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〈冒険者編〉

224. 魔法のパウダー

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 ひとまず向かうのは、ハイペリオンダンジョンのある大森林から一番近い集落。
 そこは、猫科の獣人たちが多く住む場所らしい。
 ギルドからの依頼書と依頼金を集落の長に渡して、馬と馬車を預けるのだ。
 ダンジョンはもちろん、大森林の中では馬車で移動することは出来ないので。
 
(エドと二人きりだったら、馬ごと【無限収納EX】に送れるんだけどな……)

 ナギの収納スキルは特別なため、生き物も収納可能。馬車なんて余裕で収納できる。
 名前の通り、無限に物を亜空間に送れるのだが。
 
(師匠たちならともかく、他の人に知られたくはないから、余計なことはしないでおこう。依頼料がもったいないけど、ギルドの経費だし気にしない……!)

 冒険者になり、エドと二人でそれなりに稼ぐようになったが、前世から培ってきた節約精神は変わらないナギだった。
 外食より自炊に拘ってしまうのは、自分で作った方が美味しいから、というのはある。
 魔素の濃いダンジョンでの採取物、下層の魔獣の肉は街の市場で売られている品より上質なのだ。
 自力で手に入る食材を調理して食べる方がよほど贅沢だった。
 それは、師匠や『黒銀くろがね』のような歴戦の冒険者たちも理解はしていたようで。

「ダンジョンでドロップした魔獣肉は旨い。知っている。だが、自分たちで調理するのが苦手でな」
「焼いて食べるだけでも美味しいですよ?」

 ナギの素朴な疑問に、『黒銀くろがね』リーダーのルトガーが苦笑を浮かべた。

「その、焼くという行為の加減が難しくてな。生焼けか黒焦げにしちまうんだ」
「ええ……? まさか、直火焼き?」
「ダンジョンで狩った肉に槍を刺して、焚き火で焼いてみたんだが、表面は焦げて中は生焼けだった」

 ビジュアルを想像して、ナギはゾッとした。隣で聞いていたエドも武器を調理に使うのかと、ドン引きしている。
 だが、そこで同意の声を上げたのはラヴィルだった。

「分かるわ。うちのパーティも保存食に飽きちゃって、ドロップしたお肉を焼いてみたんだけど、炭になったもの」
「火加減は難しいですからね」

 ミーシャも重々しく頷いている。
 まさか、師匠も? と慌ててしまったが、エルフの麗人はふっと口角を上げた。

「まぁ、私は【アイテムボックス】持ちなので、フライパンでお肉を焼いて美味しく食べましたが」
「むっ! ずるいわ、ミーシャ! あーあ、パーティで管理するマジックバッグの容量がもう少し大きかったら、私もフライパンを持参するのに」
「ははっ。収納スキルやマジックバッグが無ければ、フライパンを持ち歩くのは無理だろうよ」

 笑いながらルトガーはボア肉の串焼きに齧り付く。すぐ隣に腰掛けたキャスも美味しそうにボア肉を食べながら、苦笑した。

「重くて嵩張るもの、仕方ないわよ。幸い、私たちはナギのスキルのおかげで楽ができた上に美味しい食事にありつけているけれど」
「うむ。感謝している」
「お肉美味しい」

 こくり、と黒クマ夫婦が頷く。
 言葉少ないながら、皆ナギの料理の腕を褒めてくれるので、ついつい追加の皿を差し出してしまう。


 ダンジョン都市を発って、三日。
 旅は順調だった。
 荷物が少ない上に、頻繁に【回復魔法】の恩恵に与っている馬たちは元気いっぱい。
 既に予定していた旅の半分の距離を踏破していた。
 この調子なら、一日早く到着できそうね、とミーシャも驚くほど。
 時短できたのは、途中の村や集落に寄らずに街道を突っ走ったのも理由のひとつだ。
 小さな村や集落の宿があまり期待出来ないのと、食事が不味いから野営の方が良いと、皆が訴えたのだ。
 テントよりは宿の方が落ち着くと思うのだが、食事については同意だったので、野営を続けることになった。


 ハイペリオンダンジョンの食材を効率よく集めるために皆に発破を掛けたナギは、更にやる気を引き出すために積極的に食材ダンジョンで入手した食材や調味料を使った食事を提供した。
 試しに使ってみて『黒銀くろがね』の皆にも好評だったので、醤油や味噌を解禁し、スープや焼き物に使い、胃袋を掴んだ。
 照り焼きソースは特に好みだったようで、ダンジョン産の醤油と蜂蜜を使った味に一口で陥落していた。

 今夜の串焼き肉も甘辛いタレに漬け込んで炭火で焼いたシンプルなメニューだったが、全員から絶賛された。
 食べ慣れているエドまで笑顔で褒めてくれて、照れてしまう。
 
「そんなに褒めても、コッコ鳥の串焼きしか出ませんよっ?」

 もうっ、と照れ隠しにぼやきやがら、ウキウキと取り出したのは、とっておきの焼き鳥。タレでも塩でもなく、希少なカレーパウダーで味付けした串だ。
 見たことのない色合いに、ざわりと皆が動揺する気配を感じたが、無視してナギは炭火でじっくりと炙っていく。
 エドはもう、がぶりつきで串を凝視しており、勢いよく尻尾を揺らしている。

「あれは何かしら……? すごい色ね」
「スパイスの香りがするわ。贅沢な料理ね。でも、エドの様子から美味しいのは分かります」

 師匠たちはエドの様子から、これは美味しいモノと当たりをつけたらしい。いそいそと皿を手にエドの後ろに並んでいる。  
 次に並んだのは黒クマ夫婦だ。

「この匂い。絶対に美味しいやつ」
「んむ。ヨダレが止まらん」

 獣人の鼻をほどよく刺激したようで、彼らも期待に満ちた眼差しを向けてくる。
 皆の様子を見て、ルトガーとキャスもおそるおそる列に並んだ。

「ナギが作る飯にハズレはなかったからな」
「不思議と食欲を刺激する香りよね」

 焼き上がったコッコ鳥の串を順番に配っていく。残念ながら、スパイスは貴重品なので一本ずつ。肉は胸肉を大きめにカットしてあるので、食べ応えはあるはず。
 タンドリーチキン風にヨーグルトに漬け込んでスパイスをまぶしてみた。

「どうぞ召し上がれ。……んっ、熱いけど、美味しい!」

 真っ先に食い付いたのは、エドとナギ。
 エドは無心で串に齧り付いている。
 ヨーグルトに漬け込んでおいたので、パサパサした食感もなく、柔らかな胸肉はジューシーだ。
 カレーパウダーも馴染んでおり、ピリリとした辛さが食欲を刺激する。

「辛いわ! でも美味しい! やるじゃない、ナギ」
「スパイスの他に薬草も使っているわね……? まさか、あの薬草が調味料になるなんて……んっ…おいし……」

 ミーシャには使っているスパイスがバレてしまったかもしれない。さすが、エルフ。
 だが、スパイスの正体を探るよりも今は食欲を優先したようで、黙々と串肉を食べている。

「なんだ、これ! 初めての味だが、旨いな」
「美味しいわ……すごく、喉がひりつくけど、止まらない……!」

 人族の二人にも好評。
 黒クマ夫婦はゆっくり味わう余裕もなかったようで、二口ほどで食べ切ってしまっていた。哀しそうに串を見下ろし、ナギに訴えてくる。

「おかわり……」
「残念ですが、ありません。これは貴重なスパイスを使っているので、一人一本だけです」
「うっ……」
「そんな……」

 ショックを受ける歴々を見渡して、ナギはにこりと笑う。

「そんな皆さんに朗報です。さきほどのピリ辛美味しい調味料の素、スパイス類はハイペリオンダンジョンでゲットできます」
「なに!」
「本当か?」
「本当ですよ。フロアボスを倒せば、ドロップします。今回は串焼きでしたが、あの調味料を使った、もっと美味しい料理も出せます」

 ごくり、と何人かの喉が鳴る音が響いた。
 す、とミーシャが口元をハンカチで拭いながら優雅に片手を上げた。

「興味があります。そのスパイスは私が手に入れましょう」
「ズルイわ、ミーシャ! 私もスパイス料理が食べたいっ!」
「いやいや、アンタ達はナギとエドの護衛だろ?」
「そうよ。ここは私たち『黒銀くろがね』の出番ね」
「任せろ。フロアボスだな」
「全部叩き潰す」

 全員のやる気を爆上げさせたナギは、成功! と拳を握り締めて喜んだ。

「ナギ……煽り過ぎだ……」
「でも、これでカレーがたくさん食べられるようになるのよ? エドもタンドリーチキン、もっと食べたいでしょう? カレーピラフも作りたいなぁ。あ、カレーまんやカレーパンもまた食べたいね?」
「案内役がボスを狩っても問題はなかったよな、ナギ?」

 たくさんスパイス類が手に入りそうな予感に、ナギは満面の笑みを浮かべた。



◆◆◆

今月末に『異世界転生令嬢、出奔する』2巻が発売予定です!
今回もとっても素敵なイラストです。表紙の可愛さに身悶えしております💕
よろしくお願い致します!

◆◆◆
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