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〈ダンジョン都市〉編

103. 女子会 3

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 朝食は軽めに済ませて、少し早めのランチを二人のおすすめのお店でとることになっている。
 エドとの外食だと、屋台の串焼き肉で済ませることが多かったので、楽しみだ。

「南へ行く馬車に乗るからね」
「南? 市場に寄るんですか?」
「それも悪くはないけれど、せっかくの女子会なのだから、雑貨屋巡りも楽しそうじゃない?」
「雑貨屋さん巡り…! 楽しそうです!」

 綺麗な紅い瞳を細めて笑うラヴィさんは、いつもの冒険者装束を脱ぎ捨てて、身軽なお洒落着を纏っている。
 白兎獣人らしい、綺麗な白髪と兎の耳がより映える、黒のワンピース姿だ。

 半袖から剥き出しの二の腕は同じく黒色の薄手の手袋で肌を隠している。
 ワンピースと同じく、どちらもロングスタイルで、極力素肌を晒さない方向性らしい。
 足元はヒール付きのブーツサンダルで、服に合わせて黒の革製。とてもお洒落だ。

「私はハーブの店を覗いて見たいわ。たまに変わったハーブティーを置いていることがあるのよ」
「ハーブティー、いいですね。私も興味があります。ミーシャさんオススメのスパイスのお店なんかも教えて欲しいです」
「いいわよ。同族がやっている店があるから、紹介してあげるわ」
「ありがとうございます!」

 エルフのお店とは、期待出来そうだ。
 今度こそ、カレー用のスパイスが揃えられるかもしれない。

「新作料理に使うのかしら?」
「あ、はい。色々と試してみたくて…」
「そう。楽しみだわ」

 柔らかな微笑を浮かべる麗人から、ナギは目を離せなくなる。
 本日のミーシャさんはいつもの宿の女将スタイル、野暮ったいワンピースとエプロンを脱ぎ捨てて、華やかなリゾートスタイルだ。
 背中半ばまである白銀色の髪はサイドでゆったりと編み込んで前に垂らしている。

 優雅なドレープを描く透け感のある布地のブラウスと、ほっそりとした腰を際立たせるロングの巻きスカート。
 鮮やかな藍色に染められたスカートには、大柄の花が白く浮き出ている。
 ハイビスカスに似た、南国の花だ。

(うん、リゾート地でバカンスを楽しむ令嬢のイメージそのもの…)

 二人とも、きちんとメイクを施しているので、美しさに磨きがかかっている。
 あまりの眩しさにさりげなく距離を取ろうとしたが、すぐに気付かれてしまった。

「ナギちゃん? どうして逃げようとするの?」
「はぐれたら大変ね。手を繋ぎましょう」

 大真面目な表情でミーシャさんが断言し、さっさと手を繋がれてしまった。
 恥ずかしくて俯きがちに歩くナギの隣で、ラヴィさんは肩を震わせて笑っている。

「ラヴィさん、笑いすぎ!」
「あっはは…! ごめんなさい、天然が二人揃うと可笑しくって」
「えっ? 天然はミーシャさんだけですよね⁉︎」
「あら、天然はナギだけでしょう?」
「えぇ…っ?」

 優しく握り込まれた手は、ひんやりとしていて気持ち良い。
 軽やかに揺れる白銀色の髪からは、馨しい香りが漂ってきて、まるで花畑を歩いているような、ふわふわとした心地になる。

 前世も今生も性別は女だけど、綺麗なお姉さんも可愛い女の子も大好きなので、二人がかりで構われている現状は控えめに言っても天国だった。

 対する二人も、いつもは野暮ったい男装姿で元気に駆け回っている可愛い弟子が、着飾って大人しく手を繋いでくれている現状を心ゆくまで堪能していることを、ナギは知らない。


 駅馬車は空いていたので、ゆったりと座ることが出来た。
 のんびりことことと馬車に揺られて、三十分ほどで南の街に到着した。

「南は潮の香りが濃い」
「そうね。私は海の匂いよりも、甘い果実の香りの方に惹かれるけど」

 強い潮風に髪を嬲られて、少し不機嫌そうなミーシャさん。
 ラヴィさんは駅馬車降り場の側の屋台を笑顔で指差している。
 釣られて視線を向けて、それに気付いた。

「椰子の実ジュース!」
「三人で分けましょうか」

 ナギが歓声を上げると、ミーシャさんがさっと銅貨を屋台のおばさんに握らせている。
 素早いな、と驚いたけれど、どうやら奢ってくれるらしいので、ささやかなお礼に【生活魔法】で椰子の実を冷やしてあげた。

「美味しい!」
「さっぱりしていて、飲みやすい。冷やすとこんなに美味しくなるのね…」
「もう少し甘い方が好みだけど、熟し過ぎるとジュースで飲めないのが残念よねー」

 冷やした椰子の実ジュースを三人で交互に飲んでみる。薄い金属製のストローがあることに驚いたが。
 ここダンジョン都市では、スポーツドリンク感覚で椰子の実ジュースは楽しまれているのだ。


「ランチには少し早いから、先に商店街に寄りましょう! ナギ、何を見たい?」
「えっと…。あ、帽子が欲しいです!」

 ハンチング帽は今日の服装には合わないので置いてきた。
 どうせなら、南国らしい帽子が欲しい。

「私も帽子は欲しいわ。思ったよりも暑い…」

 涼しげな表情をしているが、もともと森の奥に棲むエルフは暑さに弱い。
 ミーシャさんのリクエストも重なり、最初は帽子屋に寄ることになった。

「私に帽子は不要だから、隣の雑貨店を見ているわね」
「はーい」

 エドと同じく、敏感な獣耳を隠す帽子は嫌いなようだ。
 ご機嫌で雑貨を眺めるラヴィさんに手を振って、ナギはミーシャさんと二人で帽子屋の暖簾を潜った。


 可愛らしいデザインの帽子がたくさんあって迷ったけれど、結局ミーシャさんとお揃いの麦わら帽子を買った。
 幅広のリボンで飾られた、シンプルな麦わら帽子だ。ミーシャさんが緑のリボン、ナギが青のリボンの帽子を選んだ。

 ラヴィさんはまだ雑貨店で迷っていたので、ついでにその店も冷やかした。
 少し濁った色ガラスの瓶を見つけて、エドへのお土産に買ってみる。
 観光客用の商店街らしく、実用的な品よりも見栄えが重視された雑貨が多かった。
 眺めているだけで楽しい。

 冒険者活動で貯めたお小遣いはそれなりにあったので、気になった小物はどんどん買ってみた。
 硝子玉の指輪や貝殻のイヤリング、木製のブローチ。貝殻やヒトデで作られたリースも物珍しくて手に取ってしまう。
 何でもない買い物が楽しかった。


「ナギ、あそこが私のオススメの布屋さん。ちょっと覗いて行かない?」
「ラヴィさんのオススメ? 行きたいです!」

 看板がわりに閃く布は、とりどりの色に染められており、まるで花畑だ。
 赤、黄、緑、紺、黒。綺麗なグラデーションに染められた布地もはためいている。
 特に目を引いたのは、澄んだ空色に染められた美しい布で。

「綺麗…! 晴れた日の空の色ね」
「南の海の色でもあるのよ」

 店員さんが笑いながら教えてくれる。
 どちらにしろ、一目で気に入ってしまった。

「青が好きなのかしら? なら、こんな柄物もあるのよ」
「絞り染め…?」
「あら、よく知っているわね。秘密の製法で染められた布で、今とても人気があるのよ」

 店員さんが見せてくれたのは、藍を使って染色された布で、独特の模様が入っていた。
 前世、美術の授業で試したことのある、絞り染めで描き出される模様だった。

「えっと、人から聞いたことがあって。見たのは初めてです。とても綺麗」

 手に取って眺める。
 絞り染めは色々な柄が何種類もあって面白い。ワンピースに仕立てたら涼しそうだと思い、幾つか買うことにした。
 幾何学模様っぽい布地はエドの土産にちょうど良い。お揃いのアロハシャツを作ってみたいと思った。
 もちろん、最初に一目惚れした空と海の色を映した布も購入する。
 
 ミーシャさんもラヴィさんも気に入った布地をいくつか買ったようだ。
 凄腕の冒険者と元冒険者は自分用の収納袋マジックバッグを持っており、荷物はそこに収納していた。


「さて、そろそろランチにしましょうか」
「ラヴィ、あの海沿いのレストラン?」
「そう。魚介類のメニューが豊富だから、きっとナギも気に入ると思って」
「楽しみです!」

 南の街ではもっぱら、海鮮市場の屋台で腹を満たしていたので、お洒落なレストランでの食事に期待して。
 ナギは笑顔で二人の師匠の腕に飛び付いた。
 
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