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〈ダンジョン都市〉編

113. 海ダンジョン 2

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 探索は順調だ。
 一層の洞窟エリアで出没するのはゴブリンなので、危なげなくエドが倒していく。
 南ダンジョンのゴブリンは青い肌の持ち主で、俗に海ゴブリンと呼ばれているらしい。
 通常のゴブリンは緑色の魔物で、落とす魔石も緑の風属性の魔石だ。
 海ゴブリンは水色の魔石を落とす。


「ゴブリンは魔石しか落とさないから、収納はしないよ」
「それが良い。一層は他の冒険者たちの目も多い」

 魔石だけでなく、肉や他の素材も採れる魔獣なら、率先して収納していくところだが、ゴブリンは他の部位に使えるものがない。
 エドが無造作に倒したゴブリンは光を放って消えて、その場には小さな魔石がひとつ残される。
 目視で収納すれば楽だが、人に見られることを恐れて、ナギはひとつずつ拾って歩いた。
 ドロップアイテムの魔石は収納機能を付与したウェストポーチにしまっている。

 海ゴブリンの魔石は水の属性だが、色が薄いため、ランクはかなり低い。
 買い取り金額も鉄貨三枚ほどで、子供のお小遣いレベルだ。
 水を出すかめの魔道具の動力源として使われるため、需要は多いので、安価でも拾っていく。

「この小さな魔石で水瓶みずがめの魔道具が一週間使えるのかー…」
「妥当だろう」

 水が不足している地はもちろんのこと、共同の井戸から水を汲み自宅まで運ぶのは結構な労力が必要だ。
 水汲みは女性や子供たちの仕事とされており、彼女たちには辛い作業なので、一週間数百円で楽が出来るなら、どんどん使えば良いとナギは思う。

 一家にひとつ井戸があるわけではないのだ。
 ダンジョン都市にも集合住宅は多く、父親が冒険者の一家は宿に似たアパート形式の家に住む者がほとんどだ。
 独身の頃は殆どが安宿住まいらしいが。

「海ゴブリン程度の弱い魔物なら、ルーキーや見習いでも倒せるね」
「そうだな。一日こもって粘れば、銅貨五枚以上は稼げるだろう」

 一層で魔石を得て、ダンジョンのある島で豊富な果物を採取すれば成人前の子供でも、そこそこの暮らしが可能だ。
 アリアが住んでいた北の辺境地帯の土地ほど過酷な気候ではないため、随分と恵まれていると思う。

(王国では厳しいわね。衣食住のうち、食以外がきちんとした物でなければ、すぐに凍えてしまうもの。そこらの森でそのまま食べられる栄養価の高い果実が手に入るでもないし…)

 ダンジョンはスタンピードさえコントロール出来れば、豊富な資源を放出してくれる、神の箱庭だ。
 魔獣の肉だけでなく、希少な薬草や魔石も手に入る。
 ダンジョンによっては鉱石、武器、魔道具までドロップすることがあるのだ。
 魔物を倒すと武器や魔道具を落とす理屈が全く理解できないが、稼ぐにはありがたいシステムだと思う。

(希少な魔道具がドロップすれば、数年は遊んで暮らせるって聞くし)

 お金は充分稼いでいるので、物珍しい魔道具がもし手に入ったとしても、自分たちで使おうと考えているナギだった。



 低階層の地図は冒険者ギルドで販売していたので、とりあえず五階層まで買ってある。
 一階層に欲しい物はないので、二階層を目指した。
 地図を頼りに探したので、下へ降りる階段はすぐに見つけることが出来た。

「転移扉じゃなくて、階段なんだね」
「ああ。同じエリアなら階段で移動するらしい。ほら、次も洞窟だ」
「なるほど…。一階層より、潮の匂いが強いね?」
「湿気も多い。水場が近いのかもしれないな」

 エドが先を歩き、ナギが後を追う。
 【気配察知】スキルと結界の魔道具は作動中だ。
 天井から滴る冷たい雫に眉を寄せながら、ナギは足を進めようとして、慌てて立ち止まった。
 ぽとり、と目の前の地面に落ちたのは透明の水饅頭ーーもとい、スライムだ。
 地面に落ちたと同時にエドの片手剣でその核を貫かれている。

「……まさか、上から降ってくるとは」
「上下左右、気を付けよう」

 海ゴブリンよりも濃い色の魔石を拾う。
 綺麗な水色をしている。
 今回はスライムゼリーの採取は諦めて、ドロップアイテムのみを狙うつもりだ。

「森にいるスライムより大きいし、殺意が高い気がする…?」
「自然に湧いた外のスライムは温厚だからな。ダンジョンに現れる魔獣や魔物は人を敵と見做しているから、油断すると危険だ」
「気を付けます…」

 スライム程度なら結界で弾けるが、慎重に行動した方が良いだろう。
 気を引き締めて、エドの背を追いかけた。

 二層のビッグスライムは、魔石か初級ポーションのどちらかをドロップする。
 魔石が八割、初級ポーションが二割の確率だ。
 当然、ポーションの買取り額が高い。
 治癒魔法を使えるナギにはポーションは必要ないので、ドロップした小瓶はすべてエドに渡している。

「自分用には確保しているから、これは売れば良い」
「でも、何があるか分からないから」

 遠慮するエドのリュックに無理矢理詰め込んでいく。
 やがて諦めたのか、エドは何も言わなくなったので、これ幸いとドロップしたポーションを黙々と放り込んでいる。

「私が不在の時に怪我したら大変だし」
「既に充分な量のポーションは持たせて貰っているが」
「まぁ、余ったら売れば良いし?」

 初級ポーションの買取り額は銅貨一枚だったか。擦過傷や捻挫、骨折は初級ポーションで治るのだが、単価は安い。
 中級ポーションは銀貨二枚、上級ともなると金貨一枚以上する。
 日本での薬や治療費を考えると、とんでもなく安く感じるが、それだけこの世界が危険と背中合わせなのがよく分かった。


 二階層も順調に攻略し、ちょうど良い頃合いだったので昼休憩を取ることにした。
 次の階層も洞窟エリアらしく、階段が続いていたので、少し広めの踊り場で休むことにする。
 階段の周辺はセーフティエリアなので、結界は張らないことにした。

「じゃあ、お昼ご飯にしよう。今日は鶏そぼろ入りのおにぎりとトマトスープだよ」
「旨そうだ」

 竹の皮で包んだおにぎりと、トマトスープ入りの木製の椀をエドに手渡す。
 スープは出来立てを収納していたので、あたたかな湯気が漂っている。

「いただきます」

 さっそくスープに口をつけ、おにぎりに齧り付くエド。
 肉入りとは言え、おにぎりだけでは物足りないので、卵焼きと唐揚げも添えてある。
 食欲をそそるトマトスープの香りに誘われるまま、ナギも昼食を堪能した。
 シンプルなメニューだが、どれも美味しい。

 セーフティエリアでは、他の冒険者たちも休憩している。
 低い階層のためか、一人で潜っている冒険者もそれなりにいた。
 皆、皮袋の水を飲み、干し肉や硬いパンを齧っている。
 きちんと昼食を用意している二人は珍しいようで、羨ましそうな視線を感じて落ち着かない。

「食べ終わったから、ナギ」
「うん。もう、行く?」
「行こう」

 今夜は初めてのダンジョン内野営の予定。
 野営に適した場所を探すため、足早にセーフティエリアを離れた。
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