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〈ダンジョン都市〉編

105. 〈幕間〉おるすばん?

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「じゃあ、行ってきます! お土産、楽しみにしていてね?」

 艶やかな黒髪のポニーテールを揺らしながら、ナギが手を振る。
 両脇を固めるのは、二人の師匠である白兎獣人のラヴィルとエルフのミーシャ。
 嫋やかな外見とは裏腹に鋭い蹴りで魔物を滅する戦闘狂ウサギ、ラヴィ。
 おっとりとした語り口から聖母と持て囃されているが、現役時代は暴虐のエルフと噂されていた二人が傍らにいるのだ。

 こんなにも頼りになる護衛は滅多にいないだろうが、それでもエドは心配だった。
 なにせ、今日のナギはいつにもまして可愛らしいのだ。

 人目を引く金髪と澄んだ青い瞳はエルフの秘薬とやらで色を変えられたが、外見自体はそのままなのだ。
 白く滑らかな肌や、頬に影を落とすほどに濃く長い睫毛、艶やかなピンクの唇。
 ころころと変わる表情は愛らしく、真っ直ぐで好奇心に満ちた眼差しはとても魅力的なのだ。

(男装していても、人目を引く愛らしさだったんだ。それを、あんなに可愛くお洒落をしたら、人攫いに狙われてしまう…!)

 水色のブラウスに紺色のふわりと広がるスカート姿のナギは、誰が見ても清楚な美少女だ。
 女子会が楽しみで人好きのする満面の笑みを浮かべているため、皆が振り返っている。
 髪と瞳の色がありふれた黒に変化すればマシになるかと思ったが、逆効果だった。

「今の子、見たか?」
「見た見た! めちゃくちゃ可愛かったな…」
「あんな子、この街にいたか?」
「いや、初めて見る。声かけてみようぜ!」

 同年代の少年たちは、さっそく目をつけたらしく、物凄く盛り上がっている。
 成人した年齢の男たちも、二人の美女と黒髪の美少女に見惚れていた。

(師匠たちのせいで、余計に目立っている!)

 ミーシャの家を出て、通りを歩いて二分でこれだ。
 護衛を断られてはいたが、心配すぎて、エドはこっそりと三人の後を尾けたのだった。

 たしかに、ナギの金髪はとても目立っていた。
 だから、ありふれた黒に染めれば、人に紛れられるかと考えてはいたのだが。

(むしろ、親しみやすさが加わって、気軽に声を掛けられそうだ…)

 どう見ても育ちの良い高嶺の花よりも、道端の可憐な花の方が摘まれやすいもの。
 こ綺麗な服を着ているが、黒髪黒目の町娘なら、自分たちでも手が届くのではと高望みした連中が気安く声を掛けようとしている。
 慌てて、間に割って入ろうとしたが。

 ぎろり、と紅い瞳が少年たちを睨み付けると、途端に蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
 中には腰を抜かした子もいたが、仲間たちが両脇を抱えて連れていく。
 一瞥で邪魔なナンパ少年を蹴散らした師匠は、白くて長い耳をぴるるっと震わせて、ちらりとこちらを見やった。

 帰りなさい。
 声には出さないが、そう囁いているのが分かった。生温かい眼差しは、どこか呆れている様子だ。
 後ろに回した片手で親指を上げて、ピッと宿を指してくる。
 
 エドは尻尾を巻いて、すごすごと宿に戻った。
 先程のナンパ騒動になど気付いた様子もなく、ナギは楽しそうにミーシャとおしゃべりしている。
 
 柄の悪そうな低ランク冒険者の男たちが、三人に気付いてニヤニヤしながら近付いていったが、数メートル離れた場所で動きを止めた。
 どうやらミーシャがエルフ特有の精霊魔法で男たちの歩みを物理的に止めたようだった。
 地面から生えた蔓に足首を縫い付けられている。怒声を上げようとした男には顔を覆うほどの大きさの水球が声を奪っていた。
 ガバゴボと喉元を押さえて、のたうっている。意識を失ったところで、水球は姿を消したが、男たちは既に戦意を喪失したようだ。

「……おっかない…」

 通りすがりに尻を触ろうとしてくる不埒な痴漢にはラヴィ師匠の蹴りが炸裂している。
 どれも、ナギには全く気付かれていない早業だ。

「俺よりも強い護衛だ…」

 もっと鍛錬を頑張ろうと思った。



 宿に戻っても、することが無い。
 毎日仕込んでいるパン酵母も順調に育っているし、昨日のうちに一週間分のパンは焼いてある。
 昼食はナギがお弁当を作ってくれたので、マジックバックに収納していた。
 
 エドも好きに過ごしたら良いよ。
 ナギにはそう言われていたが、特に遊びに行きたい場所もない。
 強いて言えばダンジョンに潜りたかったが、ルーキーはソロでの挑戦は禁止されている。
 休みの日に冒険者ギルドの鍛錬場に通うのも面倒だった。
 ならば、行き先はひとつだけ。

「……久しぶりに森に行くか」
『賛成! 森でひと狩りしたい!』

 頭の中で響く声は、アキラのものだ。
 この時間はてっきり眠っているのだと思っていたが、どうやら彼もナギのことが気になっていたらしい。

「よし、森へ行こう。俺も久々に狩りたいから、交代だぞ?」
『いいよ。たまには大物を狩らないとね』

 獣化した姿で森を駆けるのは心地良い。
 ダンジョン内では、まだ浅い階層のため人目が気になって、アキラを解放することが出来なかったのでストレスが溜まっていたのだろう。
 アキラがうきうきと心を騒がせているのが伝わってきて、苦笑する。

 皮の鎧を身に付けて、リュック型のマジックバッグを背負うと、エドは足取り軽く東の砦を目指して歩いた。



 東の森、奥深くまでは黒狼の姿で駆けた。
 ナギとはまだ向かったことのない、かなり奥の地だ。途中で見かけた魔獣は全てアキラが氷魔法で仕留めた。
 勿体無いので、しっかりと死骸はマジックバッグに収納する。

『オークの集落がある』

 すん、と鼻を鳴らしてアキラが云う。
 交代しようか、と念話で提案してみるが、まさか、と鼻先で笑われてしまった。

『せっかく全力で遊べそうなのに、邪魔するなよ、エド?』

 上機嫌の黒狼アキラはいつもの仔狼姿ではなく、伝説の黒狼王の姿で顕現している。
 気配を殺すことなく、悠々とオークたちのテリトリーへ歩み寄って行った。



 全力どころか、一割ほどの力でオークの集落を壊滅させたアキラは、あー楽しかった! と満足そうに伸びをすると肉体の主導権を返してくれた。

 後に残るのは、オークたちの屍がごろごろと転がる、惨劇の場で。

「……これを、俺に片付けろ、と?」
『ごめんごめん。流石に狼の前脚じゃ、これだけの死骸拾いはキツいだろ? 集落は後で俺がきちんと燃やしておくから』
「…分かった。ちゃんと掃除は頼んだぞ」
『もちろん!』

 そんなわけで、エドはひたすら氷漬けのオークを拾っていき、マジックバッグを大量のオークでいっぱいにした。
 ラッキーだったのは、中にハイオークなどの上位個体がいたことで。

「ハイオークカツを、ナギに作ってもらおう」

 ハイオークは魔素をたっぷりと孕んでいるのか、とんでもなく旨い。
 ただ焼いただけでも旨いけれど、ナギがカツにしてくれた肉は最高のご馳走になる。

『上位種になるほど旨くなるなら、オークキングってどんな味なんだろうなー?』
「キング種ともなれば、上級貴族や王族の口にしか入らないだろうが、どんな味なのかは気になるな」
『ダンジョンにいるんだろう? いつか狩りたいなぁ…。カツカレーにして食いたい』
「ダンジョンの最下層近くにいると聞いたことはある。…ところで、かつかれー、とは?」

 アキラがうっとりと溜め息まじりの声で切なくつぶやく言葉は、大抵が美味いご馳走の名前だ。

 さっそく食い付いたエドの様子を微苦笑まじりに眺めて、アキラは美味しいカツカレーの話をたっぷりと語ってやった。

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