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〈冒険者編〉

232. ローストディアとなめらかプリン 2

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「土産だ」

 黒クマ獣人のデクスターがぼそりと呟いて、背負っていた麻袋を床に置いた。
 大楯使いの巨漢なのに、気配を殺して音を立てずに歩くことが出来る彼は天性のハンターだ。
 大きな麻袋に詰められた肉の山の殆どを相棒であるゾフィと二人で狩ったらしい。

「大量の鹿肉! さすがですね、皆さん」

 綺麗な赤身のブロック肉はありがたく頂戴し、さっそく【無限収納EX】に保存する。

「私もたくさん狩ったのよー? ほら! 褒めて褒めて?」
「はいはい、ラヴィさんもありがとうございます。このモモ肉なんて、すごく立派ですよ」
「黒胡椒もゲットしたわ! 私、ステーキが食べたい」
「じゃあ、明日のディナーは決まりですね」

 ラヴィルの戦利品はミーシャが【アイテムボックス】に収納していたようで、黙々と目の前に積み上げられた。
 ドロップした黒胡椒は全部で五つ。小瓶サイズだが、充分な収穫だ。
 換金すればそれなりの稼ぎになるはずだが、皆揃ってナギにお土産だと寄越してくれた。
 にこにこと満面の笑みを浮かべる連中にナギは苦笑するしかない。

「約束通り、ちゃんとお土産を使ったご馳走を用意しますから」
「よし! 頑張った甲斐があったな、皆!」
「そうねっ。とっても楽しみ!」

 わっと盛り上がる大人たちを少年少女たちは生暖かい眼差しで見守った。
 この食欲に支配された連中は皆、黄金ゴールドシルバーランクの上位冒険者のはずなのだが。

「食いしん坊キャラがどんどん増えてない……? 大丈夫かな、ダンジョン都市の冒険者ギルド」
「ナギの飯が美味いから仕方ない」

 真顔で断言するエド。褒められるのは悪い気はしない。
 ご飯を作ることも食べることも好きだが、作った料理を美味しいと笑顔で食べてくれる様を眺めることも大好きなのだ。
 肉や胡椒などのドロップアイテムの他に、ミーシャが採取したブルーベリーも籠いっぱい貢がれた。
 大粒のブルーベリーは宝石のようにキラキラと艶めいていて、食べ応えがありそうだ。
 
(うん。明日のオヤツにブルーベリータルトを焼こう)

 にんまりと口元を緩めながら、ありがたくブルーベリーを籠ごと収納していると、誰かのお腹の虫が盛大に鳴いた。
 振り返ると、デクスターが腹を押さえている。眉根を寄せて困ったようにこちらを見据えてきた。
 いつもは凛々しくキリッとした眉がへにょりとしている様子を目にして、ナギは小さく息を呑む。
 寡黙な大男がぼそりと呟いた。

「すまない。腹が限界だ」
「あっ、そうですよね! すぐに食事にしましょう!」

 はっと我にかえり、慌ててテーブルの準備をする。
 エドが手慣れた様子でパン籠を置き、スープの配膳を手伝ってくれている合間に【無限収納EX】からローストディアを取り出した。
 皆、健啖家なのでそれぞれの席に大皿に盛り付けた肉料理を並べていく。
 普段は無口でクールキャラなデクスターが意外と可愛らしくて、つい観察してしまったことを反省しながら夕食の席を整えた。

(でも、よく考えたら普段は無口でクールビューティなミーシャさんもご飯を前にした時の姿はギャップ萌えよね……? 冒険者仲間のマッチョ連中も意外と甘党揃いだし)

 美味しい食べ物は普段隠している本性をほんの少し垣間見せてくれる手助けをしてくれるのかもしれない。
 ともあれ、今はお腹を空かせた皆の腹を満たすことを優先しなければ。

「メインの肉料理はローストディアです。そのまま食べて良し、サラダと一緒にパンに挟んで食べるのも美味しいですよ。スープはおかわり自由なので好きなだけ。ただし、食後のデザート分の余裕を持って食べてくださいね?」

 全員テーブルに着いたところで、ナギが説明すると、笑顔で頷かれた。

「では、どうぞ。召し上がれ」
「いただきます!」

 わっと歓声が上がり、賑やかな宴が始まる。皆、期待に満ちた表情で真っ先にローストディアに手を伸ばした。
 甘酸っぱいベリー風味のソースには肉汁に香辛料をたっぷりと使っている。隠し味には味噌を少々。
 ほどよい塩気と甘み、さっぱりとしたベリーの酸味が肉の味を引き立ててくれていた。
 焼き加減も上々。硬く引き締まった鹿肉の思いも寄らぬ柔らかさに、『黒銀くろがね』のメンバーが驚きの声を上げる。

「んんっ? なんだ、これ! 本当にディア肉なのか⁉︎」
「信じられない……。柔らかくて、肉の味も濃くてとっても美味しいわ。これがディア肉……?」

 ルトガーとキャスが目を輝かせて味わう隣で、黒クマ夫婦は無言でひたすら肉を口に運んでいく。
 エドが籠から取った、スライスしたフランスパンにローストディアとサラダを挟み、マヨネーズを塗り付けてかぶりついている様子を目にしたゾフィが感心したようにパンを手に取った。

「ん! んんっ!」

 ローストディアサンドを口にしたゾフィがぱっと顔を輝かせて、夫であるデクスターの背をバシバシと叩く。
 
(すごい音。痛そう……)

 ぎょっとしたナギだが、叩かれた当人はけろりとした表情で妻が夢中で貪るサンドイッチを見て、こくりと頷いている。
 見様見真似でパンにローストディアを挟み、マヨネーズをたっぷりとまぶして、大きく口を開けてかぶりついた。
 野菜を一切サンドしていない、ある意味とても潔い鹿肉サンドイッチをデクスターは目を閉じて味わいながら食べている。
 
「うまい。パンと一緒に食べると腹に溜まっていい」

 唇の端についたマヨネーズを親指の腹でぬぐい、満足そうにため息を吐いた。
 相方のゾフィも瞳を細めて、サラダをもりもり食べている。

「このカリカリの肉、気に入った」
「オーク肉のフライドガーリック! 美味しいですよねっ。生サラダはもちろんパスタやスープに浮かべても合うんですよ」
「これは米にも合うと思います」
「あ、分かります? ミーシャさん。ふりかけ代わりに炊き立てご飯にまぶすと最高なんですよー!」
「私はこれだけを貪り食べたいわ」
「ラヴィさんは、さすがエドの師匠ですね。同じこと言ってましたよ……」

 フライドガーリックのおかげで、野菜サラダも好評のようで嬉しい。
 あれほど焼き上げたローストディアは綺麗に平らげられ、スープの大鍋も空になったところで、本日のもうひとつのメインの出番だ。
 魔道冷蔵庫から取り出した、冷えたプリンをトレイごとエドがテーブルに運んでくれる。

「ダンジョン産のコッコ鳥の卵と蜂蜜、スライムゼリーを使ったデザートです。一人三個ずつですからね?」

 念押しをしておいて良かった、とナギは痛感しながら、すごい勢いで食べ尽くされる様を呆然と眺めた。
 ローストディアは何度かご馳走していたため、まだ余裕で味わっていた師匠二人だったが。

「なにこのプリン……! 口の中で蕩けちゃっている! おかわり!」
「滑らかで濃厚な卵と蜂蜜、乳の味。素晴らしいです。この味を生み出しただけで、このダンジョンは合格だと思います」

 やたらとテンション高く盛り上がる白うさぎさんと早口で何やらグルメレポを呟くエルフさん。
 ちなみに『黒銀くろがね』のメンバー四人は目の色を変えてプリンを貪り食べている。ほとんど、飲む勢いだ。
 あっという間に三個食べ切り、陶然とした様子で放心している。

「なんだこのダンジョンすげぇ……」
「食材ダンジョン、素晴らしいわ……」
「ルトガー。ここを『黒銀くろがね』のホームにしよう」
「ん、賛成。この二人もパーティメンバーに誘おう」
「えっ? えっ?」

 ゾフィにぽん、と頭を撫でられてぎょっとする。エドの肩をがしりと掴むのはデクスターだ。

「断る。ナギも俺もダンジョン都市に家がある。たまに食材を入手しに来るとは思うが、拠点は向こうだ」

 ぺしっとデクスターの手を払いのけたエドが、ゾフィから奪うようにナギの手首を引いて背に庇う。
 慌てたのはルトガーだ。

「こら、お前ら! 勝手に勧誘するんじゃない! ……すまないな、二人とも。あんまり美味い飯だったから血迷ったようだ」

 潔く頭を下げるリーダーの姿に、エドもすぐに矛を下げた。

「いや、気持ちはありがたかった」

 実力主義な黒クマ夫婦に戦力として認められたことは、エドとしても悪い気はしなかったのだろう。

(まぁ、私は確実に料理担当としてのスカウトだろうけど)

 何にせよ、なめらかプリンも大好評だったので、ナギとしては満足だった。
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