『アキラ』の魂の影響も強いのだと考えている。
 どれほど闘いにのめり込んでいても、同じく獣人仲間なラヴィルのように血に酔うことは滅多にない。
 血に酔って暴れる獣人は、まさに狂戦士バーサーカー。あれを止められるのは、同じ獣人でも高レベルの者くらいだろう。

(ラヴィさんはミーシャさんが魔法で止めていたみたいだけど……)

 頭を冷やしなさい、と水魔法と氷魔法を交互にぶつけて、文字通り『冷やして』止めていたらしい。
 冷やして、と云うか凍らせての間違いだと思うが。
 ちらり、と横目でミーシャを盗み見ると、麗しき笑顔で迎えられた。

「では、もう一度」
「……はい」

 皆に迷惑が掛からないように、離れた位置にいるオークメイジを狙って魔法で攻撃していく。
 ようやく納得のいく風の刃ウインドカッターを放つことができ、師匠に褒められて喜んだのも束の間。

「あら。奥から這い出て来たのはオークジェネラルですね。では、次はエドと二人で開発したと云う魔法を私たちで試してみましょうか」
「エルフってオーガだった……?」
「? エルフはエルフですよ? ナギは風魔法、エドが氷魔法を同時に放ったのでしたね。では、それを」

 前回、エドと二人で挑んだフロアボス、オークキングに向けて、それぞれの最大魔力を込めて放った魔法。
 氷雪と豪風が混じり、ハリケーンが生まれて、ついでに雷まで呼び寄せてしまった。
 食材ダンジョンから戻り、魔法の師匠であるミーシャに相談したところ、物凄く食いつかれた複合魔法だ。
 いつか披露すると約束しながらも、忙しさに紛れて、すっかり忘れていた。

「いきますよ、ナギ」

 張り切る師匠を止める術など、ナギにあろうはずもなく。
 皆、ちゃんと避けてね…! と強く念じながらナギは練り上げた魔力をオークジェネラルにぶつけた。


◆◇◆


「凄かったなー。あの、とんでもない魔法攻撃」

 地面に散らばるオークのドロップアイテムを黙々と拾いながら、ルトガーがぽつりと呟く。
 すぐ隣で同じくドロップアイテムを拾い上げていたキャスがげんなりした表情で首を振った。

「死ぬかと思ったわ……」
「そうだな。エドが逃げろと叫んでくれなかったら、巻き込まれていた可能性もあるな」
「ほんと、死ぬかと思ったんだから……!」
「ごめんなさい」

 ナギはひたすら謝るしかない。
 張り切ったミーシャの氷魔法に釣られて、ナギもうっかり風魔法を暴発させてしまったのだ。
 発生した人工のハリケーンもどきはオークジェネラルだけでなく、集落に潜んでいた他のオーク達を根こそぎ平らげた。
 そうして、最後にはラヴィルとエドが対峙していたオークキングにぶつかって消えたのだった。

「ミーシャのバカ! せっかく、あと少しってところまで追い詰めていたのに!」

 良いところを持っていかれた白うさぎさんはご立腹だ。
 エドも複雑そうな表情をしている。

「新しい魔法の研究は重要です。楽に殲滅が出来たから良いではないですか」

 笑顔のゴリ押しでまとめたミーシャ。
 あのラヴィルが絶句している。
 
「っょぃ……」
「……だな。俺たちの時よりも威力が大きかったし」
「ミーシャさんが全力で、って隣で囁くから、つい……」

 どうなるのかな、という、ちょっとした好奇心がなかったとは言わない。
 全力で魔法を放った瞬間、開放感に浸ってしまったのは内緒です。
 後に残ったのは、塵も残さず消えたオークの集落跡と大量のドロップアイテムだった。
 さすがに、この量を一人で集めるのは大変なので皆に協力して貰って回収している。

(こんなことなら、触れずに目視で収納できることを先に教えておけば良かったかな…。いや、やっぱりダメか。そんな物騒なスキルは秘密にしておかないと)

 この目視収納スキルがあれば、物を盗み放題なのだ。
 離れた場所から一瞥すれば、高級店の商品だって収納し放題なのだから。
 仕方なく、黙々と拾い上げては【無限収納EX】へと放り込んでいると、キャスが歓声を上げた。

「やったわ……! マジックバッグがドロップしている!」
「マジか⁉︎   さすが特殊個体が五匹もいただけあるなー!」

 念願のマジックバッグを見つけたらしい。ルトガーとキャスが手を取り合って喜んでいる。
 そこへ歩み寄って来たデクスターが首を捻った。

「だが、これを引き当てたのはナギじゃないのか」
「あ……」

 オークの特殊個体であるオークメイジがドロップしたレアアイテムだったようだ。
 途端に絶望した様子の二人に、ナギは慌てて首を横に振った。

「いえ! それはどうぞ『黒銀くろがね』の戦利品にしてください! 皆さんが真面目に戦っているところを無理やり横取りしたようなものですし」
「そうですね。全員で戦ったことですし、今回のドロップアイテムは等分に分けましょう」

 ミーシャがとりなしてくれて、そういうことになった。
 オークのドロップアイテムは魔石と肉が殆どだが、特殊個体や上級種はレアドロップをもたらしてくれる。
 今回のマジックバッグがその最たるもので、他にもオークメイジからは黄金の杖や金の延べ棒。オークジェネラルからは上質のワイン樽と宝剣がドロップした。

「オークキングからは黄金の冠と魔道具らしき小箱がドロップしていたわよ。それと結構大きな宝箱も」

 ラヴィルが回収してきた宝箱を運んで来てくれた。両腕を広げたほどの大きさの宝箱に、自然と皆の期待が集まる。
 
「では、ナギ。貴方が開けてください」
「えっ私でいいんですか?」
「俺たちの中でいちばん幸運値が高いナギが開けるべきだ」

 エドに後押しされ、皆も笑顔で背中を押してくれたので、ナギは思い切って宝箱の蓋を開けてみた。

「これは……!」
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