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〈ダンジョン都市〉編

110. 南の街へ 2

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 駅馬車を利用して、東の砦前から南の街へ向かう。
 のんびりと揺られて三十分ほどで到着だ。 

 まずは宿を探すことにした。
 冒険者ギルドの近くで、ランクは中の上レベルの部屋を目安にする。
 拠点にするつもりはないので、頼むのは一泊だけだ。
 今回は海ダンジョン内で、初めての野営を試みる予定だった。


「一応、先に冒険者ギルドも覗いてみようか。どんな依頼があるのか、気になるし」
「そうだな。この時間なら空いているだろうから、ゆっくり確認できる」


 相変わらず、南の街は賑やかだ。
 早朝から行き交う人々で溢れており、活気がある。
 荷運びの馬車も多く、冒険者だけでなく、商人たちの行き来も活発だ。
 人波に紛れないよう、二人は手を繋いで通りを歩いて行くことにした。


 賑わう海鮮市場を抜けた先の大通り沿いに、南の冒険者ギルドはあった。
 建物の造りはほぼ同じだが、雰囲気は東のそれと全く違う。
 入り口近くに大きめの水場があり、カゴざる、壺などが重ねて置かれていた。

 不思議に思いながら観察していると、どうやらダンジョン帰りの連中が納品の際に使っているらしい。
 皮の袋を背負い、帰ってきた連中が袋の中身をカゴにあけている。
 ピチピチと跳ねているのは、ロブスターサイズの立派な海老だ。
 海で獲ってきたのかと思ったが、どうやら海ダンジョンのドロップアイテムらしい。

 魔物や魔獣から、生きた海産物がドロップする意味が分からなかったが、海で漁をしなくても手に入るのなら、ありがたいかもしれない。
 

「すごいね。あんな立派な海老、初めて見た」
「俺もだ。あの海老でフライが食べたいな」
「なんて贅沢な。素敵な考えなので、獲れたら絶対に作りましょう!」

 想像しただけで、喉が鳴りそうだ。
 さくさくに揚げた海老フライにはたっぷりのタルタルソースを添えよう。新鮮なレモンをちゅっと絞って揚げたてを食べたい。
 あんなに大きな海老フライでお子様ランチを作ったら、夢のような光景になりそうだと、うっとりと妄想する。

(大盛り天丼も、衣でカサ増しせずに作れるよね? 海老カツにしても食べ応えがありそう!)

 この世界では魔獣や魔物だけでなく、ドロップ品も大物があるのは面白い。
 元の世界では大きく育ちすぎた野菜や果物は、大味おおあじで不味いと言われたが、こちらでは当てはまらなかった。

 大森林産の、ナギの頭くらいの大きさの桃や梨は元の世界のそれと遜色ないくらいに濃い味で美味しかったし。

(何より、馬より大きな猪の魔獣も最高に旨味が凝縮されたお肉だったもの)

 だから、ナギは彼らが持ち帰ってきた、通常の魚介類の倍以上の大きさのドロップ品の味にも大いに期待した。


 次々と大物を手に帰還する冒険者たち。
 もちろんドロップアイテムは魚介類だけでなく、魔石や真珠、綺麗な鱗などもあるようだ。

 特にギルドが熱望しているらしき依頼が掲示板に貼ってあった。
 依頼主がたくさんいるため、何枚も重複した内容で貼りだされている。
 覗き込んで読み上げてみた。  

「急募、ダンジョンドロップ品の、質の良い真珠? ……真珠がそんなに人気なんだ?」
「色付きの真珠は更に高値で取引きされているな…」

 ざっと見たが、小指の爪先ほどの小さな粒の物でも金貨一枚と交換されるらしい。
 これは期待が出来そうだ。
 真珠はこの街の特産品で他国でも人気のアクセサリーだった。

「私たちは美味しい食材を期待しているから、他の素材や魔石は買い取ってもらうし、良い儲けになりそう?」
「そうだな。水の魔石は使い道が多いから、人気がある。あまり安く買い叩かれることのない魔石だから、それだけでもかなり潤うだろう」

 東のダンジョンと比べても割が良さそうだと思う。
 あとはミーシャさんと同じく、相性の問題があるが、これは直接確認してみるしかない。

 受付カウンターで、おすすめの宿の情報を聞き取って、この日は冒険者ギルドを後にした。


 勧められた宿の二人部屋を借りて、買い物に出掛けた。
 大森林で長期にわたって住み続けられるほどの装備は【無限収納】内にたくさんあるけれど、明日から潜るのは、珍しい海ダンジョン。
 勝手が違う場所は不安なため、一から装備を見直す予定でいる。

「野営用のテントは魔道テントがひとつあれば充分よね? 海ダンジョン用の特別製テントとか、あるのかな」
「そこの雑貨屋で探してみよう」

 目についた、少し大きめの店舗には大量に冒険者用の装備が飾られていた。
 初心者用か、野営道具がまとめて安く販売しているようだ。
 これは、眺めているだけでも楽しかった。

「氷魔法が付与された、涼しいテント。高価なそれが買えない場合は、保冷効果のあるラグをどうぞ、か」
「宿の床に敷かれた、タイル状のアレだよな?」
「そうみたい。たしかに、アレを敷いて眠ったら快適に過ごせそう」

 成人前の二人の姿は、いかにも冒険者に憧れる少年たちだったので、店員は冷やかしだと考えたのか、接客もせず放置されている。
 これ幸いにと、見たことのない装備などを念入りに確認して回った。

 値段もそれほど高くなかったので、保冷効果のあるラグを四枚、前世の扇風機と似た風を発する魔道具をひとつ購入する。

「あと、吸水性の良いタオルはあった方が良いよね? 水の中に入るかもしれないから、足元はサンダル?」
「タオルは収納に大量にあっただろう。足元は気になるから防具屋に相談だな」
「……水着?」
「そもそもダンジョン内で泳ぐバカはいない」
「ちぇー」

 さりげなく聞いてみたが、しっかりエドに却下されてしまった。
 海で遊ぶのはダンジョンチャレンジの後だな、とこっそり考える。

 あらかたの装備を整えた後、最後に用意するのは、自分達にとっては、とてもとても大切なこと。

「ーーダンジョンでの食事は?」

 本日いちばんの生真面目な表情で、エドが重々しく頷いた。

「それがいちばん問題だな」

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