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〈冒険者編〉

216. サーモンパラダイス

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 シーフードカレーのランチを堪能したので、そろそろ移動することにした。
 向かう先は、二十階層。
 このフィールドは少し変わっている。
 海ダンジョンと呼ばれている南のダンジョンにおいて、海ではなく川がメインの階層なのだ。
 フィールドはそれなりに広いため、他の冒険者と出くわすことは滅多にない。
 転移扉でグループごとに飛ばされた先は、様々だ。
 草原エリア、岩場、林の中。一貫しているのはそこに川があることくらいか。
 そして、その川こそが、ナギとエド、そしてアキラが熱望する場所で。

「今日は岩場だな。足元が滑りやすいから、気を付けろ」
「ん、分かった。エドも気を付けてね」
「任せろ。大漁を期待していてくれ」

 頼もしい笑顔でエドが頷く。
 二十階層へ転移した二人は大小の岩が転がる川辺に飛ばされたようだった。
 少し歩けば、平原があるようだが、もちろん二人とも移動なんてしない。
 爛々と輝く眼差しを、ひたと川の中に向ける。そこに、二人と一匹が求めるものがいるのだ。
 パシャン、と水音を立てては川面を飛び跳ねた。
 釣られるように、バシャバシャと激しい音が響く。
 ナギはぱっと顔を輝かせた。

「たくさんいるみたいね」
「ああ、獲り甲斐があるな」

 エドは既に裸足になっており、上着とブーツはアイテムポーチに収納している。
 シャツの袖口を捲り上げ、嬉々とした様子で川に足を踏み入れた。
 狙う獲物は、川を埋め尽くしている。
 
「獲るぞ、サーモン」

 そう、二十階層のメイン獲物はフィールドを占める川を遡上する鮭だった。

 鮭は生まれて数年ほどで、海から故郷の川に戻ってくる。川の流れに逆らって遡上し、そこで産卵するのだ。
 初めて二十階層に到着した時には、その勢いに圧倒された。
 そして、その恵みに大いに感謝したものだった。

「この川って、海に繋がっているんだよね? 端まで確認したことはないけど」

 遡上しているサーモンは両腕で抱えるほどの大きさだ。丸々と肥えていて、とても美味しそう。
 産卵のために川に戻ってきているため、腹の中にはぎっしりと卵が詰まっている。
 つまり、ここにいるサーモンはイクラを腹に抱えているのだ。
 ナギは膝まで川に浸かったエドに向かって、笑顔で声を掛けた。

「今夜はサーモンとイクラで海鮮親子丼よ、エド!」

 ギラリ、と琥珀色の瞳が光る。
 やる気は上々のようだ。

「クマは頼む」
「うん、任せて!」

 二十階層に現れる魔獣はブラウンキラーベア。
 見た目はヒグマにそっくりで、大きさは倍ほどの凶暴な魔獣だ。
 川を遡上するサーモンが好物なため、川の近くにいれば、向こうから現れる。
 縄張りを荒らされるのが何より嫌な魔獣らしく、怒りの咆哮を上げながら襲ってくるのだが、もちろんナギがエドに近寄らせるわけはない。
 ご丁寧に叫びながら駆けてくるので、遠方から魔法でさくさく倒していく。
 クマの魔獣は毛皮に魔石、肉や肝臓をドロップする。
 毛皮は撥水性があるため、良い値段で買い取って貰えた。
 雑食性のため、肉は食用だが、ボアやディアに比べて人気は落ちる。
 肝臓は薬の素材となるらしく、こちらは高値がつく。
 毛皮に大きな傷を付けたくないため、ナギはもっぱらウインドカッターでブラウンキラーベアの首を落とすようにしていた。
 師匠であるミーシャに魔法制御をスパルタで指導されたため、もう外すことはない。
 【気配察知】スキルに反応した方向へ視線を向けると、小さな茶色の点が遠くに見えた。ブラウンキラーベアだ。
 その咆哮が聞こえる距離まで近付いたあたりで、ナギはウインドカッターを放つ。

「まずは一頭、確保ね」

 切り落とした頭部以外を目視で【無限収納EX】に収納する。
 その間、エドはこちらに視線を向けることなく、真剣な表情でサーモンを狩っている。
 エドのサーモン狩りスタイルはいつもの森での狩猟と違い、ちょっと面白い。
 最初は丁寧に一匹ずつナイフでトドメを刺してアイテムポーチに放り込んでいたが、段々と面倒に感じてきたらしく。
 スピーディ、且つ確実に数を稼ぎたいエドが辿り着いた捕獲方法は、ブラウンキラーベアを参考にしたサーモン漁に落ち着いた。
 つまりは、川に入り、その両手を素早く振ってサーモンをひたすら川の外に放り投げる作戦だ。
 ブラウンキラーベアを倒したナギが、エドの周辺を確認すると、川の外でサーモンがピチピチと跳びはねていた。

「いち、にい、さん、……うん、もう十三匹ゲットしてるね」

 サーモンを回収するのは、ナギのお仕事だ。生きたままでも、触れれば【無限収納EX】に送れるが、すぐに食べられるように解体しておきたいので、一匹ずつナイフで締めておく。
 収納と同時に自動解体をしながら、せっせとサーモンを拾っていくナギだった。


◆◇◆


 昼から夕方まで、エドはサーモン獲りを頑張った。
 ナギもブラウンキラーベアを倒しながら、ひたすらサーモンを拾い、気が付けば周囲は夕闇色に染まっていた。
 そろそろ野営地に戻ろうと思う。
 エドに声を掛けると、分かったと頷いて川から上がってきた。

「疲れたけど、たくさん確保できたと思う」
「うん、多分今までで一番の量だと思うわ……」

 ざっと数えてみたが、ブラウンキラーベアは十七頭。サーモンに至っては、八十匹以上を確保していた。

「頑張ったわね、エド。今日の海鮮親子丼は盛り放題よ!」

 エドがぐっ、と拳を握り込んで静かに喜んでいた。


◆◇◆


 本日の野営地は、お馴染み十階層。
 ウユニ塩湖に似た、遠浅の海フィールドだ。
 暗くなってしまう前に、良さそうな小島を見つけて、そこを拠点にした。
 転移扉で踏破した階層へ自由に移動が出来るダンジョンならではの野営だ。
 十階層は安全な上、プライベート空間をしっかり確保できるので人気な野営地。

「何より、この神秘的で美しい光景に癒されるんだよねー」

 もっと下層階には、オーロラが拝めるフィールドもあるらしい。
 前世でも実物は見たことがないので、ナギもエドもオーロラ階層は楽しみにしている。
 
 ともあれ、今はサーモンだ。
 エドは五時間近く川に下半身が浸かっていたので、平気そうな顔をしているが、かなり冷えているはず。
 バストイレ用の魔道テントを手早く設置すると、お風呂で温まってきなさいと送り出しておいた。
 急いでメインのテントを出し、テーブルセット、調理台やコンロを設置していく。

「今日は時短ができるわね」

 お米は昨日の内に土鍋で炊いておいたので、合わせ酢で酢飯にしていく。
 酢飯を冷やしている間に、味噌汁を作った。せっかくなので、本日ゲットした食材を使うことにした。

「エドが苦手かもしれないから、二種類作っておこうかな……」

 こればかりは、その時になってみないと分からない。
 最初は及び腰だったが、タン料理のように大好物になる食材もあるのだし。
 小鍋ミルクパンで二種類の味噌汁を手早く作っていると、エドが風呂から上がってきた。
 すっかり温まったようで機嫌が良さそうだ。
 ナギの手元を覗き込もうとしてきたので、テーブルセッティングをお願いしておく。
 心得た、と頷いたエドはテントの中に出しておいた食器棚から木皿を運んできてテーブルに並べてくれた。
 
「うん、酢飯も冷えたね。エド、お椀に酢飯をよそってくれる?」
「ん、分かった。ナギは普通盛り?」
「普通盛りで! 山盛りにしたら、サーモンといくらが載らなくなっちゃう」
「! それは大変だな。俺も普通盛りにしておこう……」

 いつものようにメガ盛りにするつもりだったらしいエドが、慌ててご飯の量を調整している。
 お肉やカツなら、まだトッピングしやすいが、いくらはポロポロと溢れてしまうので、ここは酢飯普通盛り、具材山盛りが正解だろう。
 サーモンを食べやすいように刺身サイズに切り分けて、酢飯に載せていく。
 もうご飯は見えないほど、二重、三重に盛り上げていくと、その都度エドから小さな歓声が上がった。
 ふさふさの尻尾がすごい勢いで振られている。かわいい。

「さて、ここからがお楽しみのです。じゃーん!」

 わざとらしく声を張り上げて、深皿を頭上に掲げた。キラキラと輝く、赤い宝石にエドの瞳が満月のように煌めいた。

「エドがサーモンを狩っている間に、漬けて冷やしておいた、イクラの醤油漬けです!」
「おおお……! さすが、ナギ。抜かりがないな」
「ふふっ、もっと褒めていいのよー? このイクラをサーモンの上にたっぷりと掛けます」

 スプーンですくったイクラを丼の天辺にそっと載せていく。一度ではなく、三度ほど、たっぷりと。
 最後に刻んだ大葉を散らして、ワサビを添えれば、海鮮親子丼の完成だ。

「どうぞ、たっぷりと召し上がれ」

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