53 / 274
〈ダンジョン都市〉編
113. 海ダンジョン 2
しおりを挟む探索は順調だ。
一層の洞窟エリアで出没するのはゴブリンなので、危なげなくエドが倒していく。
南ダンジョンのゴブリンは青い肌の持ち主で、俗に海ゴブリンと呼ばれているらしい。
通常のゴブリンは緑色の魔物で、落とす魔石も緑の風属性の魔石だ。
海ゴブリンは水色の魔石を落とす。
「ゴブリンは魔石しか落とさないから、収納はしないよ」
「それが良い。一層は他の冒険者たちの目も多い」
魔石だけでなく、肉や他の素材も採れる魔獣なら、率先して収納していくところだが、ゴブリンは他の部位に使えるものがない。
エドが無造作に倒したゴブリンは光を放って消えて、その場には小さな魔石がひとつ残される。
目視で収納すれば楽だが、人に見られることを恐れて、ナギはひとつずつ拾って歩いた。
ドロップアイテムの魔石は収納機能を付与したウェストポーチにしまっている。
海ゴブリンの魔石は水の属性だが、色が薄いため、ランクはかなり低い。
買い取り金額も鉄貨三枚ほどで、子供のお小遣いレベルだ。
水を出す瓶の魔道具の動力源として使われるため、需要は多いので、安価でも拾っていく。
「この小さな魔石で水瓶の魔道具が一週間使えるのかー…」
「妥当だろう」
水が不足している地はもちろんのこと、共同の井戸から水を汲み自宅まで運ぶのは結構な労力が必要だ。
水汲みは女性や子供たちの仕事とされており、彼女たちには辛い作業なので、一週間数百円で楽が出来るなら、どんどん使えば良いとナギは思う。
一家にひとつ井戸があるわけではないのだ。
ダンジョン都市にも集合住宅は多く、父親が冒険者の一家は宿に似たアパート形式の家に住む者がほとんどだ。
独身の頃は殆どが安宿住まいらしいが。
「海ゴブリン程度の弱い魔物なら、ルーキーや見習いでも倒せるね」
「そうだな。一日こもって粘れば、銅貨五枚以上は稼げるだろう」
一層で魔石を得て、ダンジョンのある島で豊富な果物を採取すれば成人前の子供でも、そこそこの暮らしが可能だ。
アリアが住んでいた北の辺境地帯の土地ほど過酷な気候ではないため、随分と恵まれていると思う。
(王国では厳しいわね。衣食住のうち、食以外がきちんとした物でなければ、すぐに凍えてしまうもの。そこらの森でそのまま食べられる栄養価の高い果実が手に入るでもないし…)
ダンジョンはスタンピードさえコントロール出来れば、豊富な資源を放出してくれる、神の箱庭だ。
魔獣の肉だけでなく、希少な薬草や魔石も手に入る。
ダンジョンによっては鉱石、武器、魔道具までドロップすることがあるのだ。
魔物を倒すと武器や魔道具を落とす理屈が全く理解できないが、稼ぐにはありがたいシステムだと思う。
(希少な魔道具がドロップすれば、数年は遊んで暮らせるって聞くし)
お金は充分稼いでいるので、物珍しい魔道具がもし手に入ったとしても、自分たちで使おうと考えているナギだった。
低階層の地図は冒険者ギルドで販売していたので、とりあえず五階層まで買ってある。
一階層に欲しい物はないので、二階層を目指した。
地図を頼りに探したので、下へ降りる階段はすぐに見つけることが出来た。
「転移扉じゃなくて、階段なんだね」
「ああ。同じエリアなら階段で移動するらしい。ほら、次も洞窟だ」
「なるほど…。一階層より、潮の匂いが強いね?」
「湿気も多い。水場が近いのかもしれないな」
エドが先を歩き、ナギが後を追う。
【気配察知】スキルと結界の魔道具は作動中だ。
天井から滴る冷たい雫に眉を寄せながら、ナギは足を進めようとして、慌てて立ち止まった。
ぽとり、と目の前の地面に落ちたのは透明の水饅頭ーーもとい、スライムだ。
地面に落ちたと同時にエドの片手剣でその核を貫かれている。
「……まさか、上から降ってくるとは」
「上下左右、気を付けよう」
海ゴブリンよりも濃い色の魔石を拾う。
綺麗な水色をしている。
今回はスライムゼリーの採取は諦めて、ドロップアイテムのみを狙うつもりだ。
「森にいるスライムより大きいし、殺意が高い気がする…?」
「自然に湧いた外のスライムは温厚だからな。ダンジョンに現れる魔獣や魔物は人を敵と見做しているから、油断すると危険だ」
「気を付けます…」
スライム程度なら結界で弾けるが、慎重に行動した方が良いだろう。
気を引き締めて、エドの背を追いかけた。
二層のビッグスライムは、魔石か初級ポーションのどちらかをドロップする。
魔石が八割、初級ポーションが二割の確率だ。
当然、ポーションの買取り額が高い。
治癒魔法を使えるナギにはポーションは必要ないので、ドロップした小瓶はすべてエドに渡している。
「自分用には確保しているから、これは売れば良い」
「でも、何があるか分からないから」
遠慮するエドのリュックに無理矢理詰め込んでいく。
やがて諦めたのか、エドは何も言わなくなったので、これ幸いとドロップしたポーションを黙々と放り込んでいる。
「私が不在の時に怪我したら大変だし」
「既に充分な量のポーションは持たせて貰っているが」
「まぁ、余ったら売れば良いし?」
初級ポーションの買取り額は銅貨一枚だったか。擦過傷や捻挫、骨折は初級ポーションで治るのだが、単価は安い。
中級ポーションは銀貨二枚、上級ともなると金貨一枚以上する。
日本での薬や治療費を考えると、とんでもなく安く感じるが、それだけこの世界が危険と背中合わせなのがよく分かった。
二階層も順調に攻略し、ちょうど良い頃合いだったので昼休憩を取ることにした。
次の階層も洞窟エリアらしく、階段が続いていたので、少し広めの踊り場で休むことにする。
階段の周辺はセーフティエリアなので、結界は張らないことにした。
「じゃあ、お昼ご飯にしよう。今日は鶏そぼろ入りのおにぎりとトマトスープだよ」
「旨そうだ」
竹の皮で包んだおにぎりと、トマトスープ入りの木製の椀をエドに手渡す。
スープは出来立てを収納していたので、あたたかな湯気が漂っている。
「いただきます」
さっそくスープに口をつけ、おにぎりに齧り付くエド。
肉入りとは言え、おにぎりだけでは物足りないので、卵焼きと唐揚げも添えてある。
食欲をそそるトマトスープの香りに誘われるまま、ナギも昼食を堪能した。
シンプルなメニューだが、どれも美味しい。
セーフティエリアでは、他の冒険者たちも休憩している。
低い階層のためか、一人で潜っている冒険者もそれなりにいた。
皆、皮袋の水を飲み、干し肉や硬いパンを齧っている。
きちんと昼食を用意している二人は珍しいようで、羨ましそうな視線を感じて落ち着かない。
「食べ終わったから、ナギ」
「うん。もう、行く?」
「行こう」
今夜は初めてのダンジョン内野営の予定。
野営に適した場所を探すため、足早にセーフティエリアを離れた。
675
お気に入りに追加
14,842
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
愛する義兄に憎まれています
ミカン♬
恋愛
自分と婚約予定の義兄が子爵令嬢の恋人を両親に紹介すると聞いたフィーナは、悲しくて辛くて、やがて心は闇に染まっていった。
義兄はフィーナと結婚して侯爵家を継ぐはずだった、なのにフィーナも両親も裏切って真実の愛を貫くと言う。
許せない!そんなフィーナがとった行動は愛する義兄に憎まれるものだった。
2023/12/27 ミモザと義兄の閑話を投稿しました。
ふわっと設定でサクっと終わります。
他サイトにも投稿。
婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ
青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。
今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。
婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。
その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。
実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。
やってしまいましたわね、あの方たち
玲羅
恋愛
グランディエネ・フラントールはかつてないほど怒っていた。理由は目の前で繰り広げられている、この国の第3王女による従兄への婚約破棄。
蒼氷の魔女と噂されるグランディエネの足元からピキピキと音を立てて豪奢な王宮の夜会会場が凍りついていく。
王家の夜会で繰り広げられた、婚約破棄の傍観者のカップルの会話です。主人公が婚約破棄に関わることはありません。
【完結】聖女ディアの処刑
大盛★無料
ファンタジー
平民のディアは、聖女の力を持っていた。
枯れた草木を蘇らせ、結界を張って魔獣を防ぎ、人々の病や傷を癒し、教会で朝から晩まで働いていた。
「怪我をしても、鍛錬しなくても、きちんと作物を育てなくても大丈夫。あの平民の聖女がなんとかしてくれる」
聖女に助けてもらうのが当たり前になり、みんな感謝を忘れていく。「ありがとう」の一言さえもらえないのに、無垢で心優しいディアは奇跡を起こし続ける。
そんななか、イルミテラという公爵令嬢に、聖女の印が現れた。
ディアは偽物と糾弾され、国民の前で処刑されることになるのだが――
※ざまあちょっぴり!←ちょっぴりじゃなくなってきました(;´・ω・)
※サクッとかる~くお楽しみくださいませ!(*´ω`*)←ちょっと重くなってきました(;´・ω・)
★追記
※残酷なシーンがちょっぴりありますが、週刊少年ジャンプレベルなので特に年齢制限は設けておりません。
※乳児が地面に落っこちる、運河の氾濫など災害の描写が数行あります。ご留意くださいませ。
※ちょこちょこ書き直しています。セリフをカッコ良くしたり、状況を補足したりする程度なので、本筋には大きく影響なくお楽しみ頂けると思います。
婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。
アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。
いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。
だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・
「いつわたしが婚約破棄すると言った?」
私に飽きたんじゃなかったんですか!?
……………………………
6月8日、HOTランキング1位にランクインしました。たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!
婚約者が、私より従妹のことを信用しきっていたので、婚約破棄して譲ることにしました。どうですか?ハズレだったでしょう?
珠宮さくら
恋愛
婚約者が、従妹の言葉を信用しきっていて、婚約破棄することになった。
だが、彼は身をもって知ることとになる。自分が選んだ女の方が、とんでもないハズレだったことを。
全2話。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。