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〈冒険者編〉

201. 牡丹鍋

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 二十階層にあるヒシオの実は採取し尽くしても、翌日にはリポップしている。
 なのでナギとエドは毎朝、二十階層に転移して、ヒシオの実を収穫した。
 大木に辿り着くまでに群がってくるトレントを殲滅するのも慣れたもの。
 上級魔法は強力だが、燃費は悪い。
 使い慣れた初級の火魔法を駆使して、ナギはトレントを燃やし尽くした。
 エドも魔道武器である弓を使い、火矢を放ち、トレントを大量に倒している。
 弓だけでは腕が落ちると、たまに槍や剣を使っていた。

 トレントは魔石と木材しかドロップしないと思い込んでいたが、楓に似たトレントはメイプルシロップ入りの瓶を落とした。
 鑑定し、二人で味見をしたが、甘くて美味しいシロップだった。
 さっそくオヤツのパンケーキに使ってみたが、蜂蜜とは違った味わいに舌鼓を打った。
 ワッフルやプリンに使っても面白いかもしれない。
 メイプルシロップはレアドロップアイテムらしく、滅多にドロップしないので二人で競ってトレントを狩りまくってしまった。


 二十階層でのヒシオの実採取とメイプルシロップ狩り、もといトレント狩りを朝イチで済ませてから、二人は下層へ降りて行く。
 さすが食材ダンジョン。魔獣は食用の肉をドロップする種が中心に出没し、魔物もオーク系ばかりだ。
 下層に行くほど、オークも上位種が増え、三十階層にはオークキングがフロアボスとして二人の前に立ちはだかった。
 さすがにキング種を前に手加減も出し惜しみもするつもりはない。
 ナギもエドも自身が使う最大出力の魔法をぶっ放してオークキングを攻撃した。
 エドは氷魔法、ナギは風魔法を。
 氷雪と豪風が相乗効果をもたらし、災害級の攻撃へと進化したらしく、オークキングは呆気なく倒された。
 自分たちでやったとは言え、あまりの威力に二人はしばらく呆然と立ち尽くしてしまう。

「ふわぁー……。さっきの魔法、すごいことになっていたね? ハリケーンみたいだった」
「……雷光も見えた気がしたが、ナギは風魔法しか使っていないんだよな?」
「うん。私が使えるのは四属性魔法と闇と光の魔法だけだから、エドが得意な氷は使えないし、雷魔法も使えないわ」

 氷と風の魔法がハリケーンに進化して、おまけで雷も発生したのだろうか。
 帰ったら師匠のミーシャに確認することにして、ナギはウキウキとオークキングが落とした宝箱に歩み寄った。
 棺サイズの大きな宝箱の横には、オークキングの肉も大量にドロップしていた。
 魔石も大きく、鮮血のように鮮やかな色をしている。これは買取額も期待出来そうだ。
 宝箱の中身は大きな木箱が幾つかと、木製の小樽や壺などが詰め込まれていたので、そのまま【無限収納EX】に収納しておいた。
 宝箱ごと収納すれば楽なのだが、ダンジョンでは宝箱を持ち去ると二度とドロップされなくなるので、箱の中身だけ持ち帰るのが冒険者のお約束だ。
 リポップと同じく、何らかの方則がダンジョンにはあるのかもしれない。

「三十階層より、まだ下に続いているみたいね」
「小規模ダンジョンではないようだな。三階層制覇したし、今日はもう休もう」
「そうね。たくさん宝箱やドロップアイテムも手に入ったから、コテージでゆっくりお宝鑑定しましょう!」

 フロアボスのいた小部屋の奥がセーフティエリアになっていたので、ナギはそこにコテージを取り出した。


◆◇◆


 少し早めの夕食は、ボア肉を使った牡丹鍋にした。
 フォレストボアの幼い個体──いわゆる、ウリ坊の肉を使う。
 ウリ坊とは言え、フォレストボア自体が軽トラック並に大きいため、日本での成獣のイノシシと変わらない大きさではある。

「フォレストボアのお肉も美味しいんだけど、ウリ坊のお肉もまた格別なんだよね」

 これはダンジョン産ではなく、大森林の入り口近くでたまたま遭遇した個体の肉だ。
 ウリ坊が四頭こちらに突進してきたので、エドが弓矢で倒し、気付いた母ボアが襲い掛かってきたのをナギが水魔法で返り討ちにした。倒したからには、責任を持って美味しく頂こうと思う。

 薄く切ったボア肉は綺麗な赤身にサシが入っている。良い色だ。
 鑑定したが、健康的で寄生虫もいない。
 今日もたくさん魔法を使ったので、二人とも空腹だ。丸々一頭分のウリ坊の肉を鍋用に切り分けた。

「豆腐はないから、白菜と長ネギ、ダンジョンで見つけたキノコと水菜を使おうかな」

 肉を切る作業はエドに任せて、ナギは他の具を用意する。後は鍋のつゆ作りだ。
 味噌オンリーでも良いが、せっかくなので昆布出汁も使うことにする。
 ヒシオの実だが、細かく鑑定していくと、赤味噌と白味噌があった。
 どちらもそれぞれ美味しいが、ナギは両方を合わせ味噌にして使うことが多い。
 今回の牡丹鍋も合わせて使うことにした。
 土鍋で沸かした昆布出汁に料理酒代わりの白ワイン、合わせ味噌とすりおろした生姜を投入し、良く混ぜ合わせていく。

「いつもはここでお砂糖や蜂蜜を少し入れるんだけど、今日はコレ!」

 二十二階層で見つけた宝箱から発見した、陶器製のツボの中身をスプーン三杯ほど土鍋に入れる。

「それは調味料なのか?」
「みりんだよ。調味料、でいいのかな? うーんと、お米の酒の一種なんだけど、日本料理で良く使う調理酒。甘さとコクが出るから、醤油との相性がすごく良いのよ。もちろん味噌ともね?」

 まさか、ダンジョンでみりんがドロップするとは。でも、おかげで和風の料理の味付けはぐっと美味しくなる。

「お魚の煮付けはもちろん、照り焼き料理がすごーく美味しくなるから!」
「……てりやきハンバーグも?」
「もちろん! 煮切って甘いリキュールみたいにしたら、スイーツにも使えるのよ」

 バニラアイスにシロップのように垂らしてもきっと美味しいに違いない。
 
「お肉や魚の臭みを消したり、煮物の煮崩れを防いでくれるし、味が染み込みやすくなるのよね。優秀なんだよ、みりんは」

 無くてもそれなりの料理は作れるが、あった方が断然美味しくなる。
 説明しながらもナギは手際良く、土鍋に具材を入れていく。
 見栄え良く、食べやすいように綺麗に並べて、メインのボア肉も投入した。
 くつくつと煮えていく間に、テーブルをセッティングする。
 鍋の〆は迷ったけれど、うどんに決めた。
 つゆが残れば、明日の朝食を雑炊にすれば良い。

「ナギ、火が通ったようだ」
「ん、良い匂いだね。食べましょう!」

 さっそく箸を伸ばして、まずはお肉を味わった。筋肉質な赤身肉を誇るボアだが、若い個体の肉はまだ柔らかい。
 薄くスライスしたことで脂肪分の濃厚な甘みを味わいやすくなっている。
 ウリ坊の脂は少しくどいくらいだが、味噌味のツユのおかげで食べやすい。

「うん、美味しい。いつもの醤油味も悪くはなかったけど、ボア肉の鍋はやっぱり味噌味が合うかも」
「ああ。これは美味い。味噌が肉や野菜に染みているから、いくらでも飽きずに食えそうだ」
「これは白飯とも合いそうだね。ん、キノコも美味しい。シャキシャキの水菜もいい感じ。味噌だけだと、ちょっと辛いんだけど、みりんが良い仕事してくれてるねー」

 イノシシはオスよりメスの方が美味しいと聞いたことがあるが、ウリ坊がこんなに美味しいなんて。
 舌に乗せて味わいながら、うっとりと噛み締める。柔らかくて、ほんのり甘い。
 豊かな大森林の恵みをたっぷりと享受していたウリ坊はぷくぷくに肥えており、脂肪の甘みを深めてくれていた。

(イベリコ豚みたいに、ドングリをたっぷり食べたのかな?)

 香りも良かったので、トリュフなどのキノコも食べていたのかもしれない。
 シメのうどんを投入し、ボア肉も追加する。具材ごと煮込まれた味噌味のツユのコクがさらに増した気がした。
 美味しすぎて、明日の雑炊用のつゆが残らなかったのだけが反省点だった。
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