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〈冒険者編〉

227. フレンチトーストとベーコンエッグ

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 見慣れたコテージの天井が視界に入り、ナギはゆっくりと瞬きする。
 小さな欠伸をひとつシーツに落とし、いつものようにふわふわの毛皮を堪能しようとして、腕の中に仔狼アキラのぬくもりがないことに気付いた。

「ああ、そっか。昨日から皆とダンジョンに泊まっていたんだっけ……」

 名残惜しげにシーツをひと撫ですると、ナギは勢いをつけてベッドから起き上がった。
 離れた場所に設置しておいた隣のベッドには誰もいない。
 シーツは綺麗に整えられているので、エドはとっくに朝の鍛錬に向かったのだろう。

「起こしてくれたら良いのに」

 そこは不満だったが、彼なりに気を遣ってくれているのは分かったので、急いで着替えることにした。
 今日から、この食材ダンジョンの調査任務が始まる。
 朝食は一日の活力の源なので、張り切ってキッチンに向かうナギだった。


◆◇◆


 初日の朝食はフレンチトーストと決めていた。
 昨夜の内に、食パンはアパレイユ──玉子と牛乳、蜂蜜とバニラオイルを混ぜて作っておいた物に浸して魔道冷蔵庫で冷やしてある。
 食パンは分厚く切り分けておいたので、食べ応えがありそうだ。
 熱したフライパンにバターを落とし、フレンチトーストを焼いていく。
 両面に綺麗な焼き色がついたら、エドが用意してくれた大皿に盛り付けた。
 トッピングはエドに任せる。
 早朝から『黒銀くろがね』のリーダー、ルトガーと黒クマ獣人のデクスターに鍛錬を手伝って貰ったようで、エドは機嫌が良さそうだ。

「蜂蜜をたっぷり掛けてもいいのか、ナギ」
「そうね。粉糖を散らして、蜂蜜かメープルシロップを添えるのも良いかも。バニラアイスもおまけしちゃう?」
「いいと思う。きっと皆気にいる」

 こくこくと頷くエドの口許が緩んでいる。
 笑いそうになるのを堪えて、ナギは「そうね」と頷いておいた。

「溶けちゃうから、アイスは食べる直前に盛り付けてくれる?」
「そうだな。溶けるともったいない」

 真剣な表情で相槌を打つと、エドはフレンチトーストに粉糖を散らしていく。
 何度も手伝ってくれているので、手慣れたものだ。
 ついでに野菜サラダ作りもお願いしておいて、ナギは大食漢たちのためのメイン料理作りに集中する。

「おはよう、ナギ。手伝うことはある?」
「あ、おはようございます、キャスさん。お皿を出して貰っても良いですか?」

 隙なく身支度を整えてきたキャスは、朝からシャワーを堪能したようで、爽やかな笑顔を浮かべている。

「いいわよ。スープボウルとサラダボウル、カトラリーを用意するわね」

 キッチンには大きめの食器棚が置いてある。旅に出る前に揃えておいたので人数分の皿はしっかり仕舞ってある。
 キャスが食器棚を見上げて、羨ましそうに呟いた。

「家ごと持ち歩けると、こんなに快適に過ごせるのね。ここがダンジョンの中だなんて、忘れてしまいそうだわ」
「便利でしょう? 昨夜はよく眠れました?」

 人数分の目玉焼きとベーコンを焼きながら尋ねてみると、キャスはもちろん、と笑みを深めた。

「久々のベッドが気持ち良すぎて熟睡しちゃったわ。清潔なシーツも快適だったし、何よりお風呂に入れるのが最高!」
「お風呂は大事ですから。たとえ生活魔法で汚れは落とせても、疲れは取れないもの」
「実感したわ。七日間、馬車の上だと身体が固まってしまうから、お湯でほぐせて気持ちが良かった。翌日の目覚めも全然違うわね」

 キャスは風呂が特に気に入ったようで、絶賛してくれた。湯船に垂らしておいたレモンオイルの効果もあったのかもしれない。
 あとは小声で魔道トイレにも感謝された。

 エドとキャスに手伝って貰いながら朝食を作っていると、師匠二人が眠そうな顔でキッチンにやって来た。

「はよー……いいにおい…」
「おはようございます、ラヴィさん。寝癖ついてますよー?」
「ナギ、とても魅惑的な香りがします。あれは何ですか?」
「おはようございます、ミーシャさん。あれはフレンチトーストですよ。特製の卵液に漬けたパンをバターで焼いたやつです。甘くて美味しいんですよ」

 師匠二人にまとわりつかれると邪魔なので、テーブルへ誘導して席に座ってもらう。
 視線を向けると、エドが心得た、と頷く。
 魔道冷蔵庫からオレンジジュース入りの瓶を取り出すと、コップに注いで二人に手渡してくれた。もちろん得意の氷魔法で作った氷入り。

「ん、目覚めの一杯とは気が効いているわね。さすが我が弟子」
「冷たくて美味しいです。ありがとう」

 何かを食べたり飲んでいる時は師匠二人はおとなしくなる。子供か、とこっそり突っ込みたくなるが、ここは我慢。
 テーブルいっぱいに朝食を並べ終わった頃に、コテージの隣にテントを張って野営していた『黒銀くろがね』の二人がやって来た。

「朝から豪勢だな」
「美味そうだ」
「初日ですからね。張り切りました!」

 とは言え、そこまで手を掛けていない。
 バニラアイス添えフレンチトーストにベーコンエッグ。作り置きのパンプキンスープとカットしただけの野菜サラダ。
 デザートはカゴに盛った果物をご自由にスタイルで。
 蜂蜜とメープルシロップ、バニラに果物はここ食材ダンジョンで採取した物を使っている。
 なので、シンプルなメニューでも味は絶品。自慢の朝食だ。
 ナイフで切り分けたトーストを一口食べて、キャスは目を見開いた。

「何これ、本当にパン? きつね色に焼いているのに、やわらかくて噛み締めるとジュワっと甘くて美味しい……」

 キャスの乙女心にフレンチトーストは響いたようだ。
 粉糖で雪化粧をほどこし、メープルシロップをたっぷりとまぶしてある。
 バニラアイスは大きめのスプーンいっぱい添えて、ミントの葉で飾ってもらった。
 見た目も可愛らしく、味も抜群に仕上がっている。
 ラヴィやミーシャも気に入ったようで、幸せそうに頬張っていた。

「また腕を上げたわね。パンも美味しいけど、このアイス! パンに載せて食べると最高じゃない?」
「師匠、痛い」

 興奮したラヴィに背を叩かれて、エドは顔を顰めている。それでも微動だにせず、パンプキンスープを飲み干したのは流石だ。

「美味しいです。フレンチトースト、覚えました。薬効ばかり気にしていましたが、バニラは香料としてとても優秀なのですね」
「そうなんですよ、ミーシャさん! バニラはアイスはもちろん、プリンやクッキーとも相性が良い、素敵スパイスなんです。ここのダンジョンでも上質なバニラが手に入るから、いっぱい持って帰らなくちゃ!」

 キラリ、と翡翠色の瞳が輝いた。
 夢中で朝食を貪り食べていた面々も手を止め、こちらを見つめている。

「……バニラの他に、この蜂蜜とシロップも手に入る?」
「はい! 蜂蜜もメープルシロップもドロップアイテムです! あと、このデザートのフルーツもここで採取したやつですね。東のダンジョンで手に入る果物より、甘くて美味しいんですよね」
「この目玉焼きの卵とベーコンもここで手に入れたやつだろう、ナギ」

 エドがはむりと半熟目玉焼きに齧り付きながら、聞いてくる。
 通常のコッコ鳥の卵の大きさの二倍はある、特製目玉焼きだ。
 シンプルに塩胡椒だけで焼いたのだが、味が濃くて、これまた美味。
 
「このカリカリベーコンも……?」
「あ、はい。ここで狩ったオーク肉です。知り合いのお肉屋さんで加工して貰ったんですよ。ベーコンとソーセージを作ってもらいました!」
「これがオーク肉だと?」

 ギョッとルトガーがフォークに刺したベーコンを見下ろす。
 ごくり、とちょうどベーコンを飲み込んだゾフィが「ハイオーク肉かと思った」と呟く。

「お肉も格別に美味しいんですよね。さすが食材ダンジョン! オーク肉もボア肉もディア肉も上位種なみの旨味があるんですよ」

 なんとなく胸を張って主張してしまうナギ。
 自分の魔力をたっぷり吸い上げて、その欲望のままに創られたハイペリオン食材ダンジョンなので。
 ふぅ、とラヴィがため息を吐いた。

「この子が生みの親なら、そうなるのも納得ね」

 ほっそりした白い指で摘んだブドウの実を口に放り込むと、あら美味しいと微笑む。
 食事を終え、口元をナプキンで拭き取ると、ミーシャも笑顔で頷いた。

「とても興味深いです。なるべく大量に色々な種類の肉、いえ、食材……もとい、素材を採取しましょう。報告の前に試食、んんっ…調査が必要ですから、ナギにお願いしますね?」
「あからさますぎだろ、暴虐のエルフ……」

 呆れたように呟いたルトガーは、ミーシャにじろりと睨め付けられて、慌てて視線を逸らせた。

「い、いいと思うぞ? うん、試食。ちがう、調査は必要だ。ナギの嬢ちゃん、ぜひ協力を頼む!」
「あ、はい。素材の調理は任せて下さい!」
「ふふっ。やる気が出るわぁ。たっくさん美味しいお肉を狩ってくるわね?」

 ダンジョン産食材や調味料を使い、餌付けた結果、心強い狩人なかまが増えた。
 やはり、美味しいは正義!
 あとは珍しい食材や調味料、スパイス類が手に入れば大勝利だろう。

「さ、探索に行くわよー! 待ってなさい、美味しいお肉!」
 
 上機嫌な白うさぎさんの物騒な掛け声から、食材ダンジョンの調査任務が本格的に始まった。

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