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〈ダンジョン都市〉編

128. 休日

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 海ダンジョンから帰還した二人は三日ほど休むことにして、のんびりと定宿じょうやどの『妖精の止まり木』で過ごしている。

 南の冒険者ギルドで素材や魔石類を買い取りして貰ったので、資金には余裕がある。
 水の魔石と真珠の買取金額はかなり美味しかったので、しばらく遊び暮らしたとしても充分なほどのお小遣いとなった。

「真珠だけでも二十個以上はあったからね。自分たちが使う分は確保したけど、水の魔石も百個以上。その他のレアな魔獣の素材も高値で買い取ってくれたし、海ダンジョンは短期間に稼ぐには有りかもね?」

 今回の報酬は金貨五十六枚にもなった。
 一週間ほどダンジョンに潜った金額としては破格だろう。
 なにせナギの【無限収納EX】スキルのおかげで魔獣や魔物の素材獲得率は百パーセント。
 レアな素材や魔石、真珠や宝石も確実に入手出来るのだから。

「半分を活動費として貯金しておいて。残りを二人で分けても、一人金貨十四枚分の儲けだよ」
「海キャンプ気分で遊んでいた身には申し訳なく感じる金額だな…」
「そうね。三日以上ウキウキで海を楽しんじゃったよね…」

 綺麗な海辺でカニを獲ったり魚を突いたり、貝を掘ったりしつつ、ダンジョンで一週間を過ごして、日本円で百四十万円ほど稼いでしまったのだ。 
 しかも、大量の魚介類もしっかり入手して。

「あの美味しいお肉と雷属性の魔石持ちのキジの魔獣。すごーくレアなのは鑑定で知っていたけど、まさかあんなに高値で素材を買い取ってくれるとは思わなかったよね」
「ゴールデンフェザントな。金色の羽毛は最高級枕として貴族御用達素材、尾羽は雷耐性のある装備の原材料らしいぞ」
「…なるほど。雷属性の魔石は売りに出さなくて良かったかもね」

 羽毛と尾羽を買い取りカウンターに並べた途端、ギルド職員は目の色を変えたのだ。
 しきりと情報提供をお願いされたけれど、たまたま遭遇したので分からないと誤魔化している。
 お肉も魔石も手放す気はないし、乱獲されるのは嫌だったので。

 サハギンの宝箱から入手した宝飾品は手放した。海産物はしっかりと確保してある。
 数ヶ月は海鮮市場に行かなくて済む量の魚介類を手に入れることが出来て、ナギはご機嫌だった。

 島で手に入れた果物類もたっぷりとある。
 美味しいキジ肉と雷属性の魔石はもちろん、カニの魔獣も定期的に確保に訪れたいほどに南のダンジョンは魅力的だった。

「なかなか良かったよね、海ダンジョン」
「東のダンジョンから拠点を移すか?」
「んー…。海の近くに住むのも悪くはないけれど、お肉を狩るのも嫌いじゃないんだよね」
「俺もどちらかと云えば魚よりは肉が好きだな。カニも良いが」

 肉食獣人なエドは真剣な表情だ。
 まぁ、毎日ずっと魚料理だと、さすがに元日本人の自分でも飽きる。

「そうだね。ずっと住むとなると、違うかな。たまに遊びに行きたいから、十日ほど海ダンジョンキャンプをするのは良いかもしれないけれど」
「いいな。たくさんカニを獲ろう」

 エドと顔を見合わせて、微笑み合う。
 カニは美味しいので大量に確保するのは良いことだと思います。

 それに良く考えれば、海の近くに土地を購入しても、母の別荘は設置しにくい。
 北の国仕様で建築された建物なのだ。潮風に晒されても大丈夫なのか、不安だった。
 こちらの世界に台風があるかは知らないが、耐えられるかも謎だ。

「今のところは東のダンジョン付近の方が、住むには良さそうかな。海ダンジョンはキャンプ地候補で」
「だな。俺も南よりは東が良い」

 他の候補地は北と西のダンジョン付近。
 これも実際に潜ってみないと分からないだろう。相性が悪そうだからと、これまで敬遠していたけれど、行ってみれば、意外と居心地が良いかもしれないし。

「まぁ、今はとりあえず。のんびり休日を楽しみましょう?」

 せっかく落ち着ける宿に戻れたのだ。
 帰宅した日はもう遅い時間だったので、ミーシャさんに軽く挨拶だけして、すぐに寝台に潜り込んでしまった。
 お昼近くまで惰眠を貪り、空腹で焦れた仔狼アキラに起こされて、先程ようやく朝食兼昼食を済ませたところだった。

 海ダンジョンで日焼けした肌も治癒魔法で綺麗に元通り。しっかり睡眠を取ったので、体調もすこぶる良い。

「皆にお土産を渡して来ようか?」
「そうだな。ついでに市場で買い物をして帰ろう」
「ん、いいね。お米や小麦の在庫が心許ないから、買い溜めしたい!」
「……ナギはどうしてそこまで爆買いが好きなんだ…?」

 少し引かれていたようだ。
 不思議そうに問われるものの、ナギにも理由は分からない。
 前世でも特に買い溜めする趣味はなかったので、これはやはりアリアとして生きた際に生じたトラウマが原因なのだろう。

「食べる物がないと、辛いからね。ひもじくて、哀しくて、すごく心細くなるもの。着る物がないと、寒いし恥ずかしいし、情けなくなる。藁のベッドは最悪よ。ゴワゴワのシーツをかぶせても、チクチクするし、虫が湧く」

 アリアだった頃の記憶を思い出して、淡々と告げる。
 前世の記憶を思い出すまで、アリアはずっとお腹を空かせて寒さに震えて過ごしていた。
 感覚はとうに麻痺していたので、埃っぽくて隙間風が入ってくる屋根裏部屋の、虫がいるベッドでも気にせず寝ていたけれど。

「そんな風に生きていたから、たくさん食べ物を収納していないと、何となく不安になるのかも?」
「……そうだったな。すまない、嫌な記憶を思い出させた」
「今は気にしていないから平気よ。幸い、便利なスキルを手に入れて快適に暮らしているから」

 自分の方が辛そうな顔をしている、優しい少年の頭を背伸びして撫でてあげた。
 いつもは自信満々にピンと立った耳が情けなく寝かされているのに、笑ってしまう。

「ね、今夜は皆を誘って庭で海鮮バーベキューをしようよ。お土産もそこで渡そう」
「…いいな。たくさん獲ったカニを出してやろう。きっと皆驚く」
「じゃあ、エドは皆を誘ってきてくれる? 私はバーベキューに出す料理とお菓子を作っておくから」
「分かった。行ってくる」


 あっという間に駆けて行った少年を見送り、ナギはさてと腕を組む。
 東ではあまり魚を食べる冒険者はいない。珍しい海産物は喜ばれるだろうけれど、肉食な獣人たちには物足りないはず。

「メインは魚介類だけど、肉も焼けるように用意しておかないとね。セルフでバーベキューをして貰うとして、サラダやお惣菜類はビュッフェ形式にしたら楽かな」

 食堂は庭へ続くドアで繋がっている。
 テーブルいっぱいにお惣菜やサラダ、パンやパスタなどを大皿で並べておけば適当に取り分けて食べられるだろう。
 肉や魚などのメイン料理は庭で食べれば良い。

「デザートをビュッフェ形式にしたら、師匠ふたりがその場から離れなくなりそうだよね…」

 甘味は希少だし、前世レシピで作った菓子はこの世界の住人に絶賛されている。
 下手に提供すると、取り合って血を見ることにならないとも限らないのが怖い。
 普段は穏やかでも、基本的に冒険者は血の気が多いのだ。

「…珍しいお菓子はやめておこう。エドに氷の入れ物を作ってもらって、カットしたフルーツを並べておこうかな?」

 あとは、フルーツゼリーやタルトを作っておいて、一人一皿手渡してやれば喧嘩にならないか。

 メニューを考えると、楽しくなってきた。
 食べることが大好きなナギは、作ることも好きなのだ。
 皆、美味しい美味しいと笑顔で平らげてくれるので、やる気も増すというもの。

「よし! まずはお肉をタレに漬けておこうかな」

 スープを仕込み、パスタとサラダも作ろう。
 揚げ物は収納に作り置きしておいた物を放出しても良い。
 
 邪魔な髪をポニーテールにして、いそいそとエプロンを身に付ける。
 エドが戻ってきたら手伝ってもらうため、宿のキッチンで作業することにした。
 暇そうな宿の住人を見かけたら、手を借りよう。お礼はバーベキューに招待すれば充分。

「みんな、喜んでくれるかな?」
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