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第4話

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そのまた翌朝。その日は雨が降りそうな重たい灰色の雲が広がっていて、見るからに不吉な感じの空だった。おまけに毎日一緒に登校している悪友からは、

『用事あって、今日朝一緒にいけないわ、すまん』

という一言がきており、もう泣きっ面に蜂状態で、HPは残り1。

それでもネクタイをいい加減返さないといけないので、渋々重たい足取りで門へと向かうが、何と今日は生徒会長もいなかった。生徒会長がいないと、当然朝の問答もないわけで、早く教室に言っても悪友はいないだろうし、時間を持て余した俺は、秘技『散歩』を決行することにした。

高校の校舎の周りをぐるりと歩く時間くらいはあるだろう。いや、間に合わなくても少しくらいの遅刻だったら別にいいや、と不貞腐れながら歩く。いつも爽やかに胸を満たしてくれる朝の空気も、何だか今日は淀んでいて、気分はちっとも晴れなかった。

それでも一旦歩き始めてしまった手前、途中で歩くのをやめてしまっては、教室にすら辿り着けない。八つ当たりに、足元の小粒の石を蹴り上げながら歩いていると、バンっと、壁を叩く、穏やかでない音が聞こえてしまった。

おいおい、こちとら朝からテンション下がるようなことが続いて残りHP1だぞ、と音のした方をこっそり覗いてみると、音を立てた原因生命体と思しき姿が目に入る。古びてちょっと汚い校舎の壁あたりには、二人の学生。ひとりはこちらに背を向けて、もうひとりを壁際に追い詰めて、片腕で閉じ込めている。朝から壁ドン、なんて破廉恥。

ということは、朝から壁をぶっ叩いて、ただでさえ少ない俺の残りHPを削ったヤツはお前か、と憎しみを込めたビームを送りながらよく見てみると、そいつはまさかの悪友だった。あいつの用事ってなんだ…と好奇心で、次に壁ドンされている人に目が吸い寄せられる。今朝はびっくりの大盛り出血大サービスが行われているのか、壁ドンされているのは、今日門に立っていなかった生徒会長だった。

は…と呆気に取られている自分をよそに、向こうは向こうで一応の完結を見たらしく、悪友が壁のひっつき虫をやめて、校舎へと向かっていく。後に残された生徒会長は、壁際に寄りかかって、なぜか超笑顔。そしてそのままご機嫌な様子でゆっくりと校舎へ向かっていった。

まさかあのふたりがいい感じだなんて思わなかったけれど、確かに俺の悪友は、ことあるごとに生徒会長に突っかかる俺を注意してきていたし、俺と生徒会長が話している現場は避けるような素振りを見せていた。生徒会長に負けないほどのイケメンぶりなのに、浮いた噂のない悪友のことを密かに心配していたが、そういうことだったのかあ、と何度も心の中で頷く。

だが、しかし。あの生徒会長は、昨日も別の生徒にちょっかいをかけていたとんでもない奴である。どっちが本命なのかは知らないが、ふしだらすぎる。

そう思うと、また何だかぶつけようのない怒りが湧いてきた。今日の放課後にネクタイを返しに行こうと思っていたけれど、急に面倒に感じてきたので、別に明日でもいいや。





その後も、ネクタイを返そうと校舎をウロウロするたびに、必ずと言っていいほど、生徒会長様は色々な生徒と「色々な」ことをしていた。

とある日は、相手の顎を持ち上げながら俺様言葉を話していたし、そのまたとある日は、相手の手の甲を口元に近づけながら砂糖を吐きそうなほど甘い調子で話していた。しかし、相手によっては、ブラウスをはだけさせて首筋から鎖骨辺りに唇を寄せたり、そうかと思えば自分の指を舐めさせていたりと実力行使まで行っていた。そう言う時には、多分それ以上のこともしていることもあるのだろうが、見続けるのは時間の無駄と判断して即帰宅しているので、わからない。

そうしてカメレオンのように相手に合わせて態度を自在に変えながら何をしているのかと思いきや、囁いているのは甘い愛の言葉ではなく、何かしらの「お願い」だった。それは例えば、生徒会の会議で自分の意見に賛成してほしいだの、部活動終了後は早く部員を帰らせろだの、登下校中に道で取っ組み合いの喧嘩をするのはやめろだの、恋愛で誰彼構わず手を出してトラブルを起こすのはやめろだの、誰それの弱みを教えて欲しいだの、例をあげればキリがない。言っていることも、情報の重大性も、その「お願い」を通すためにやっていることも非常に多岐にわたるけれど、ほとんどの場合は、高校内のトラブルを解決するためのものであると、一部しか盗み聞きしていない俺でも理解できた。

本当にバカ真面目に、あの人は高校の治安維持に努めているのだ。あそこまで振り切れていると、いっそ清々しくもある。爛れた生活を送っている人なのだと一瞬見くびっていたことに少し罪悪感を抱くレベルであの人は己を殺して、徹底して生徒会長の責務を全うしているのだ。そこまでする必要はなくても、やってしまう悲しい性なのだろう。そうでなければ、こんな聞き分けの悪い俺みたいな奴を根気よく注意するわけがない。

ただ、どうしてもわからないことは、あのネクタイを押し付けてきた日から俺に注意することは全く無くなったということと、時々俺の悪友と人目を忍ぶようにして話しているということだけだ。前者は、俺が生徒会長を探すことに時間をかけすぎて、ネタ提供ができていないということもあるのかもしれないけれど。そして、悪友とも、特に何かあったわけではないが、ぎこちない雰囲気になり、あまり話さなくなってしまった。





そんなこんなで、なぜか急激に色褪せ始めた高校生活がつまらなくなり、仕方がないので久しぶりに屋上へとやってきた。今頃生徒会長は色々な生徒に「構う」のに忙しくて、とても俺のところまでは来られないだろう。ちょうどいいじゃないか、授業サボりたい放題だし、と言い訳をしながら屋上の隅で床に寝転ぶ。

見上げた空には、いつの日かと同じ灰色の雲が垂れ込めている。こんな天気の悪い日に校舎に閉じ込められて勉強するなんて、とてもじゃないがごめんである。かといって、ピーカン照りの日に校舎に軟禁されるのも、それはそれで辛いものがあるけれど。

はあ、とため息をついてもひとり。こういう時は眠るに限る、と自分で腕枕をして瞼を閉じると、すぐに瞼が重くなった。
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