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〈掌編・番外編〉

6. 海キャンプに行こう 1

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『海ダンジョンへキャンプに行きたい……!』

 いつものように庭と畑に魔法で水をやり、土魔法で手入れをしていると、仔狼姿のアキラがほてほてと歩み寄って来てそう訴えた。
 早朝、エドは庭の片隅で鍛錬をするか、森の周辺をジョギングしているはずだが、アキラが説得して交代して貰ったのだろうか。

「キャンプって? ダンジョンで野営をしたいってこと?」

 いつもやっていることだよね、と不思議に思いながら首を傾げていると、焦れたように仔狼アキラがくるくると庭を駆け回った。
 自分の尻尾を追い掛けているように見えて、とても可愛らしい。
 
『違いますー! 俺がやりたいのはキャンプ! テントを設営して海釣りしてバーベキューしたり、カレーを食べて、夜は焚き火を囲んで星空を眺めながらコーヒーを嗜む的なキャンプなんですっ』
「……やっぱり普段とそう変わらない? カレーとコーヒーはないけど」
『センパイ、ひどいー!』

 小さい前脚を鼻先に当てて、ひんひん泣き真似をするポメラニアン。もとい、仔狼。
 困惑しながらも、ナギはふかふかの毛玉を抱き上げた。

「ええと、良く分からないけれど、とにかく遊びに行きたいんだね? 海ダンジョンに」
『行きたいです。ダンジョンでは俺、夜の見張り番ばっかりだし、海で遊びたい……』

 綺麗な金色の瞳が上目遣いで訴えてくる。漆黒の毛皮に輝く金色はまるで満月のようで、つい見惚れてしまう。
 まるい額を指先で撫でてやると、うっとりと瞳が細められた。猫みたいだ。喉は鳴らないけれど、ふさふさの尻尾がゆらりゆらりと揺れている。

「ふふ、いいよ、もちろん。この姿でいるってことは相談したエドも賛成してくれたってことでしょう?」
『いいんですか! やったぁ、サバイバルキャンプだー!』

 ぴょん、と腕の中から飛び降りて、庭を駆け回る仔狼。

「サバイバルキャンプ……? あ、でもやっぱりいつもと変わらない?」

 前世で何かの折に観た動画では、ナイフ一本でテント代わりの拠点を作ったりと、とてもハードなキャンプを楽しんでいたが。

「いや、あれはブッシュクラフトっていったかな? サバイバルキャンプとは違うよね?」

 五歳からの五年間、過酷な生活を送ってはきたが、元々の渚はアウトドアよりもインドア派だったのだ。
 それに、便利な魔道具や立派な屋敷で暮らす快適さを知った今、過酷なサバイバル経験はなるべく積みたくない。

「待って待って、アキラさん? サバイバルキャンプって装備はいつもので良いのよね? テントとかベッドとかお風呂とか」
『それはもちろん! あ、でもコテージは使いませんからね? キャンプ気分が台無しになっちゃう!』

 キャン! と胸を張って答えてくれた。
 コテージはこの土地の前の住人の置き土産で、今はナギの【無限収納EX】内に眠っている。いつか遠征時に仮の家として使おうと楽しみに手入れしているが、今のところまだ出番はなさそうだった。

「まあ、海ダンジョンの低階層でコテージを出したら驚かれるからダメよね、当然」
『いつものように拠点を作ってテント泊して、昼間は海で遊ぶんです! 喉が渇いたら森に入って果物を食べたり、夕食の肉を手に入れたりしたいです。夜はそのお肉と魚でバーベキューしましょう!』
「うん、なるほど。つまり、アキラは普通に遊びたかっただけ、と」

 キャン! と可愛らしい声音で元気な返事が返された。


「せっかくの異世界、ダンジョンを経験してみたいとアキラが」
「でしょうね……」

 【獣化】スキルを解いて、エドの姿に戻った彼は神妙な表情で朝食を口に運んでいる。
 今朝は和風メニューだ。炊き立てご飯にすまし汁、だし巻き玉子、ほうれん草のおひたし、きゅうりとワカメの酢の物付き。
 メインには昆布で締めたサバを焼いている。味が染みて、とても美味しい。

「まぁ、気持ちは分かるし、ここしばらく働き詰めていたから、バカンス気分で行ってみようか」
「いいのか」
「私よりエドじゃない? だって、キャンプの間、アキラに肉体を貸してあげるんでしょう? いいの?」
「別にいい。アキラにはいつも助けられているから。それにアキラが経験することは、ちゃんと俺にも伝わってくる」
「そう。エドがいいなら、海ダンジョンキャンプに行きましょうか。予定を立てないとね」

 サバイバルはあまり嬉しくないが、キャンプ自体は、今は嫌いではない。それもあの快適な魔道テントがあればこそだが。

「だが、ダンジョンのどの階層へ行く? 三階層まで洞窟フロア、四階層は砂漠エリア。やはり五階層か?」
「ああ、初めて野営をした砂浜エリアだよね。海辺だし、ジャングルには果物がたっぷりあったから魅力的だけど……」

 拠点にするには砂地が狭いし、何より他の冒険者たちの目が気になった。
 ジャングル内にはフレイムモンキーを筆頭に魔獣もそれなりにいる。

「ちょっとキャンプ地には向いていないかも」
「そうだな。やはり六階層か。あそこはいい。大量にカニが狩れるからな」
「ビッグクラブが大量に狩れるのは私も嬉しいけど、それだといつものダンジョン野営と変わらないよね? あと、他の冒険者にアキラが目を付けられないかな」
「…………目立ちそうだな」
「うん……」

 可愛らしい黒のポメラニアンもどきが巨大なカニの魔獣を嬉々として狩りまくっている姿は、容易に想像がつく。
 小さくて可愛くて、とんでもなく強い。そんな従魔がいたら、冒険者はこぞって欲しがるだろう。

「魔獣が少なくて、人も少なくて、キャンプ地として良さげな立地の場所かぁ……。アキラは釣りや海遊びを楽しみたいんだよね? あとは果物もすぐに採れる場所」

 指折り数えて、ため息を吐く。
 そんなリゾート地のような場所がダンジョン内にあるわけがーーー…

「ん? そう云えば、あったかも? 初めて目にした時、リゾート向きの島だと思ったっけ……」
「ナギ?」
「……うん、いいかも。エド、キャンプ地はあそこにしましょう。とりあえず、日程を組んで準備だけしておこうか?」
 
   
 そういうわけで、二人(と一匹)で海ダンジョンにキャンプへ行くことになった。



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